本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『フォレスト・ガンプ 一期一会』

年末年始にぴったりの、心温まる映画をご紹介します。

戦後アメリカの歴史を駆け抜けた架空の人物の活躍を軸に、人生や人の出会いについて考えさせられる名作です。

それでいて押しつけがましさが一切なく、爽やかで温かいファンタジーを観たような不思議な感触も特筆すべき作品でしょう。

ネタバレでお送りします。

 

あらすじ

アラバマ州生まれのフォレスト・ガンプは、人より低い知能指数を持って生まれた。

いっぽうで優れた身体能力と純真な心を持ち、彼の温かさに惹かれた人々との関わりの中で人生を切り拓いていく。

それは戦後アメリカの光と闇を辿る旅でもあった。

母への愛や戦友たちとの友情、そして幼馴染のジェニーへの淡い思いを抱きながら、フォレストは様々な歴史的場面に立ち会っていく。

数奇な運命を経て、故郷アラバマのグリーンボウに帰ってきたフォレスト。

そこへ現れた人物は……

 

特別な主人公

フォレストは、通常より低い知能を持って生まれた男性です。

しかし、母の粘り腰で普通の学校に入学し、地域の子どもたちと学校教育を受けることに。

そこで出会った女の子ジェニーと、生涯にわたって影響を与え合う関係となります。

また、俊足という才能を見出されたことをきっかけに、スポーツ推薦でアラバマ大学へ進学したり、身体能力を買われて軍に入隊したりと、人生を切り拓いていくことに。

さらに、純粋な心の持ち主であるフォレストの元には、様々な人が集まってきます。

ハリウッド映画の主人公と言えば、イケメンで何らかの才能を持っていてモテて、というイメージがありますが、フォレストはそうした枠に当てはまらない存在です。

そして、普通の主人公と一味違った彼のもとに特別なストーリーが展開していきます。

全体を支えるこの設定が、フォレストが損得勘定なく、虚心坦懐に歴史に立ち会ったり、出会った人々との絆を深めていく様子に説得力を与えているためです。

歴史の重要な場面は政治の思惑なども切っては切れない関係にありますが、特定の思想や利害感情を持たないフォレストだからこそ、屈託なく関わることができます。

誰かのピンチを助けるため躊躇いなく駆け付け、傷ついた人にうわべだけの慰めを言ったりしないのも、彼のキャラクターがなせるわざです。


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人々との絆

フォレストを愛し信じぬく母、人生の転換点でいつも再会する女性ジェニーに加え、フォレストは様々な人物に出会います。

特筆すべきは、入隊した軍で出会ったバッバとダン中尉です。

バッバはフォレストと同様アラバマ出身の黒人の若者で、実家の家族と同じようにエビ漁で身を立てることを望んでいました。

純朴な彼とフォレストは意気投合し、一緒に訓練を終えた後にベトナムへ出征。

ダン中尉のもとに配属された二人は、メコンデルタ地域での攻勢に参加。

故郷での穏やかな暮らしを目標としていたバッバですが、この地域での作戦の最中に命を落とし、ダン中尉も負傷し両足を失ってしまいます。

亡くなったバッバはフォレストと同じく、賢くはないかもしれないけれど、優しい心を持った青年。

二人が親友になったのは自然なことだなと納得がいきますが、ダン中尉はそれと対照的な人物です。

彼は膝から下の両足を失ったことで自暴自棄になり、除隊後退廃的な生活を送ることになりますが、何かを求めるかのようにフォレストを訪ねてきます。

そして、自分のやるせない思いや、新しい生きがいを見つけたい気持ちをフォレストにぶつけていきます。

人心の複雑な機微はわからないながらも、優しいフォレストは彼の言葉も行動も拒みません。

バッバと語った夢に沿ってエビ漁の会社を設立し、ダン中尉とともに成功させます。

生きるよすがを失っていたダン中尉の心を救うくだりは、多くの人にとって忘れられない場面のひとつではないでしょうか。

バッバや彼との出会いは配属による偶然であって、それがこんな展開を迎えるとは誰も予測しなかったはず。

まさにフォレストの母が言った、「人生はチョコレートの箱のようなもの、開けてみるまで何があるかわからない(Life is like a box of chocolates. You'll never know what you're gonna get.)」と符合していました。

 

戦後アメリカ史の光と闇

フォレストはフットボールの全米代表として大統領に会い、ベトナム戦争に出征し、ピンポン外交に携わったかと思うと、ウォーターゲート事件を目撃、その後アップルに投資して億万長者になります。

1950年代から80年代の、歴史的イベントや風潮を総ざらいするような人生です。

加えて、その歴史の中を生きるフォレストとジェニーの対照的な立ち位置も印象的。

フォレストの立ち会った歴史がアメリカの光なら、ジェニーは闇です。

一芸があれば推薦で進学できたり、軍に入隊して社会的地位を得られる、あるいは事業や投資で一儲けができると言ったアメリカンドリームを体現するのがフォレスト。

幼少期は虐待に苦しめられ、青年期はヒッピーとして退廃的に暮らし、その後の波乱の中でエイズを患ったジェニーは、アメリカ現代史の暗部を歩んだ人生と言えるでしょう。

そんなジェニーは、人生の岐路でフォレストと何度となく再会するものの、光と闇の相容れなさを象徴するかのように、いつも去って行ってしまいます。

 

最後に選ぶもの

母の旅立ちを見送り、グリーンボウで暮らしていたフォレストに、ある日ジェニーから手紙が届きます。

彼女を訪ねていったフォレストは、小さな息子を紹介されます。

かつて一緒に暮らしていた時に身ごもったフォレストの子どもで、名前はフォレスト・ジュニアだと言います。

エイズに冒されていた彼女は、フォレストと結婚したいと告げます。

驚きつつもジェニーの想いを受け入れたフォレストは、彼女と息子と暮らし始めます。

結婚式には、パートナーを見つけ、義足をつけて新たな人生を歩んでいるダン中尉もお祝いに駆け付けました。

バッバや母はフォレストの人生の途中で旅立ってしまいましたが、ジェニーやダン中尉はフォレストとの関わりで安らぎを得た人として、再登場してくれました。

何度も彼に助けられながら、フォレストの愛を受け入れられず別れを繰り返すジェニーに、反感を覚える人も多いでしょう。

しかし個人的には、不安定な幼少期を過ごし、青春期にも安心を得られなかった彼女が、ようやく帰るべき場所を見つけたことは、純粋に良かったと思えました。

それがフォレストのもとであったことは、彼にとっても幸せだったでしょう。

 

おわりに

特定の時代を色濃く切り取ったストーリーでありながら、色あせない魅力を持つ名作のひとつです。

監督は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのロバート・ゼメキスだと知って、才能の凄まじさに驚愕してしまいました……

露骨な演出はないのに、心が奥から温まり、観終わった後に前向きな気持ちになれる稀有な作品です。

家族や友達と楽しい時間を過ごしたいときに、おすすめの映画です。

 

 

 

映画『マイ・インターン』

観終わったときにスカッとして元気がもらえる、ニューヨーク発のお仕事ものコメディをご紹介します。

本作『マイ・インターン』は、同じくニューヨークを舞台としたお仕事ものコメディ、『プラダを着た悪魔』の姉妹編として紹介されることが多いです。

kleinenina.hatenablog.com

メインの人物を同じアン・ハサウェイが演じていますが、ストーリーは完全に独立しており、まったく違う人物が主人公となっています(前作は出版社秘書、本作では起業家)。

ネタバレでお送りします!

 

 

あらすじ

リタイアして妻も亡き後、穏やかな一人暮らしをしていたベンは、ある日シニア・インターンの求人を見つける。

西海岸にいる息子家族との交流や、趣味では埋められないものを感じていた彼は、新たな生きがいを求めて応募。

見事合格し、ブルックリンでアパレルのオンライン販売を手掛けるスタートアップ企業に採用されたベン。

社長のジュールスを筆頭に、若い同僚ばかりの職場に始めは戸惑うも、徐々に彼らとの親交を深めていく。

そんななか、公私ともに苦境に陥っていたジュールスも、しだいにベンを頼るようになっていく。

 

年齢を越えた友情

本作の見どころは何と言っても、ベンと、ジュールスをはじめとした同僚たちとの年齢を越えた絆です。

彼らが働くアパレル企業は、ブルックリンの中でもお洒落に再開発されたダンボ地区にあります。

そして、ジュールスが起業して数年のスタートアップ企業の同僚たちは、20代と思しき若者ばかり。

ベンにとっては子ども以上に年の離れた人々で、最初は戸惑いがちです。

採用活動の一環で、「自己PR動画をここにアップロードしてね」という指示に手こずる場面なんかもリアリティがありました。

しかし、謙虚な姿勢で、年の功からのアドバイスをしてくれるベンに、徐々に若者たちが信頼を寄せていくように。

実際はこんなにフラットに若者に接してくれる人はなかなかいないと思いますが、違う世代同士でもこんな風に仕事仲間になれたらいいな、と思わせる描写です。

尊敬する人に会うときのファッションチェックや、好きな人へのアピールの仕方など、冷静になればわかることが、若い時には意外と実践できなかったりします。

年長のドライバーの不祥事を諫めたりするのも、若者にはなかなかしづらいことかも。

それを的確に指摘してくれるベンが、人生の先生役として描かれていました。

そして、ベンが疎いIT機器の使い方や、職場のルールなどを同僚たちが丁寧に教えてくれるのも温かかったです。

年齢を越えてフランクに交流できるこの会社自体が、すごく良い職場なんじゃないかなと思えました。


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明るいお仕事コメディ

穏やかで謙虚なベンと好対照をなすのが、ちゃきちゃきの創業者ジュールスです。

若くてパワフルな彼女は、母親との関係が悪いせいか、年上の人との人間関係を築くことに苦手意識を持っています。

ベンが直属の秘書に配属されても、大した用事を頼まず避けがちに。

しかし、そんな状況でもできることを見つけて働こうとする彼に、しだいに心を開いていきます。

彼女との関係に関して、ベンの歩み寄りが素晴らしいですね。

孫ほど若い女性に距離を置かれたら、自分だったら早々に心が折れる自信があります……

それでも洞察力を駆使してジュールスのニーズを汲み取り、具体的に行動するベンの姿は、ジュールスのみならず周りの同僚の信頼を勝ち得ていきます。

ジュールスが非常に優秀な実業家であることは随所から伝わってきますが、同時に成長中の若い企業ならではの問題も色々抱えています。

そうしたリアリスティックな問題や、ジュールスの人間的なエピソード(ママとの関係、家庭の問題)などのバランスが良く、奮闘する彼女と見守るベン、という構図が非常に安定感あるものとなっています。

また、中盤の山場である「ママのメール事件」でベンと愉快な仲間たちがジュールスのために一肌脱ぐ姿も、本人たちは真剣だけど面白かったです!

 

人生の決断

ジュールスは仕事とプライベートにそれぞれ課題を抱えています。

仕事の上では、急成長した会社のビジネスの中で、彼女の目の届かない部分が増えてしまっていること。

外部からCEOを迎え入れることで、より彼女のやりたいことに集中できる環境を整えるよう、投資家から促されています。

しかし、ジュールス自身は自分で経営や管理を行いたいという希望が強いため、誰かに会社トップを任せることに抵抗を覚えています。

いっぽう、CEO雇い入れを考えたのにはもう一つの理由があります。

それは家族との時間を確保するため。

ジュールスには専業主夫となって彼女を支える夫マットと、小さな一人娘がいます。

二人との時間を確保するには、経営者としての業務を誰かに任せたほうが良い、という気持ちがあるわけです。

そして実際、マットの心がジュールスから離れつつあると知った彼女はショックを受けます。

それでも、自身のキャリアを捨てて家庭に入ってくれたマットを突き放す気になれず、今の家族のかたちも失いたくないジュールス。

ベンに打ち明け話をし、どちらもかけがえのない仕事と家族について真剣に考えることになりますが……

二人で状況に向き合った結果、どのような決断がされるのか、ぜひ見守っていただきたいと思います。

 

おわりに

お仕事もの、コメディ、ヒューマンドラマなど様々な要素が詰まった珠玉の名作です。

仕事に邁進すれば家庭との両立に悩む、引退したあとの生きがい探しに戸惑う、年齢の離れた人との関係を築くのに奮闘するなど、映画を観ている私たちにもどこかリンクしそうな状況が巧みに描かれています。

それらが爽快に、だけどリアリティを残して解決していく様子にスカッとしますし、観終わった後元気になれる作品です。

爽やかなコメディ映画をお探しの方にお勧めの映画です。

 

 

 

 

ドラマ『ダウントン・アビー』

英国ドラマの不朽の名作となった『ダウントン・アビー』シリーズについての紹介レビュー記事です。

シーズン1~3について書いていきます。ネタバレします。

なお、最終シーズン後に公開された劇場版のレビューはこちら。

kleinenina.hatenablog.com

 

 

あらすじ

1912年、タイタニック号沈没。

大西洋発のニュースは、ヨークシャーのダウントン・アビーに邸宅を構えるグランサム伯爵家を揺るがした。

長女メアリーの婚約者であり、同家の相続人だった従兄パトリックが同事故で亡くなったためだ。

男子しか相続人になれない世で、三人姉妹以外に子のない伯爵家の相続は、彼らが顔も名前も知らない若者マシューへ。

大都市マンチェスターで弁護士として働いていたマシューはダウントンに呼ばれ、伯爵家の面々と顔を合わせることに。

貴族制没落の兆しが見え始めた英国社会の片隅で、新しい出会いと静かな変化が生まれようとしていた。

 

英国と貴族制

ドラマの展開する時代は20世紀前半の英国。

現在も貴族制が存続する英国ですが、この頃は世界的な変化の波が貴族制も揺るがし始めた時期に当たります。

領地経営や豪奢な邸宅の維持に行き詰まり、没落する貴族が出始める時代が訪れるころ、シリーズは幕を開けます。

舞台となるグランサム伯爵家は、当主のロバートとコーラ夫妻、ロバートの母ヴァイオレット、夫妻の子である三人姉妹という家族構成。

当時の英国では限嗣相続制が採用されており、男性しか家督を継ぐことができません。

つまりロバート一家はこのままでは彼の死後、ダウントン・アビーを失ってしまうのですが、長女メアリーが相続権を持つ従兄パトリックと結婚することで問題が解決するはずでした。

ところが、パトリックが突然亡くなったことで事態は暗転。

見たこともない遠い親戚に相続権が移り、弁護士として働いていた彼をマンチェスターから呼び寄せることになります。

貴族制の在り方や、ダウントンの相続問題が通底したテーマとして随所に顔を出し、伯爵家の行く末がどうなっていくのか、というのが本ドラマのひとつの見どころ。

しかし、それだけではなく他にも内容盛りだくさんなところがさらに良いところです。

次項にてご紹介します!


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個性的なキャラクター

このドラマでは、伯爵家の貴族たちだけではなく、そこで働いている使用人たちにも焦点が当てられています。

執事のカーソン、家政婦長のヒューズさん、料理人のパットモアさん、侍女のオブライエンと言ったベテラン勢をはじめ、侍従のベイツ、メイド長のアンナ、下僕のトーマスと言った中堅勢。

若手はキッチンメイドのデイジー、第二下僕のウィリアム、メイドのグウェン等々。

たくさんの登場人物がいますが、すべからく個性的で、各々の事情を抱えています。

それは貴族の面々も同じで、一人として似たような人がいないんですよね。

仕事にプライドを持つ執事カーソン、侍従に昇進したい下僕トーマス、戦場でロバートとともに過ごした侍従といったメンズの人間模様、ウィリアムに想いを寄せられるデイジーや下働きの仕事を脱したいグウェンなど、見どころは盛りだくさん。

私のお気に入りは、生まれついての主人公体質のメアリーです。

とにかくモテてそれを自分でもわかっている……とだけ聞くとあまり好感度高くなさそうですが笑、自分に対しての厳しさを最後の最後で失わない強さがある人物です。

あとは、優秀だけど気難しいカーソンさんや暴れ馬パットモアさんも御してくれる、安定のヒューズさんがかっこいいです。

中堅メンバーではいつもアナを応援してしまいます。

 

さらに、各登場人物の社会的な状況や、お互いの階級に対する振る舞い方などの考証がとにかく緻密。

タイピストや秘書など、女性がホワイトカラーとして働き始めたこと、学校教育が浸透し始めたこと、第一次世界大戦での社会の変化など、変わりつつある世の中が登場人物を通して見えてくるところも見ごたえあり。

それもそのはず、本作の脚本家を務めるベテランのジュリアン・フェロウズは、自身が貴族であり、映画『ゴスフォード・パーク』の脚本も手掛けたことから知識も豊富。

使用人たちの生活リズムや人間関係、貴族の振る舞いなどについて新鮮な情報を提供しつつ、情報過多になりすぎないバランスも非常に巧みです。

なお使用人たちの顔ぶれは、退職や転職によってシーズンごとに変わっていきますが、それがまた飽きさせない一因になっています。

 

密度の濃い展開

良質な群像劇が必ずそうであるように、本作も非常に密度の濃い展開が続きます。

シーズン1だけで、タイタニック号沈没から第一次世界大戦直前までの二年間を描いていますから、自然と凝縮されたシナリオになるのは確かでしょう。

しかしそれ以上に、各キャラクターの化学反応を見ているのがとにかく楽しい。

メアリーとマシュー、ヴァイオレットとマシューの母の主導権争い、メアリーとイーディスの姉妹バトル、ベイツとトーマスの確執などなど、ときに辛辣に、ときにユーモラスに描かれていきます。

しかし、人間のリアルな嫌なところを書きつつも、登場人物への愛が失われないタッチが良いですね。

そのへん卒のない老練な語りは、ベテランのジュリアン・フェロウズだからこそ成し遂げられる技かもしれません。

シーズン1のシナリオを読んだことがあるのですが、とにかくセリフの量が多い。

そして、ところどころについている脚注から、当時の生活や社会に関する洞察がとにかく深いことも印象的でした。

 

おわりに

個性あふれるキャラクターに目を奪われているうちに、何話も観てしまっているのがダウントン・アビーの世界。

たくさんの登場人物がいるので、誰かしらは自分の納得のいくことを言ってくれるという安心感もあります笑

イギリスの美しい田園風景と、きらびやかな邸宅の映像に癒されつつ、見ごたえある人間ドラマを楽しみたい方におすすめの作品です。

 

 

#1 『開戦』

#1 『開戦』

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映画『萌の朱雀』

殯の森』に続き、河瀨直美監督作品をご紹介します。

同じく監督の故郷・奈良(こちらは吉野)で撮られた作品です。

短く素朴なストーリーと、現地に身を置いているかのような雄弁な映像が印象的な映画です。

カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しています。

国立映画アーカイブで上映された際、監督のインタビューを聞くことができましたので、その時聞いたエピソードも交えてご紹介します。

ネタバレしています。

 

 

あらすじ

過疎化が進む恋野村で育った田原みちるは、父母と祖母、従兄の栄介との五人暮らし。

みちるの父は、村へ通るという鉄道の新線建設のために働いていたが、計画が立ち消えになると失意のうちに去ってしまう。

兄妹のように育った従兄の栄介に想いを寄せるみちるだが、栄介は姉のように慕うみちるの母に恋心を抱いている。

そんななか、家族を支えるため旅館で働いていたみちるの母が倒れてしまう。

 

映像へのこだわり

本作は95分という、長編のなかでは比較的短い作品です。

しかし『殯の森』と同様、映像が雄弁なために濃さが短さを完全に補っています……

とくに吉野(現在の五條市)の山深い自然の映像は、緑の瑞々しさが実際に手に触れられそうに感じるほどです。

みちるの母と栄介が雨宿りする境内の光景など、何気ないシーンにも自然の手触りが感じられます。

夏の場面の暑さ、雨の場面の湿気など、その場の空気が伝わってきそうなうえ、その土地独特の美しさも感じられます。

河瀨監督が当地をよく知っていて、最も魅力の伝わる状況や場所を写し取っているのだなと思えます。

また、インタビューで監督が語ったところによると、美術などはチームのメンバーの裁量に大きく委ねていたようです。

たとえば「屋根の色はどうしますか」とスタッフに訊かれたら、「現地の色合いに最も合う色を感じ取ってそれにしてください」と指示していたとか。

「○○色にしてください」という指示を予想していた現場としては想定外だったかもしれませんが、結果としてとても完成度の高い調和した映像になっていると感じます。

ただ、主演の國村隼さんから「このチームは船頭のいない船のようだ」と言われたこともあったようです。

「今でこそ河瀨監督流と言ってもらえるようになりましたけど……」というニュアンスで紹介されていました。


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自然な演技

これも『殯の森』と同様ですが、当時演技経験なしの尾野真千子をメインに据えたこともあり、いかにも演技らしい演技はまったくない作品となっています。

セリフも表情も自然で、静かな田舎の片隅に暮らす人たちの生活を、自然に切り取ったものという雰囲気が滲み出ています。

みちる役の女優を探していた時、芸能プロダクションから候補者の打診を受けていた河瀨監督ですが、提案された候補の中に「吉野にいそうな女の子」がいないことに悩んでいたそうです。

そんななか、ロケハンをしているとき偶然地元の学校で見つけた尾野真千子をスカウトし、キャスティングしたと言います。

演技初挑戦だった彼女ですが、監督曰く「ベテランの國村さんを上回るとんでもない集中力を成長を見せていた」とのこと。

その後大成して、数々の商業作品に出ていることも納得のエピソードでした。

 

素朴なストーリー

時間が短いこともあり、派手な事件が起こる脚本ではありません。

しかし、静かに綴られるみちるたちの暮らしや恋心が、忘れられない余韻を残します。

片田舎のままならない運命に翻弄される一家の中、みちるの淡い恋心が育ち、ひとつの結末を迎える様子を丁寧に描いています。

鉄道計画は結局暗礁に乗り上げてしまったり、恋心は結局叶わなかったり、この映画は正統的なハッピーエンドを描いたものではありません。

でも、生まれ得なかったもの、叶わなかったことにも意味があるのではないか、という思いを持ちながら描いた作品だ、と監督が語っていました。

確かに栄介もみちるも、最後には慕った人と離ればなれになってしまい、その前に恋人同士として想いが通うこともありません。

しかし、大切な人を想い続けた記憶が、その後の二人の人生の大切な一部分になってくれるのではないかな、と思います。

本作は監督自身の手による小説も出されていますので、いつか読んでみたいと思います。

 

おわりに

余談ですが、本作の撮影は監督にとってもかなりの試練だったようで、毎朝身支度をしながら「始まったんだから、終わるよね」と言い聞かせていたというエピソードを紹介されていました。

カンヌのグランプリ受賞、というところばかりに最初は驚きましたが、それだけの才能を持った方が、しんどさを乗り越えて創作に打ち込んだ結果として、こういう作品ができてくるんだなと実感しました。

観た後、奈良に行ってみたくなる作品です。

 

 

 

映画『キサラギ』

邦画のコメディミステリをご紹介します。

過去の事件を、限られた空間でメイン数名が語り合いながら解決していくという、密室安楽椅子探偵風ストーリーですが、めちゃくちゃスピード感があります笑

ネタバレ要素を含みます。

 

 

あらすじ

一年前に死去したマイナーアイドル・如月ミキの命日に、ファンだった男性5人が集まり、ささやかな追悼パーティーを開催する。

主催者の家元、異常に几帳面なオダ・ユージ、元バンドマンのスネーク、農家の安男、無職のいちご娘。といった個性的な面々が顔を揃える。

初対面のぎこちなさはありつつも、ファン活動の思い出を語り合う5人。

しかし、マネジャーに電話メッセージを残した後に自殺したとされているミキは「殺された」のだという一人の発言から、雰囲気は一変。

それぞれの人物が生前のミキとのつながりを吐露していく中、彼女の死の真相について新たな面が見えてくる。

 

明らかになる人間関係

本作の主人公は、如月ミキのいちファンであり、しがない公務員である家元。

ファン同士で亡くなったミキの思い出を分かち合い、忍ぶために、有志のファンミーティングを開催します。

あくまで非公式な集まりのため、関係者はいないはず。

しかし、オダ・ユージ(この人をユースケ・サンタマリアが演じているところが良い)を筆頭に、次々に彼らの正体が明らかになっていきます。

ミキの仕事関係者だったり、地元の関係者だったり、そこまで行かなくても死の直前にコンタクトがあったりと、関係性は様々。

その中でも特にミキとの関わりが深かったオダ・ユージが、「ミキは自ら死んだのではなく、何者かに殺された」との考えを口にしたことから、謎解きが始まります。

一人一人、死の直前のミキの様子や、やり取りの内容を語っていく彼ら。

そもそもが個性的すぎる面々なので、お互いに不信感を抱きつつも謎解きにハマっていく様子がコミカルだし、テンポもとても良いです。

さすが古沢脚本。

そして、家元が小栗旬、オダ・ユージがユースケ・サンタマリア、安男が塚地武雅、いちご娘。が香川照之、スネークが小出恵介(今は昔……)というように、俳優陣も実力派ばかり。

コメディをがっちり演じ切ってくれています。

 


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ミキの死の謎

如月ミキは亡くなった夜、マネジャーに「やっぱり駄目みたい。私もう疲れた。色々ありがとう、じゃあね」と言い残して焼死しています。

思いつめた彼女が突発的に自殺を試み、亡くなったとされていますが、その死が突然だったことから、ファンたちは釈然としない思いを心の底に抱いていたのでしょうか。

謎解きは、それぞれが知っている真実を吐露し合うことで一気に過熱します。

とりわけオダ・ユージは、ミキを殺した犯人がメンバーの中にいると信じており、謎の解明に貪欲です。

互いの意外な立場が明らかになっていくにつれ、疑心暗鬼が加速したりと色々ありますが、最後にはひとつの結論が導き出されていきます。

 

安楽椅子探偵×ワンシチュエーション

本作は、ファンミーティング会場という密室で、メインの5人の会話劇によってストーリーが進行していきます。

いわゆるワンシチュエーションコメディです。

そこへさらに、過去の事件を伝聞によって読み解いていく安楽椅子探偵の要素が加わります。

どちらも、ロケーションの転換や、派手な絵面は登場しづらく、映像としては地味になりがちな要素です。

しかし、各キャラクターの個性と、テンポのいい展開・セリフ回しで全く飽きさせないところがさすがですね。

もちろん謎解きの行方も気になるので、最後まで如月ミキの死の真相に翻弄されます。

メインの謎である死の真相のみならず、ファン一人一人が彼女とどういう関係だったのかというプチ謎も、途中の展開を飽きさせないキーとなっています。

 

おわりに

最後まで顔の映されないミキがどんなアイドルだったか、想像しながら観るのも楽しかったです。

結末は推して計るべしという感じでしたが笑

密室ロケ、安楽椅子探偵、再現映像も静止画多用、ということで低予算映画かもしれませんが、純粋に脚本要素で面白くなっている稀有な映画だと思います。

友達や家族と気軽に観られるコメディとしておすすめです!

 

 

 

 

 

映画『殯の森』

河瀨直美監督が、故郷の奈良を舞台に撮影した映画をご紹介します。

カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した、国際的にも評価の高い作品です。

ネタバレします。

 

あらすじ

大切な人を亡くしたのち、奈良県東部の山あいにあるグループホームで働き始めた介護福祉士の真千子。

ホームには、亡くなった妻との思い出に生きるしげきがおり、真千子としげきは不思議な絆を育んでいく。

職場仲間との人間関係にも恵まれ、次第に新たな暮らしに慣れていく真千子だったが、ある日しげきが独り森へと分け入って行ってしまう。

彼を追って森へ入った真千子は、生と死のあわいにある不思議な場所へと足を踏み入れることになる。


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古代の死生観

映画の舞台となるのは、日本の古代史が息づく奈良県内。

そして、タイトルにもある殯とは古代の葬送習慣を意味する言葉です。

亡くなった人の遺体を、埋葬する前に腐敗するまで安置しておく風習を指します。

現代人からするとびっくりですが、死後、ある程度の日にちを一緒に過ごし、身体が朽ちていく様子を目にすることによって、死者との別れを実感するための儀式だったのではないでしょうか。

なお、実はつい最近まで、皇室では生きていたイニシエーションです。

昭和天皇崩御された際などには、50日間の殯が行われたようです。

現在ではそれも廃止されていますが、日本古来の死生観を受け継ぐ神道の本家だからこそ残っていた儀式だと言えます。

なお作品の舞台となった地域では今も土葬文化が残っており、葬列の場面は地元住民の方々がエキストラとして出演しているそうです。

 

自然なセリフや演技

本作は女優の尾野真千子が出演していますが、もう一人のメインの人物は専業俳優ではありません。

認知症の男性しげきさんを演じるのは、奈良市で飲食店や書店を経営するうだしげきで、演技は初めてというから驚きです。

それもあってか、本作でのセリフや演技も非常に自然で、いわゆる芝居がかった印象がまったくありません。

ホーム内のおばあちゃんたちの会話も、おそらく台本なしで撮ったんだろうなと思われます。

方言や自然に湧き出てきた感触があふれる日本語に、すっと作品世界に引き込まれるような感じがしました。

河瀨監督は同じく奈良県を舞台に撮った『萌の朱雀』でも、地元出身で演技経験なしの尾野真千子をスカウトして撮影しています。

監督はトークショーでこの点について、「芸能プロダクションから女優の打診は受けていたけれど、実際にこの地域にいそうな子はいなかった。だから地元で探すことにした」と語っていました。

地元で暮らしている人を俳優に採用するのは、現地の空気感を忠実に伝える映像にしたいからこその、監督の強いこだわりのようです。

真千子や同僚のセリフも、セリフっぽさを極力まで排しており、説明ゼリフは皆無。

その分、映像が雄弁に情景を語ります。

奈良の森の熱気や、草いきれまで伝わってきそうな映像は、小説でいうと地の文の役割をすべて負っているように見えます。

 

生と死のあわい

33年前に亡くなった妻・真子を思い続けながら生きるしげき。

彼はある日、真千子に連れられての外出の途中で、森の中へと分け入って行ってしまいます。

なかなか追いつけないうえ、連れ戻そうとしても振り切られてしまう真千子。

次第に、しげきが真子を追い求めるための道のりなのだとわかってきます。

真子は亡くなってかなりの年月が経っていますが、しげきにとってはまだ生きているのに近い状態。

その彼女に少しでも近づき、安らかに自然に還れる殯の場所を探しているのかな、という気がしました。

(説明ゼリフやそれっぽい描写が本当にないので、このへんは観る人の想像力に任されている部分だと思います)

初神道では神社に建物がなく、森そのものを社殿としていたという説があり、その点でも森の中で生と死の境目を辿る映像は非常にしっくりくるものがあります。

どう死ぬかはどう生きるかだ、とよく言われますが、老年期で死に近づいている男性の姿を写し取ることで、どう生きたかを投影しているという印象です。

亡くした真子さんのことが本当に大切だったんだな、と思うと同時に、彼にとって死とは真子さんとの再会でもあり、決して恐ろしいだけのことではないのだと感じられました。

 

大切な人の死

真千子自身も、大切な人の死を経験したと示唆するシーンがあります。

その死に責任を感じなければならない経緯もあったようです。

時折見せる思いつめた顔から、自責の念を抱えている気配が感じられます。

しかし、生と死が地続きであることを実感したら、死後の世界でまた会えると信じられるのではないでしょうか。

生と死のあわいの世界に飛び込んだ彼女は、いずれ死を通して自然に還り、亡くなった人とも再会できるのではないかと感じました。

 

おわりに

多くを説明しない映画のため、難解な部分も多い作品だと思います。

しかし、奈良の自然を舞台に日本的な死生観について写し取った、唯一無二の映画であることは確かです。

個人的には真千子の同僚の「こうせなあかんてこと、ないから」という一言が印象的でした。

生と死の受け止め方は、生き方がそうであるように人それぞれでいいのかもしれません。

現代では死=人生の断絶と考えがちですが、時にはこうした価値観を垣間見てみるのも世界を広げてくれると思いました。

 

 

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映画『麦の穂をゆらす風』

アイルランドの歴史の一場面を切り取った、ケン・ローチ監督の映画のレビューです。

最後まで余すところなくネタバレしていきます。

主演は近年ドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』シリーズで活躍したキリアン・マーフィです。

 

 

あらすじ

アイルランド南部のコークに暮らす兄テッドと弟ダミアン。

優秀なダミアンは医師になる勉強をするため、ロンドンへ行く予定だった。

しかし、出発の日に英国人警察官の理不尽な暴力を目にし、兄とともにIRAの闘士になることを決意する。

アイルランドの独立を目指し、IRAの戦いは苛烈さを増していき、やがてそれは身内の粛清にもつながっていく。

また、ようやく英国から条約締結を勝ち取ったかと思いきや、それは北アイルランドの独立を認めない内容だった。

譲歩的な条約に憤慨したダミアンたちは、テッドたちのいる穏健派と分裂。

アイルランド独立戦争は内戦へと発展してしまう。

 

徹底的に戦うということ

英国とIRAの戦いが苛烈を極めたことはよく知られていますが、それは単なるゲリラ戦に留まりませんでした。

IRA内にいた密告者の処刑なども厳しく行われ、ダミアン自身も仲間を処罰することになります。

しかも相手は、自分より年下の少年クリス。

「怖い」と訴える彼を処刑した時、ダミアンは引き返せない一線を越えてしまったのだと否応なく伝わってきました。

もしこの後に戦いをやめてしまったら、クリスの死も、殺人者になった自分の選択も否定することになってしまう。

心の喪失を埋めるかのように、ますます闘争に身を投じていくダミアン。

そして長い戦いの末、アイルランドと英国は停戦を迎えます。

アイルランド島全島の独立が勝ち取れれば、IRAの戦いは文句なく報われたかもしれません。

しかし、プロテスタント住民の多い北部地域は独立せず、北アイルランドとして英国に留まることに。

これにより、アイルランド全体の独立を目指してきた闘士たちの不満に火が点いてしまいます。


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戦争が内戦に

南部だけでも独立しようと妥協をした指導役マイケル・コリンズたちに非難が向けられ、独立派のなかでも、妥協を受け入れる穏健派と、あくまで全島の独立を目指す急進派の間で、内部分裂が発生。

それまで、独立を勝ち取るために英国相手に戦ってきたIRAですが、内部分裂が穏健派と過激派の内戦に発展してしまいます。

これにより、一緒に戦ってきた仲間どうしで殺し合う事態を呼ぶことに。

当初は誰も望んでいなかったはずの展開なのに、誰も止めることができない。

長い歴史のなかではありがちな展開かもしれませんが、ドラマとして観ると本当にやるせないですね……

穏健派の兄テッドは、過激派に身を投じたダミアンを案じます。

 

兄弟の分かれ道

テッドは新たに樹立されたアイルランド自由国の将校に、ダミアンは医師になります。

しかし、独立後も好転しない故郷の経済状況に、ダミアンは心を痛めます。

アイルランド人が豊かになるには、アメリカに移民するしかないのか、と吐き捨てたところに忸怩たる思いが滲んでいました。

アイルランドをルーツに持つ米国人が多いのは、一つには自国で生計を立てることを諦めた人が多かったから、というのは事実でしょうし。

過激派として、かつての仲間までも攻撃し始めたダミアンを、テッドは自由国軍将校として罰する立場に立たされます。

穏健派に転じるよう説得するテッドですが、ダミアンはあくまで拒絶し、死刑を受け入れることに。

何のための戦いだったのか、というやり切れない余韻を残して映画は終わります。

 

何を求めて戦うか

ケン・ローチ監督らしい、救いのないラストでした。

独立派が戦いを始めたのは祖国の独立を勝ち取るため、それはアイルランドの人々のためだったはずなのに、いつの間にか仲間同士の殺し合いになってしまう。

そのやるせなさを真摯に写し取った映画だと思います。

同時に、当初は誰も望んでいなかった状況になってしまったのはなぜなのか、それが伝わってくるストーリーでもありました。

ただ、ダブリンなど政治的状況の中心地が舞台ではないため、マイケル・コリンズやエイモン・デ・ヴァレラと言った歴史的人物がどう動いていたかは、お話の中からはあまりわかりません。

そのへんは別の映画を観たり、自分で調べたりして知識を補強したほうが、より分かりやすいかなと思います。

同時に、そのあたりが詳しくわからず、映画館のニュースで顛末を知る場面などではより、「情勢に振り回された」というやり切れなさが伝わってきます。

こんなに戦ったのに、IRAのトップたちには何も伝わってないんじゃないか、という苛立ちにもつながってしまいますね。

 

おわりに

後にバーミンガムを舞台としたドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』で主演を務めるキリアン・マーフィの存在感が印象的でした。

ダミアンの少し儚い雰囲気を演じるのに、ぴったりの俳優さんだったと思います。

苛烈な戦いにアイルランドの人々自身が疲弊していく様子も、IRAの闘士たちのみならずその家族や女性たちにも光を当てて描写されていました。

アイルランド独立戦争から内戦へと発展した過程を理解したいという方に、ぜひおすすめしたい映画です。