本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『新聞記者』

実在の事件をモチーフに、政治とメディアの在り方を描いた邦画をご紹介します。

緊張感のある脚本と映像に、目が離せないまま終わる作品です。

いつも通りネタバレします。

 

 

あらすじ

ジャーナリストの父が、誤報を伝えたことを苦に自殺した過去を持つ新聞記者・吉岡エリカ。

厳しい報道姿勢から、記者クラブや社内で異端視されていた彼女の部署に、ある日大学新設計画に関わる極秘文書が届く。

吉岡は、政権に近い立場の人物からの告発とみて調査を開始する。

そんななか、計画に携わっていたとみられる官僚・神崎が突然投身自殺を遂げる。

調査と取材のなかで吉岡は、神崎のかつての部下・杉原拓海に接近するが……

 

現実社会の投影

トップシーンで前川喜平と望月記者が出てくる時点でドキッとしますね。

御存じの方も多いと思いますが、本作は森友学園加計学園問題を下地としたストーリーとなっています。

大学新設の土地購入に関し、不透明な手続きがなされた疑惑があり、それに加担させられたと思しき関係者が自らの命を絶つ。

現実の事件と緊密に絡み合った脚本が、どこをどう読んでもメディアや行政機関のあり方を考えさせます。

貴重な国会の期間を使って何をダラダラやってるんだ、と冷笑的に見ていた人も多いトピックを、その事件のために命を絶った人、亡くなった人の無念を晴らしたい部下、真実を知りたい記者の動きを軸に描き出していきます。

大学の件だけじゃなく、もう一つ取り上げられていた事件も、杉浦の子どもが娘というところに効果的に結びついていました(本当は性別関係なく被害に遭いうる事件ではありますが)。

不透明な許認可手続きも、刑事事件への介入も、杉原が担うネット上の印象操作も、「国民に仕えるはずの政権が行政組織を私物化していいのか」というメッセージに沿って切り取られています。

 

国という組織

組織のあり方については、正直官公庁と関わる仕事をしたことがある人には「さもありなん」と思わせるリアリティがあります。

毎年の辞令や、誰が誰の下で働いていたか、どんな部署でどんな昇進をしたか、相互に四六時中関心を注いでいる様子はその一つです。

物やサービスを売って売上を確保して、という仕事ではないため、どうしても、組織として何を成し遂げたかより、内部の人間関係に注意が向くのでしょう。

加えて、杉原のいる内閣府をはじめとした国家行政の仕事は、優秀な人でなければできない仕事ではありますが、転職なんかはつぶしが利くか微妙なところ。

同業他社ってものがほぼないので、別に仕事が見つかっても同じやりがいや待遇を得られるかは厳しいと思われます。

だから一層、内部の人間関係で失点をして、出世ルートが絶たれることは致命傷になってしまう。

その現実を生きる杉原が、「でも自分は、社会のために働きたくてこの仕事についたはずなのに」と葛藤する場面が多かったです。

雇われて働いていれば誰しも「俺いま何してんねやろ……」と遠い目をしたくなった経験はあるでしょう。

しかし、国家公務員は理想と現実のギャップがひときわえげつなさそうで、絶対自分には務まらないなと感じます。

執務室暗すぎるし……(目が悪くなりそう)

しかもあんな良い家、公務員叩きの激しい昨今、少なくとも官舎じゃありえない気がしてしまいました。

 

メディアの在り方について

神崎の葬儀に押し掛けたマスコミが、遺族に「今のお気持ちは?」と迫る場面で、吉岡は「それって、今聞かなきゃいけないこと?」 と投げかけます。

とにかくセンセーショナルなもの、人の耳目を引くものばかりを報じたいあまり、取材対象への配慮や、社会に必要な情報を掘り下げることをやめている業界体質への、本質的な問いかけと言えるでしょう。

いっぽうで、社会の仕組みの根幹が揺るがされようとしているとのニュースは、なかなか取り扱うことができない。

スポンサーや行政が嫌な顔をするかもしれないし、何なら露骨に圧力がかかることもあるかもしれません。

ネガティブで影響が大きなニュースであればあるほど、スポンサーや行政への影響も大きい。

そうした資金力・権力のある関係者に関わるニュースこそ、社会的余波のある重要な情報だったりします。

しかし、広告主や行政にとって都合のいい情報だけを流し、社会のための情報が発信できないのであれば、報道機関の仕事とは言えない。

官民の大組織の広報機関となってしまう。

そうしたメッセージが見受けられます。

 

大学の謎

ネタバレしてしまうと、大学新設の背景には軍事研究を行いたい国の思惑がありました。

生物兵器の研究を実現する場として大学を新設しようとした、と明らかになります。

これに関しては、終盤で脚本が大きくフィクション側に触れたな、という印象がありました。

というのも、原子力発電政策すら自分で決められず、アメリカさんの意向が関わる日本で、生物兵器の研究なんぞできるのか?という問いが不可避だからです。

しかも生物兵器化学兵器は条約で使用が禁止されているため、アメリカだろうとロシアだろうと使用は許されません。

そんなものを日本で作ってどうするの?という疑問がまずあります。

目下戦争の見込みがない日本で、自衛隊がそれを使用する機会があるとは考えにくい。

じゃあお世話になってる米軍で使うのか?とも思いましたが、米国とのつながりは特にない。

むしろ、日本に731部隊を蘇らせるようなこと、国内どうこうよりアメリカさんが許さないのでは。

個人的にはここで若干トンデモ感を覚えてしまい、できればもう少し現実感のある着地点にして欲しかった。

大きな事業を始める場合、地元関係者、ひいては議員に協力を仰ぐ、ということ自体は、昔から行われてきたことだと思います。

実際問題として、地元の代表者である議員に筋を通すことは、必要な側面もあるかと。

しかし、一足飛びに国政トップと懇意にしたら、国への許認可が厚遇される、というのは確かに公正性に問題があると言えるでしょう。

コネクションなしに、正規ルートで一生懸命書類をそろえて許認可申請している人に、どう説明するのか、と言われれば答えはないはずです。

そうした本筋の議論のなかにストーリーを留め、大学新設の真意を過度にセンセーショナルなものにする必要はなかったのではないか、という感想です。

 

おわりに

終盤で若干違和感はあったものの、行政やマスメディアのありかたについて考えさせる作品です。

現実の事件をトレースしていることで、観ている人の注意を否応なく引きます。

どこまで現実で、どこからフィクションか、冷静に切り分けたうえで沢山の人に観て、考えるきっかけにしていただきたい映画でした。

 

 

 

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