本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『ハゲタカ』

 硬派経済ドラマの劇場版作品です。

 NHKドラマで人気を博した作品で、原作は真山仁経済小説『ハゲタカ』シリーズです。

本作はシリーズ3作目『レッドゾーン』を下敷きに映像化されています。

制作中にリーマン・ショックが発生し、元々の脚本が全く現実社会の状況と噛み合わなくなってしまったため、大幅にストーリーの書き換えが施されたそうです。

コピーは『こんな国に、誰がした。』でした。

 

 

 

あらすじ

ドラマ最終話から4年が経過した日本。

 鷲津は企業買収を続けていたものの、変化を嫌う日本社会に愛想を尽かし、ほとんど表舞台に出ることがなくなっていた。

そんな中、日本を代表する自動車会社・アカマ自動車を外資が狙っているという噂が届く。

一度は救済を断った鷲津だったが、中堅ファンドであるブルー・ウォール・パートナーズがTOBを発表した記者会見を見て、アカマ救済に動き出すことを決める。

ブルー・ウォール代表の劉一華は、かつて米国で鷲津と同じ組織で働いていた人物だった。

鷲津ファンドはブルー・ウォールを上回る価格でのTOBを発表するが、相手は買取価格を強気に吊り上げてきた。

中堅ファンドと思えない底なしの資金力に、鷲津ファンドとアカマ自動車は疑念を抱き、資金源を調べさせたところ驚きの事実が発覚する。

ブルー・ウォールの背後で糸を引いていたのは、中国の政府系ファンドだった。

 

赤いハゲタカ

外資系ファンドに、日本の製造業の象徴であるアカマ自動車が買い叩かれる。

それだけでも衝撃的なニュースだったところに、真の相手はブルー・ウォール・パートナーズではなかったことが発覚します。

ブルー・ウォールの資金源は中国政府系ファンドのCLIC。

つまり、中国政府がブルー・ウォールという一介のファンドを隠れ蓑に、日本の筆頭自動車メーカーを買収しようとしていたわけです。

目当ては日本車の製造技術。

「アカマは日本そのものだ」と自認するアカマ自動車の古谷社長、芝野取締役らは、動揺しつつも引き続き防衛を図ろうとします。

 

アカマ・バッシング

しかし、世界中の注目を浴びているさなか、派遣工員たちによるアカマ・バッシングが勃発。

派遣工への待遇に問題があることなどが取り上げられ、改善を求める彼らの声が世間にも知られるところとなりました。

実は劉一華が故意に派遣工・守山に近づき、けしかけることで起こさせた騒動ですが、世間からの同情が必要な時にイメージダウンする事態となってしまい、アカマは窮地に立たされます。

守山を止められるのは自分だけだと話す劉にほだされ、古谷社長はブルー・ウォールと手を組むことを決めてしまいます。

このあたりは、リーマン・ショック直後に社会問題となった「派遣切り」を絡めた筋書きでした。

映画の中の時系列ではまだ、世界同時恐慌は起こっていませんから、現実の事象とは順番が少し違っているところです。

 

腐ったアメリカ

 中国の資金力に真っ向勝負はできないと悟った鷲津ファンド。

アカマ自動車のファイナンシャル・アドバイザーであるスタンリー・ブラザーズの買収を突如発表します。

スタンリー・ブラザーズは窮地を切り抜けるため、顧客のアカマ自動車と今や同盟者となったブルー・ウォールに泣きつきます。

ブルー・ウォールはホワイトナイトとしてスタンリーを買収することにしますが、ブルー・ウォールの買付が進んだところで鷲津ファンドは秘策に打って出ました。

サブプライムローン証券化した、スタンリーの詐欺まがいの金融商品ORTHO X(オルト・エックス)200億円分を一気に解約。

スタンリーが大量の現金を即座に用意しなければならない状況に追い込みます。

金策に走り回るスタンリーの情報が漏れ聞こえてくると、世界中の投資家がスタンリー株を売りに出し始めます。

鷲津ファンドもスタンリー株を大量放出したため、世界中にスタンリー株の売りが溢れる結果になり、スタンリーの株価は暴落。

株の買い付けを進めていたブルー・ウォールは大損を被ったため、アカマ買収どころではなくなりました。

大量売りを始める場面で、鷲津が「腐ったアメリカを買い叩く」(ドラマでは「腐った日本」)と往年の決め台詞を口にしていますが、正しくは「叩き売る」じゃないのかしら、と思いました。

作戦上、スタンリーの買収自体は成功する必要はなかったので。

 

現実世界との対応

スタンリー・ブラザーズと言う会社の扱いを見ると、明らかにリーマン・ブラザーズをモデルとしています。

社名もモルガン・スタンレーリーマン・ブラザーズを足して2で割ってますし。

 

現実世界では、リーマン・ブラザーズの経営破たんをきっかけに世界同時恐慌が始まりましたが、映画の中でもスタンリーの騒動を引き金として経済危機が始まったようです。

世界同時恐慌の背景にあったサブプライムローンによる粗悪金融商品も効果的に使われており、鷲津ファンドが粗悪金融商品を売りさばき始めたことによってリーマン・ショックに相当する現象が引き起こされたという設定です。

映画が現実の後追いをしているのでどうにでもできるのですが、まるで鷲津が世界経済を手のひらで転がすかのようなストーリーでした。

 

なお、リーマン以外にも、実在の企業が名前を少し変えて登場しています。

冒頭で話題に上るライオンソースはブルドックソースですね。

「日本市場の不透明性に外資が愛想を尽かした」

「裁判所までが情緒的に判断を捻じ曲げた」事象として触れられているのは、スティール・パートナーズによる買収がきっかけで持ち上がったブルドックソース事件のことです。

ブルドックソース事件 - Wikipedia

 

日本とアカマ

「アカマは日本そのものだ」という台詞が表している通り、アカマ自動車を日本の象徴として扱い、日本は欧米だけでなく中国をどう相手にするか、という視点が置かれている映画です。

「私は残留日本人孤児3世だ」「アカマを救いたい」という劉は、戸惑いと警戒を持って日本人に受け止められます。

しかし、情緒的な仮面を被るのも日本対策だったのでしょう。

劉自身は心の底にアカマへの愛を持っていたかもしれませんが、彼の雇い主はそんなハートウォーミングな視点は持ち合わせていません。

欧米どころじゃなく手ごわい相手が、本気でやって来た時、日本に戦える人材はいるでしょうか。

そんなことを考えさせられる場面が何度もありました。

同時に、リーマン前に外資流入していたあの時期は、日本が開かれた市場を作り、グローバルプレーヤーになる最後のチャンスだったことを思い出させられる映画でもあります。

日本は結局、透明性や、全くのよそ者でも市場参入や事業投資ができる環境を用意することはできないまま世界同時恐慌を迎えました。

景気回復を牽引したのは新興国経済であり、先進国の投資の場はそちらに移っています。

人口減少により内需回復も見込めない中、外部プレーヤーも参入しない経済が再び勢力を取り戻すことはできるでしょうか。

 

おわりに

日本の経済・市場・社会を眺める鷲津の冷徹な視線と、芝野のやや情緒的な目線とのバランスが相変わらず良かったです。

この二人だけでなく、劉という謎めいた人物が加わることによって、アカマを巡る思惑がさらに複雑に描かれることになり、ストーリーに厚みがありました。

「血も涙もない中国」というステレオタイプにとらわれず、劉一華を手ごわい相手として、また、夢を持った1人の人間として描ききったところが映画ならではの魅力になったと思います。

レビューではあまり劉という人物について書ききれませんでしたが、彼についてはネタバレしなくて済んだとポジティブに考えることにします。笑

 

それにしても、経済知識の絡むストーリーを端折って説明できないことで、こんなにレビューが長くなってしまうとは。。。

まだまだ修行が足りません。

ともあれ、小説とは全く違った作品として楽しむことができました。

ドラマファンだった方は特に、是非ご覧になってみてください。

 

 

 

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