本と映画と時々語学

書評、映画評、時々語学学習や時事ネタなど書き綴りたいと思います。

映画『ラヂオの時間』

自粛中だからこそコメディで笑いたいなと思い観てみたら、想像以上に面白かったのでご紹介します。

三谷幸喜監督作品で、若かりし頃の唐沢寿明が大活躍しています。

遠慮なくネタバレします。

 

あらすじ

ラジオドラマの生放送に向けてリハーサル中のスタジオ。

番組のつつがない放映を見守るプロデューサー、ディレクターを始めとしたスタッフたち、ラジオドラマのキャストたちが集結。

初めての脚本がコンクールで受賞し、放映されることとなった主婦のみやこもリハーサルを見学に来ている。

放送を楽しみにしていた彼女だが、主演女優のクレームでヒロインの大幅な設定変更を余儀なくされる。

他の出演者からも次々に注文をつけられ、だんだんと原型を留めなくなっていく脚本。

キャストのわがままに翻弄されるスタッフ、思い入れのある脚本が変えられて悲しむみやこのドタバタコメディでありながらも、作品づくりに励むクリエイターのプロとしての葛藤を掘り下げた珠玉の名作。

 

ドタバタ喜劇として

ラジオのスタジオという閉じられた空間であることを忘れてしまうくらい、いろんなトラブルが目まぐるしく展開します。

ラジオドラマ『運命の女』を無事に生放送するため、各スタッフがなりふり構わず奔走する様子に引き込まれました。

生放送という制約が、タイムリミットという緊張要素を加えるため、さらに手に汗握る展開になっていきます。

ドラマの舞台は熱海で、平凡な主婦・律子と漁師・寅造の道ならぬ恋、という正直地味な話。

ですが、みやこにとっては記念すべき初作品。

ところが、意に沿わない出演となった主演女優・千本のっこのわがままから、ヒロインの名前が律子からメアリージェーンへと大幅に変更、プロフィールもアメリカ人の女弁護士に変わってしまいます。

しかしこれは始まりに過ぎず、こだわりの強いナレーターや、のっこに引けを取りたくないキャストのわがままも炸裂。

熱海がシカゴになり、漁師寅造がパイロットになり、最早脚本要らなくね?という事態に。

プロデューサーの牛島はキャストのご機嫌取りに回ってしまい、作品を変えたくないみやこの気持ちは置いてきぼりをくいます。

しかし牛島やディレクターの工藤は、彼女を慮ってばかりもいられません(仕事なんで)。

キャストの満足いく設定を考え出し、設定変更に伴う考証や効果音の準備、根回しに走り回ります。

効果音ライブラリがなければ乗り切れないと思われるピンチも、あの手この手で打開していくくだりは特に見応えありです。

 

プロフェッショナルのドラマとして

冒頭、少し斜に構えた様子で、みやこに意地悪言うなーと思っていた工藤Dが奔走する中盤にグッときた方も多いと思います。

どんなくだらない番組でもな、俺にはそいつを作り上げる義務がある! それが俺の仕事なんだ!

「良い作品を作りたいならこの業界はやめた方がいい」とみやこに言った意味も、キャストのわがままをくだらないと思いつつ引き受ける理由も、このセリフで一気に繋がります。

彼自身の仕事の役割と限界を知っているからこその言動行動なんだなと納得がいきます。

番組を世に送り出すのが仕事だから、それはどうしても果たさなければならない義務である。

できれば納得いくクオリティで、作り手が満足できる作品を世に送り出したいが、一人で仕事をしているのではない以上、叶わないことの方が多い。

キャストやスポンサーがいなければ作品は成り立たない。

全部知っているからこそ、ある程度の諦念を抱えたまま仕事しているんだと伝わってきます。

しかし、牛島Pや編成マンに比べて若い工藤はまだ完全に諦めたわけじゃなく、できることなら良い作品にしたい、クリエイターの納得いく番組にしたいと思っています。

だからこそ、牛島に

これ以上変えたら、あの人の本じゃなくなる

と忠告したり、そう言うのは自分たち自身のためだと断言したりできるんでしょう。

しかし、牛島も長年この仕事をしてきて葛藤がなかったわけではありません。

堪忍袋の尾が切れたみやこが彼らに窘められ、

自分たちの都合で私の本をめちゃくちゃにしておいて、よくそんなことが言えますね!

とさらに怒ってしまった後も、「あなたは何もわかってない」とバッサリ切りつつ、職業人としての覚悟を語る長台詞があります。

マスメディアやエンタメに関わる仕事ではなくても、やりたい仕事と毎日の現実の中で葛藤している人なら誰しも共感できる内容です。

 

怒涛の終盤

ラストの結末までも変えられることになり、失意の底にいるみやこ。

番組の無事の放送や、関係者のご機嫌伺いに囚われ、作品づくりをあまりに蔑ろにしていると訴えた工藤は、その場でディレクターを下ろされてしまいます。

しかし、何とかラストはハッピーエンドにしたい彼は、同僚とともに一計を案じます。

最後に残ったみやこのわずかな望みは叶うのか、業界人たちは作品づくりという原点に立ち返ることはできるのか?

最後まで手に汗握りつつ笑わせてもらえる終盤は、見どころが沢山詰まっています。

 

おわりに

関係者からの要求が多すぎて汲々とする管理職、

理想を捨てかけている中堅のお兄さん、

人生消化試合で若者を突き放して見てるじーさん、

現場より顧客のことしか見てないトップ、

日和見の極みみたいなおじさん。

放送業界じゃなくても、どこかで見たような面々が凄まじい個性で揃っています。

だからこそいろんな人が感情移入して笑ったり感動したりできる作品になっているんですねー。

我々一般人からすると華々しく見えがちな俳優陣を主人公ポジションにつけないのも特徴の一つです。

むしろわがままを繰り出すトラブルメーカーばかりで、三谷幸喜監督の舞台人・クリエイターとしての苦労が込められているんじゃないかと思ったり。

なんとなくドタバタコメディと思って手に取りましたが、観終わってみると笑って泣けるお仕事ドラマという感じでした。

某邦画の「作品の前に、番組なんですよ」という言葉を彷彿とさせる場面が多々ありました。

笑いたいけど見応えのあるお仕事ドラマも観たい!という方に是非お勧めしたい作品です。

 

ラヂオの時間

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映画『誰もがそれを知っている』

スペイン映画史上最強カップルが出演するサスペンス映画をご紹介します。

監督は、アカデミー賞外国語映画賞を受賞したアスガル・ファルハディ監督です。

遠慮なくネタバレします。

 

 

あらすじ

アルゼンチンに暮らす女性ラウラは、妹の結婚式のため、家族とともに生まれ故郷のスペインの街に帰省する。

老親や姉妹、幼なじみでワイン農園を営むパコとの再会を喜んだのも束の間、結婚式のパーティー中に娘のイレーネが失踪してしまう。

必死の捜索ののちにもイレーネは見つからず、脅迫が届いたことから誘拐と判明する。

時間稼ぎとラウラの奪還に知恵を絞る一同だが、混乱の恐れの中で、長年隠されてきたある真実が炙り出されてゆく。

 

映像作品として

スペイン映画界の至宝、ペネロペ・クルスハビエル・バルデム夫妻が出演しています。

二人の存在感と葛藤に引き込まれるのは勿論、スペインの荒涼とした景色があてどのない謎解きの背景によく合っています。

家族の秘密や、クローズドコミュニティのせめぎ合いを描くのは、『セールスマン』のアスガル・ファルハディ監督。

こうした主題を描くのに彼ほど適任な監督もいないと言えます。

セリフは全編スペイン語なのですが、ファルハディ監督がスペイン語スピーカーというのは聞いたことがないので、どうやって脚本を描いたのか気になります。

監督がペルシャ語で書いた原版がスペイン語に翻訳されたんでしょうか。

 

閉ざされた社会と秘密

映画前半で、みんなが再会を喜び合うあたりから既に、ラウラとパコは特に深い人間関係があったんだなと言うのは示唆されています。

そして、ラウラの家族と、パコの農園にやんわり因縁が残っていることも。

都会だったら人・物・金の移動が激しいので、元カレ・元カノの関係や、土地の売買の記憶は、時とともに薄れてしまうでしょう。

関わった相手に二度と会わないことも珍しくないからです。

しかし田舎のクローズドコミュニティではそうはいかず、元恋人も、昔望まない取引をした相手も、長い年月ずっと隣人として付き合い続けます。

大人だから、ということで当り障りなく接していても、極限状況や精神的に追い詰められた時に、ふとした怒りや鬱憤が爆発する。

強い怒りや納得できない思いって、やはり簡単にはなくならないんだと思わされます。

そして、そうした歪さの蓄積を、他の隣人たちはやはり抜け目なく洞察している。

絶対に内密にするはずだったことも、一人一人の距離が近いコミュニティでは公然の秘密と化してしまいます。

イレーネ誘拐事件では、長い間ラウラの家族とパコたちが抱えてきた公然の秘密に付け込んで、ある隣人が犯罪に踏み切ってしまったわけです。

 

何が正しいのか

公然の秘密=イレーネの出生は終盤で明かされるものの、秘密の当事者の一人であったパコは、新たに衝撃的な事実を知ります。

ラウラの夫が、イレーネが実子でないことを知りながら受け入れていたことです。

途中から「もしかしたらそうかも」と思うのですが、実際告げられるシーンの迫力は真に迫るものがあります。

大きな秘密も、言えない過去も、全部受け入れる愛というのがあるんだなと。

ラウラのことも、イレーネのこともすべて愛してきたのに幸せが壊れようとしている、というのはきっと恐ろしかったに違いありません。

一方で、金銭的なことでありのままを言えない心理はよくわからなかったんですが、これは自分自身が同じ苦労をしてないからそう思うだけかもしれないです。

プライドも捨ててイレーネのためにと支払いを頼まれるパコ、苦悩の演技といえば彼、のハビエル・バルデムが熱演しています。

正直、『BIUTIFUL』も『海を飛ぶ夢』も苦悩にしか苛まれてません。

イレーネを大切に想う大人たちの、気持ちの掻き乱されようが凄まじかった。

彼女の出生にまつわる親たちの行動は、社会的あるいは宗教的な意味合いからしたら、正しいとは言えないのかもしれません。

でもイレーネのために最善を尽くす彼らの熱量だけは本物です。

そのことに比べたら、道義的な高潔さなんていったい何の意味があるんだろうと思わされます。

文字通り「墓まで持っていく」覚悟を決めた大人たちの肚のくくり方が見どころの一つです。

一方で、イレーネがこうして身代金目当てに攫われるきっかけを作ってしまったのも、この秘密主義だと言えます。

最初からオープンにされていたら、彼女が攫われることもなく、それをネタに脅されることもなかったわけだから。

探られたくない腹を持ってしまうことは、愛する人を守るうえで最善の答えと言えるのか、という考えも浮かびます。

何より、ラストシーンで蒼白な顔のまま問いかけるイレーネの顔を見ると、他にやりようがあったのではないか、という暗い余韻が残らざるを得ません。

ファルハディ監督の『セールスマン』と同じく、一体どうしたら良かったんだ、と言う問いが頭の中で回り続ける作品でした。

 

おわりに

個人的には、大切な人を守るために、秘密はなるべく持たない方が良いのかもしれない、というすごく浅薄な感想に辿り着いてしまいました。

ただ、長い人生、一つの過ちも犯さない人なんてあまりいないわけで、過ちとまでは言えなくても生涯高潔な人なんてそうそういないわけで。

秘密を呑み込んで、墓まで持ってく覚悟で人を守り切れることもあれば、人生が残酷なら本作のような追撃が襲ってくることもあるのかもしれません。

スカッとした正解はなく、いろいろ考えさせると言う監督の持ち味が存分に発揮されていたと思います。

主演二人の迫力も如何なく発揮されていて、見ごたえのある作品でした。

 

 

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ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』3

前回は各キャラクターについての想いを語りましたが、今回は心に残った名言について語っていきたいと思います。

小説でも映像作品でも、ファンタジーは大きなテーマや抽象的な命題を語るのにとても適していると実感する名言たちです。

 

 

権謀術数に関する名言

ゲーム・オブ・スローンズと言えば七王国に群雄割拠する名家のパワーゲームが主な見どころです。

人に取り入り、利用し、騙し、裏切る彼らの熱い哲学が滲む名言を紹介します。

 

時に手紙の中身は財布の中身より価値がある

豊富な資金より何より、知られたくない人の秘密を知ることは戦術上、時にとんでもないアドバンテージを発揮します。

人の行動を縛り、敵に言うことを聞かせる可能性ももたらすからですが、たびたび気の抜けない情報戦が始まるGoTらしさが詰まった一言です。

 

敵は近くに置くものです

都合の悪い動きをいち早く察知できるよう、次の行動をいち早く読めるよう、関わりたくない敵こそ近くに置くべし、という格言。

確かに、ちょっと気を抜くとすぐに死人が出るGoTの世界では、この方針で生きた方が間違いなく賢明です…

 

親方たちの話す言葉は一つ 私の体の芯まで染み込んでいる 同じ言葉で言い返さなければ彼らには届かない

奴隷商人湾で奴隷を商う親方たちの反乱に際し、ミッサンディが言った言葉です。

いくつもの言語を操る通訳のミッサンディには、他所から来たデナーリスやティリオンの共通語では届かないものが敏感に感じ取れたのでしょう。

共通語といえば英語だけど、ローカル言語でなければ伝えられない何かがある、というのは現代にも通じる感覚です。

数多の奴隷、そして親方たちの命運を左右する交渉だからこそ、さらにそれが浮き彫りになるのを見越した言葉だと言えます。

 

獅子は羊の評判など意に介さん

タイウィン・ラニスターのいかにもな一言。笑

世のトップに君臨する彼らには、支配されている民の評判など関係ない、という主旨でした。

実際、民主主義なんて歴史的にみれば最近の話で、それまでは革命か天変地異が起こらない限りGoTの世界のように世襲の君主が君臨していたわけで。

そんな世界では、民意がどうであろうと知ったこっちゃない、という姿勢もある意味当然のことかもしれません。

 

まだ存在しない世界を見ようとするのは難しい

王都を陥落させたデナーリスがジョンに言い聞かせた一言。

デナーリスの苛烈な攻勢に恐れをなした味方がいると告げ、冷静になるよう諭すジョンに対し、このくらいの犠牲が出ることだってあると反駁するデナーリス。

なぜなら自分たちはまったく新しい世界を作ろうとしているから。

その偉業のためには、今までの世界しか知らない人々が恐れるようなことも推し進めるべきである。

だってその先には、誰も見たことのない素晴らしい世界が待っているんだから。

この頃のデナーリスの危険な陶酔を、エミリア・クラークが見事に演じきっています。

彼女はすごい童顔なので、年上だと知った時は心底驚きました。。。

 

この世に物語以上強いものがあろうか

ブランを王に推薦したティリオンのセリフ。

人々を一人の王のもとに集わせるのは、彼らを結びつける物語である、と説明するときの一言です。

確かに、建国の背景だったり、同じ経緯を辿ってきたと思える集団こそが、その人自身の属する場所を決めるというのはままあることと言えます。

生まれた場所や、血統ではなく、自分は誰と長い歴史や記憶を共有するのか、と考えた時にたどり着くよりどころというか。

日本人としては、実権を何一つ持ってなくてもたくさんの人に囲まれ続ける天皇家のことを連想してしまいます。

肝心の物語が概ね忘れ去られていても、なお崇敬されるレジェンドなので別格かもしれませんが…

対して、GoTの生まれ故郷米国は新しい国ですが、だからこそ強い物語で人を団結させようという努力は人一倍盛んなようにも見えます。

 

愛に関する名言

大河ファンタジーが繰り広げられる中、数々の恋愛劇も綴られていたGoT。

特に印象的だったセリフを選んでご紹介します。

 

“愛は義務を殺す”

何度か言及されていたこのセリフ、大河ファンタジーでありながらロマンスの描写も優れていたGoTならではの魅力が詰まっています。

基本的には権力闘争が軸のストーリーながら、愛を取るか力を取るか、あるいは愛する者をどうやって守れるかという問いがしばしば立ちはだかるからです。

勝利や正義より愛を優先したい気持ちが、理性や理論では御しきれない要素となって、世界を乱していく。

そうした背景が色濃く反映された一言と言えます。

 

誰が非難されるかは時代によって変わる 一つ変わらないのは自分が誰を求めるかよ

オベリン・マーテルを失ったエラリア・サンドの言葉です。

彼女の強い決意が表れているお気に入りのセリフ。

何が正しいかは、時代によって人々の価値観も変遷するので変わってしまうことがあります。

でも、ある時代を生きる自分が、誰と時間を分かち合いたいかは、自分にしかわからないことであり、それは時代が決めることではありません。

だからこそ愛した人のためにまっすぐ生きようとするエラリアの姿勢が伝わってきます。

 

俺は一番勇敢だった ナース島出身のミッサンディに会うまでは 今は恐れてる

恐れるものなど何もなかった最強の戦士グレイ・ワームが、愛するミッサンディを失うことを恐れるようになった、と告げるセリフ。

奴隷として囚われて必死に生き抜く中、そしてデナーリスに従っての快進撃を続ける中、死線をくぐり抜け、人の命の儚さを知っているからこそ出てきた言葉だと思います。

かけがえのない幸せは、それを失うことの恐れも連れてくることを象徴的に表していました。

 

人生に関する名言

GoTは権謀術数の機転や騙し合い、豪快な戦闘だけでなく、根底にある人生哲学みたいなものも見どころの一つでした。

その中でも印象的だったセリフをご紹介します。

 

代償がなければ義務を果たすのは容易だ だが遅かれ早かれどんな人にも それが容易でなくなる日がくる

ナイツ・ウォッチの掟について言及したセリフ。

義務を果たしていると思っていても、いつかは代償を迫られる時がやってくる、という意味合い。

ナイツ・ウォッチやGoTの世界に限らず通用するセリフだなあと思いながら観ていました。

何か義務を果たすことを選ぶ時、同時に何かをしないことを選び取っている、あるいは他のことに従事する可能性を捨てているとも言えるわけです。

こういう普遍的・抽象的な名言を伝えるのに、ファンタジーほど適した分野はないと実感しました。

 

この世に神は1つ その名は“死神” 死神に言うことは1つ “まだ死なぬ” 

アリアの「ダンスの先生」だったブレーヴォス人の言葉。

バタバタと人が死んでいくGoT界において、これほど大切な心構えもありません。

後にアリアが行くことになるブレーヴォスの不思議な哲学を、最初に視聴者に紹介してくれたセリフでした。

死の存在を無視せず、世界の重要な一部として捉えるからこそ、強くなって生き抜くべしという強固な意志が生まれてくるのかもしれません。

 

いくら本を読んでも 人の本質は学べない

バラシオン家の奥方が小さな令嬢に言い聞かせる言葉。

本で誰かの記憶や感情を追体験することはできても、実際に人と関わり合う経験なしには、人の本質は学べません。

GoTは人と関わっても学べなさそうな体験がてんこ盛りでしたが、だからこそこのセリフの重みが増すかもしれません…

 

しかし我々のような人間は 何をしようと箱の中ではそう長くは満足できない

ティリオンと話していたヴァリスが言った一言。

世の中に嫌気が差して引き篭もっても、結局は刺激がない世界に飽きて飛び出してきそうな二人にぴったりです。

様子を窺って人におもねる小悪人に見えていたヴァリスでしたが、のちにあくまでも「普通の人々」の平和のために動いていたとわかり、心を動かされた人も多かったはず。

 

あんな奴らに涙を見せるな  ゲスどものために泣く価値はない

ブライエニーがかつて仕えた君主から勇気づけられたときの言葉です。

弱肉強食で、日々生き抜くことが何より先に立つGoTの世界観の中、体だけでなく心を強く持つよう教えてくれる一言でした。

この一件によって君主に恋したブライエニーは、その後恋心を隠しながら彼に仕え、彼亡き後はキャトリンに仕え、ジェイミーに出会います。

不器用すぎる彼女の恋心は、最初から最後まで目が離せませんでした。

 

海の底は美しいが長居すれば溺れる

単純に文学的な言い回しが美しくてメモってしまったセリフです。

意味的にも、確かに!と思ったセリフで、海の底以外にもこういうコンテンツって色々ありますよね。

色恋とか楽しすぎる遊びとか趣味とか。

美しいけど夢中になりすぎると身を滅ぼすというもの、色々あるけどこんな言い表し方をしてみたいものです。

 

おわりに

記事を書きながら、GoTシリーズとの長い別れを噛み締めておりました…

数々の伏線、情報戦、どんでん返しで長く私たちを楽しませてくれたシリーズも有終の美を迎えました。

本当に悲しいけど涙、またこんなに夢中になれるシリーズに出会えることを期待したいと思います!

それまでは原作小説と『ダウントン・アビー』で寂しさを埋めたいと思います。うん。

 

 

ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』2

ついに完結してしまったシリーズを先日観終えたのでご紹介します。

終わってしまったショックというか、最終回を観た後はGoTロスで暫く悲嘆に暮れておりました。。。

ファンの思い入れがあまりに強すぎて、撮り直しを乞う署名運動が展開されたり、スターバックス・ラテが映り込んだりと、話題にも事欠かない最終シーズンでした。

あらすじを10行以内にまとめることが不可能なので、キャラクター一人一人についてのコメントをまとめていきます!

選出基準はあくまで当方のフィーリングとなります。ネタバレご容赦ください。

 

 

ラムジー・スノウ

この人が出てきてから、観続けることが難しくなりしばらく放置していました。

グロいシーンが多いGoTの中でも突出して残酷な場面を生み出し続ける残虐王子がラムジーです。

(半分くらい自業自得とは言え)シオンへの仕打ちもさることながら、ずっと辛くも暴力を逃れ続けてきたサンサが、とうとう彼の毒牙にかかってしまった時は涙目になりました。

主要キャラでも容赦なく死んでいくGoTにあって、彼ほど早期脱落を願われた人物もいないのではないでしょうか。。。

笑顔の無邪気さと、残虐さを全うするためならあらゆる知恵を尽くす頭の良さがとにかく恐ろしかった人物。

それだけに、演じた役者さん(イワン・リオン)の巧さも際立っていたと言えます。

 

アマンド

最初は恐ろしい野人の一人として登場した彼ですが、最後にはすっかりコメディ要員となっていたような。もちろん良い意味です。

壁の向こうの厳しい環境を生き抜く彼らの中で、ユーモアがあって大らかで豪快な彼は、暗いシーンが続く中での救いのような存在でした。

ブライエニーへの不器用な恋心も観ていて微笑ましかった…笑

ジョンへの熱い友情も忘れちゃいけませんね。

色々乗り越えたからこそのラストシーンは感動的でした。

 

ブライエニー

強くなりたい心を持て余す女性、というモチーフは21世紀のファンタジー巨編にとって大切な役割を持っていたと思います。

男性と同等に戦って勝てる力が欲しい、守るべき人を守りたい、でもその中で顔を出す女性らしさ的要素や、愛したり愛されたりしたい気持ちにどう向き合えばいいのか?という葛藤が詰め込まれた人物です。

現代に生きる女性にも色々と通じる感情があります。

やっとジェイミーへの想いを素直に打ち明けることができ、彼のための涙を流すことができた時に、別れがやってきたのはあまりに辛かった。

特筆すべきは嫉妬というべき感情があまり見えず、ジェイミーのサーセイへの想いにも敬意を払っているように見えたことでしょうか。

不器用さと煩悶がこれほど心を打つ人物もいなかったなと実感します。

 

サー・ダヴォス

玉葱の騎士こと叩き上げのおじさんサー・ダヴォス。

数々の現場を知っているからこその洞察力と、人あしらいの巧さが印象的な人物です。

一方で若者に振り回されてもぎゃーぎゃー言わない、潔さや器の大きさも目立ちます。

こんな管理職になれたら尊敬されるんだろうな…

バラシオン家の令嬢との悲しい別れを乗り越え、最後まで玉座の行方を見届けてくれた頼もしい存在。

 

サンダー・クレゲイン

アリアとの名コンビが印象的な、歩く不器用サンダー・クレゲイン。

サンサへのぎこちない優しさが最後まで気になったのですが、あれは彼女への淡い憧れだったんでしょうか。

原作を読めばわかるのかな。

宿敵である実兄グレガー・クレゲインへの雪辱を果たし、王都で最期を迎えます。

兄を倒そうとする弟って言うモチーフ、ファンタビ2なんかもそうですが良く出てきますね。

時代も文化も超える普遍的なテーマなのかもしれません。

ブライエニーと並ぶ不器用ツートップです。

 

ヴァリス

最初から最後まで真っ当だった、数少ないキャラクターの一人ヴァリス

最終シーズンにして、ずっと名もなき普通の人々のために働いてきた想いが明らかになり、彼の背景も相まって共感を寄せた人が多かったと思います。

しかし、何となく伏線が張られていたとはいえ、豹変した新しい主に処刑されるという悲しい最期を遂げました。

シリーズ序盤では得体の知れない小悪党感が強かったのに、大きく印象の変わった人物の一人です。

ただ、ティリオンと語り合う場面なんかも、哲学的で的を射ている表現が多く、徹頭徹尾知的だったのは変わらなかったですね。

 

ジェイミー・ラニスター

最初と最後で印象が変わった人としてはジェイミーも忘れちゃいけません。

シリーズ序盤ではとにかく嫌な奴、卑怯な奴、人の心がない奴という印象で、「もうこの後の展開とかどうでもいいからキャトリン(またはブライエニー)がこの場で葬ってくれないかな」と思った場面も数知れず。

しかし、終盤に近付くにつれ、サーセイへの想いの一貫性と、ブライエニーとの友情・愛情のある関係が育つ過程を見て、だんだんと憎めない存在になっていきました。

実姉サーセイとの関係は、権謀術数渦巻く人生の中で、呪縛でもあり救いでもあったのかもしれません。

シリーズが進むにつれだんだんと、サーセイやティリオンと比べて毒気のない性格に見えてきました。

実際、三人の中では一番頭が良くないからそう見えてきたのは当然かもしれない。。。

家族の中で唯一ティリオンに理解を示す人物だというところも、ラニスター家の中ではポイントが高かったです。

 

サーセイ・ラニスター

彼女はラムジーほど混じり気なしの残虐気質ではありませんが、ほぼ全編を通して嫌いだった人物です。笑

スターク家、タイレル家やマーテル家への仕打ちの酷さもさることながら、プライドの高さ、傲慢さ、絶えることのない上から目線など、欠点を挙げればきりがない。

この人のせいで誰かが苦しむたびに、「いつかこの人を最上級に苦しめて滅ぼしてくれるんだろうなHBO!」と思っていました。

頭のいい権力者になりたいのは伝わってくるんですが、その実ワイルドファイア以外にあまり有効な手段を持たない。

タイウィン・ラニスターに「賢くないから好きじゃない」と言われて落ち込んだ場面では、タイウィンは言い過ぎだけど(彼よりは賢くないかもしれないが愚かと言うほどでもない)、何でこんな薄情な父親から愛されようとするんだろうと思っていました。

親の愛を人生序盤で得られなかったのは辛くても、一応美人の部類なんだし切り替えて行けばと思っちゃうんですけど、ロバートとの結婚生活も上手く行かなかったし難しいんですかね。

ただ、贖罪の道はあまりにしつこい描写だったので、胸糞悪くて我知らず同情してしまいました。

日本に輸入されるような海外ドラマって、悪役の人もすべからく演技が巧いので、すごく嫌な奴が滅ぶシーンであっても、人間味が絶妙に配合されてて思うようにスカッとできなかったりします。

演技だけじゃなく脚本スキルにも支えられているんですけど。

自分が子どもを持ったことがないのもあり、悪人だけど子どものことは誰より思っている、という設定も心に響きませんでした。

むしろこの人を見ていると、「母の愛」というメッキを施して悪事や裏切りを働くことの欺瞞に目が行ってしまいます。

 

ティリオン・ラニスター

シーズン中盤での受難と活躍が目覚ましく、知恵と交渉術で生き抜く姿に心を打たれた人が沢山いたと思われます。

大好きな主要キャラクターの一人です。

しかし、終盤で一気に精彩を欠くようになったのがファンとしては辛かった。

ヴァリスを救えず、狂っていくデナーリスを止めることもできず。

何となくわかってはいたけど、やっぱりデナーリスを好きになってしまったからだったのか…

タイウィンからの愛を求めてしまう寂しさを抱えた性格も、サーセイより共感しやすかったです。

ジェイミーとのギリギリの兄弟愛も救いがあって良かった。

知恵者ながらも報われない場面が多く、そのたびにファンを涙目にしてきた人物ですが、新しい主は一切を超越した存在なので、人の邪心に振り回されることなく手腕を発揮してほしいなと思います。

 

デナーリス・ターガリエン

序盤はもがきながら、中盤は怒涛の快進撃、終盤は徐々に狂っていく様子で、ファンを魅了してくれたデナーリスさま。

童顔と狂王の血筋のギャップで最後まで目が離せない人物でした。

最終シーズン撮り直し請願運動の理由の一つは、デナーリスの変貌ぶりが唐突に思われ、狂王になる伏線が雑だった、という批判のようです。

しかし、伏線はずっと前から張られていたんだと思います。

彼女の女王然とした態度が確立されてからは、既に長い時が経っています。 

ミーリーンにいた頃から、間違いを認めることは彼女にとって難しいものになり始めていましたし、焼けずのデナーリス、ドラゴンの母、奴隷解放者、などなど沢山の異名を並べ出したあたりから、あれっと感じた人は多いと思います。

あとジョンに対する態度ですかね。

本当に民のための王ならすることは一つなのに、彼を跪かせることへの執着、人望ある彼が玉座に着くことへの恐れも重要なエビデンスです。

長い期間をかけて徐々に徐々に描かれたデナーリスの狂いっぷりが、遂に爆発したのが『鐘』の回だったのでしょう。

あまりに長く周到な伏線だったから、逆に気付かなかったのかもしれません。

最終章の展開が濃すぎたので、駆け足感は否めないし、長年親しんだ側近ミッサンディの死へのリアクションは確かにじっくり観たかった。

だけど、権力へも愛へも凄まじい激情をもって臨んだ一生は、忘れられない爪痕を残しました。

彼女を演じたエミリア・クラークが現在32歳で、まさかの年上だったのが衝撃でした。

 

ジョン・スノウ

この人とにかく暗いな…と思いながら5章くらいまで観てましたが、カースル・ブラックで殺されてからは、個人的にだんだん株が上がり始めました。

悩みながらもトアマンドや周りの人間から信頼を勝ち得ていく様子が、観ている側にジョンの葛藤を共感しやすくしたかもしれません。

デナーリスを好きになるのはやや唐突感ありましたが、ドラゴンに乗れたのも、最後に焼かれなかったのもターガリエンの血のためだったのか、というのは納得。

しかしプラチナブロンドじゃないと全然ターガリエンを感じられませんね。

だからこそ恐怖なしに人を束ねることができたのかもしれませんが。

アリアが彼を評価するのも、サンサがぶつかるのも何だか納得したシリーズ終盤。

 

アリア・スターク

1番好きな登場人物がアリアです。

シリーズ前半で父も兄も殺され、姉とも弟たちとも生き別れて逃げるという超絶ハードモードな状況に追い込まれます。

クレゲインに拾われて逃避行を続けるものの、彼と別れてからはブレーヴォスに渡って顔のない男になるための修行に。

この修行がまた、あどけなさを残す少女にとっては非常にえげつなく、彼女が殴られたり刺されたりするたびに、耐えきれず一時停止ボタンを押していました…

しかし、決して諦めない意志の強さと、どこまでも運命に立ち向かう姿勢が勇気を与え続けてくれました。

序盤では単に気が強くて活発なだけの女の子だったけれど、苦境や試練を乗り越えてどんどん強い女性に進化していきます。

終盤ではぶれない芯の強さと、孤高の存在感がとてもかっこよかった。

彼女にニードルと言う武器を与えたのはGoTシリーズ屈指の名采配と言ってもいい。

あれだけの偉業を成し遂げても「英雄にはなりたくない」とサラッといえる欲のなさも印象的でした。

サンサとの凸凹名コンビ、クレゲインとの不思議な友情も良かった。

特にハウンドとは、お互いに心の底から出会えてよかった相手と言えると思います。

 

サンサ・スターク

好き嫌いが分かれるキャラクターの筆頭と思われますが、好きな人物の一人です。

王都の権謀術数や、ラムジーの暴力の犠牲になりながらも、決して諦めず北部と自分の再起をかけて戦ったというイメージ。

ヴェイルの騎士をウィンターフェルに連れてきてくれて本当に良かった。

前半ではリトル・フィンガーに翻弄されたり(結果的に利用しきったとも言えるかも)、ブライエニーと合流する機会を逃したりと、うまくいかない時間が続きます。

しかし、後半は北部総督に返り咲き、デナーリスにも毅然とした態度を取れる唯一の存在となります。

序盤と比べての美しい成長ぶりも特筆すべき人物です。

視聴者と遠すぎず近すぎない、絶妙な視点人物でした。

 

おわりに

嫌いと書いた登場人物の方が分析たくさん書いたりしてまして、悪役が輝くGoTらしい紹介記事となりました。笑 

人物についてレビューしたのとは別に、印象的だった名言についてもいつかまとめたいと思います。

 

ドラゴンストーン

ドラゴンストーン

 
ウィンターフェル

ウィンターフェル

 

 

映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』

不思議な展開で先の読めない邦画をご紹介します。

最後までネタバレしますのでご容赦ください。

 

 

あらすじ

派遣で教師の仕事をしていた皆川七海は、学校での仕事に身が入らず、電話ごしに家庭教師をしている生徒からも芳しい反応を得られないでいる。

七海はネットで出会いを探して知り合った鉄也と、あっさり結婚して教師の仕事を離れる。

ところが、平穏に見えた結婚生活はスタート早々に窮地に追い込まれ、濡れ衣を着せられた七海は、姑と夫に突き放されるようにして離婚となってしまう。

家も仕事もない七海は、結婚式でサクラの手配をしてくれた安室に頼んで家と仕事を探す。

彼の紹介で見つかった仕事は、巨大な無人の一軒家にメイドとして住み込み、誰も来ない家の掃除をするというものだった。

 

七海という女性

前半の七海は、観ていて苦しくなるほど受動的な女性です。

教師になりたくてなったものの、生徒から尊敬される存在にはなれず、見下されているのがわかっていても奮起したり転職したりはできない。

ネットで出会った男性とお付き合いして、特に問題もなかったので結婚し、両家顔合わせから披露宴までやってみるものの、自分でつかみとった幸せという実感はない。

オンラインショッピングみたいに呆気なさすぎるという感想をSNSに呟いたところ、夫にアカウントを見つけられ「こんなこと言う人が嫁なら離婚」と言われてしまいます。

あまり共感できないので想像ですが、「自分は何がしたいのか」と考えることを放棄し続けると、七海のような生き方に辿り着くんでしょうか。

その割に、披露宴までの過程を見ていると世間体とか普通の人としての手順は踏みたがる人に見えます。

自分が何をしたいかより、自分が人並みに見えるかどうかが気になってしまうようです。

両家顔合わせのために、生き別れ状態だった母(エキセントリック)をわざわざ呼んだり、呼べる親戚がほとんどいないことを指摘されるとサクラ参列者派遣サービスを頼んだりします。

母は七海の幸せを心から喜んでいるのかよくわからないので、お父さんだけ呼ぶことを相手の家に相談しなかったのかなと思うし、

親戚が招待できないことはまず鉄也とじっくり話し合うべきだと思うのですが、深いかかわりを避ける方を選んでいる。

鉄也も鉄也の母親も、正統的な手順を重んじる雰囲気が滲み出ているので、元々七海やその家族とは相性が良くなかったでしょう。

ただ、一生のパートナーになるつもりなら、向き合う努力をするべきだったし、その覚悟があれば相手方の反応も少しは違ったかもしれない。

あるいは、長期的な関係は続かないことを見越して結婚しない事こそがベストだったかもしれない。

だけど七海にはどちらもできなくて、流されてしまいます。

結婚式で両親に感謝を伝えるための寸劇みたいのがあるのですが、何だか無機的です。

幼児期の子、少年少女の子、いろいろな年齢の子どもが出てきて、その当時の自分が思い出を振り返って感謝を伝えるのですが、どれも上っ面な言葉に響いて、観ているのが苦しいです。

終盤を差し置いて、一番目のやり場に困ったシーンかも……

七海の態度がいろんな場面でピリッとしないので、もやもやと居た堪れなさに包まれたまま前半は終わります。

 

不思議な仕事と真白

別れさせ屋まで頼まれたうえで離婚させられ、絶望する七海ですが、とにかく生きていくために安室の協力を得て仕事を探します。

別れさせ屋を頼んだのが誰かは最後までわからないのですが、多分お姑さんと思われます。

その別れさせ屋は安室なのですが、七海にはそのことは告げずしれっと関わり続けます。

七海からサクラを受注し、七海と夫を別れさせ、七海に仕事をさせる安室、悪い。。。笑

怪しい安室が持ってくる仕事は、結婚式のサクラ、その次は無人の大屋敷のメイド。

やがて誰も居ない屋敷に、メイド仲間として、かつてサクラを一緒にやった真白がやってきます。

真白は独特な雰囲気を持った女性で、妙に七海と馬が合うのですが、実はがんで死期が迫っていました。

誰かに親切にされることについて、真白が言うセリフが本作の核心を突いていると思います。

でも、そんなに簡単に幸せが手に入ったら、わたし壊れるからさ

だから、せめてお金で買うほうが楽

お金ってさ、多分そのためにあるんだよきっと

人の真心とか優しさとかがさ、そんなにはっきりくっきり見えちゃったらさ、だってもうありがたくてありがたくて、みんな壊れちゃうよ

だからさ、それみんなお金に置き換えてさ、そんなの見なかったことにするんだよ

真白は誰かからの善意を正面から受け取ることが怖い。

だからすべてお金に置き換えて、「何かを提供したから」「対価を支払ったから」その人から報酬を得ることができる、その人との関係があるんだと解釈します。

そうすれば、たとえ人間関係が終わってしまっても、「もう対価を提供してないんだからしょうがない」「お金を払ってないから仕方ない」と思えます。

でも友情や愛でつながっていると信じていた人間関係が終わったとしたらどうでしょうか。

その人はもう自分と会いたいと思っていない、愛していないと言う事実を受け止めねばならなくなります。

お金でつながる関係なら、(理論上)仕事やお金があるかぎり離れていくことはありません。

真白は誰かと愛でつながろうとする、いわば心の無防備な一部分を他人に晒すことを拒み続けたわけですが、それは夫とすら本音で語り合えなかった七海と重なります。

終盤に出てくる七海の母は明らかにアルコール依存症で、真白は愛に飢えた子ども時代・少女時代を過ごしたんだろうと思われます。

その愛情飢餓を癒せないまま大人になり、辛い中で人間関係をうまく築く手段としてひたすらお金を媒介するという考えに辿り着いたのでしょう。

おそらくは、強すぎる見捨てられ不安を克服するためです。

ありのままの自分を好きになってくれる人がいると信じられない時、お金や成果や肩書を介して人間関係を作るしかないと思ってしまう、その気持ちが少しわかる方は意外と多いんじゃないでしょうか。

一方で、お金を介しての関係だと知らなかった七海は、真白と語り合うことで誰かと気持ちでつながる幸せを知ったように見えました。

序盤では決して見せなかった打ち解けた笑顔が、真白との共同生活で目立って増えていきます。

 

真白の母と安室

終盤、真白のお金を彼女の母親に持っていく安室と七海。

お墓用にそのうちのいくらかを受け取った安室と、残りを受け取った母親は、なぜか全裸になって泣くというシーンがあります。

観た時は全くもって意味が分からなかったので、この映画に関するレビューを駆ける気がしませんでした。笑

しかし、真白が全部の人間関係をお金に置き換えていたことを思い出すと筋が通ります。

二人はお金をもらったから、彼女のために泣いたし、生前の彼女の「対価を差し出す方法」であった裸になるという行動に出ました。

つまり二人は全く真白と愛でつながってはいない(代わりにお金でつながっている)のですが、七海はそうではありません。

七海もそうだけど、仕事仲間だった女性たちは真白に敬意を持って認めていました。

仕事を通じてつながる人は、一見お金でつながっていますが、そこから気持ちのつながりが生まれることもあります。

結果としてそれが七海を救います。

真白と過ごした日は、別れが悲しくても大切な思い出になったはずです。

電話指導の女の子もしかり。七海を認めていないかと思いきや、指導を止めないでと母親経由で伝えてきます。

最後に安室が、無料で中古の家具を分けてくれるところも何だか、お金から始まったけどお金を離れた関係を暗示しているように思います。

 

人とつながること

本作は、人との関係を、お金のつながりと、気持ちのつながりを対比させることで様々な角度から伝えている映画です。

前半で時間を割いて描かれている通り、気持ちで人とつながることは簡単な事ではありません。

それっぽい手順や手続きを踏んだだけではだめで、自分も相手も、向き合う覚悟や、心を開く準備がなければ関係を深められません。

辛い時に寄り添ってくれた人、他愛ない時間を楽しく過ごせる人に出会えたら、「簡単じゃないこと」を叶えられる機会を逃してはいけないんでしょう。

真白にもその勇気が持てていたら、違った結末を迎えていたのかなあと思わざるを得ません。

 

おわりに

観終わってから何か月も経って、ようやく意味が分かった映画でした。

映像の透明感とか寒々しさが美しくて、全部の場面が印象に残ります。

七海の状況が何回もどんでん返しになりますが、ぜひ一つ一つをじっくり味わって、真白や七海の気持ちを垣間見ながら観ていただきたいです。

 

 

 

映画『天気の子』

遅くなりましたがせっかく観たのでレビュー書いてみます。

君の名は。』とは一概に比較できない作品で、賛否も分かれているようですが、そのへんも詳しく触れたいと思います。

最後までネタバレしますのでご承知おきください。

 

あらすじ

伊豆諸島に住む高校1年生の帆高は、家出して東京にやってきた。

そして、身分証がないためアルバイトも見つからず、少ない所持金が底を尽きそうになるなか、怪しい男・須賀の営む編集プロダクションに転がり込んで職を得る。

ある日、オカルト雑誌に提供する怪しげな記事の執筆に奔走する中で、帆高は「100%の晴れ女」の都市伝説を目にする。

異常気象で長い雨が続く東京でも、彼女が現れれば局所的・一時的に晴れると言う。

それは、帆高が偶然出会った少女・陽菜のことだった。

小学生の弟・凪と二人暮らしで、金策に困っている陽菜のことを考え、帆高は「晴れ女サービス」を提供することを思いつく。

祈るだけで晴れを呼べる陽菜のおかげで、晴れ女ビジネスは好調なスタートを切るが……

 

前作との比較

構成力や伏線の緻密さ、ストーリーの密度、全体を通してのテンポの良さは『君の名は。』の方が上だと思います。

『天気の子』の前半は展開がゆっくりで、晴れ女の背景が明らかになるまでが長い。

(東京で孤独に奮闘する帆高の様子を丁寧に描きたかったんだと思うのですが)

前半と後半で違った趣向になる『君の名は。』と比べて、必然的に密度の濃さは低下してしまったかもしれません。

ただし、純粋なファンタジー活劇&青春映画だった『君の名は。』にはなかったメッセージを『天気の子』は持っています。

少年少女が互いを思い合う強い気持ちを描いているのは、どちらの作品も共通しているんですが。

『天気の子』のほうが一歩踏み込んだメッセージがあると思うので、後述したいと思います。

 

狂った世界

須賀の娘は、亡くなった妻の母(須賀から見たら義母)に育てられていますが、前半でこの義母が印象的なことを呟きます。

「今の子どもたちはかわいそう。むかしは春も夏も、素晴らしい季節だったのに」。

異常気象で長雨ばかりが続く世界、たまの晴れ間もわずかの間しか訪れない。

そういう世界しか知らないことはかわいそうだと、はっきり言っています。

後半では、陽菜が「狂った天気を正す人柱」だと気づいてしまった夏美に、須賀が「一人の犠牲でこの天気が元に戻るなら、誰だってそうする」と言います。

狂った世界の軌道修正を望む人たちを代表する意見です。

こんな狂った世界より、もとの秩序だった天気の世界が戻ってきてほしい。

帆高は彼らと全く対立する思いを持ちます。

どんなに世界が狂っていても、陽菜と一緒にいたい。

晴れを望む人が沢山いると晴れ女バイトで知っても、天気が人の心をどれだけ動かせるか知っても、陽菜と一緒にいられる世界を選びたい。

陽菜のいない正常な世界より、陽菜のいる狂った世界で生きていたい。

そういう気持ちを「世界なんて、狂ったままでいいんだ!」というセリフが象徴しています。

帆高の姿勢を見ていると、「今の子どもたちはかわいそう」という言葉も虚しく聞こえます。

狂った世界に生まれたこと自体は不幸じゃない。

たった一人、会いたい人、一緒にいたい人を見つけられたら、それはどんな世界の中であっても幸せなことだと思います。

終盤で須賀のいう「世界なんてもともと狂ってる」という言葉は、どんな狂った世界でも幸せは見つけられるということの裏返しにも聞こえます。

こういう、世界とかどうでもいいから私たち二人が一緒にいられればいいんだよ!系のメッセージが大好きなので、監督の前作よりポイント高かったです。

 

役割と迷惑

君の名は。』と本作との違いの一つに、大人の登場人物の比重が高いことが挙げられます。

前作の三葉や滝は、あんまり違和感なく大人のお世話になる生活をしてます。

親やおばあちゃんと一緒に住んで、学校に行っています。

しかし本作では、家出少年の帆高と、子どもだけで暮らす陽菜と凪がメインです。

あんまり解説で触れてる人がいないのですが、結構重要なポイントだと考えてます。

晴れ女になることで「役割を見つけた気がする」、そして子どもだけで暮らしていることを指摘した警察官に「私たち、誰にも迷惑かけてません」と陽菜が言います。

やるべきことをやって、自力で生きて、人に迷惑をかけてないんだから、だから放っておいて、と言いたいように聞こえます。

実際、陽菜も帆高も、三人で暮らすことにすごく拘ります。

それは好きな相手同士だけでいたいと言うだけじゃなく、大人との間に貸し借りを作りたくない姿勢に見えました。(須賀や、晴れ女バイトで知った人との関係は、お金を介しているので情緒的な貸し借りはない)

しかし最終的には、東京を水没させるという最大級の迷惑とも言える行動に出ます。

晴れ女じゃなくなった時、陽菜のチョーカーが壊れているのは、役割の終わりを示しているというのは多くの人が指摘しています。

役割から解放された陽菜は、同時に、世界に借りを作ってしまったのかもしれません。帆高も同様です。

二人は、その日を境に「大人の世話になる」生活に戻っていきます。

誰にも借りを作らない代わりに、自分たちだけの世界で暮らすことに文句を言わせない、ということが最早できなくなりました。

世界にも大人にも借りを作りながら、自分たちだけの閉じたコミュニティを捨てて、社会と関わり合うことにしたんだな、と後から気づきました。

でも、役割を離れたときこそ、「役目なんか果たさなくてもいいから此処にいて」と言ってくれる人に出会えるんじゃないでしょうか。

陽菜にとっては帆高がそういう人だった。

二人が世界と関わる道を選んでくれたのは良かった。

誰にも迷惑をかけず、誰にも借りを作らずに暮らすことなんて長期的には不可能です。

実際には、助けられたり借りを作ったりしながら、それをたまには返して、折り合いをつけていくしか世界や社会と向き合う方法はないし、それができてこそ大切な人との関係も末長く守っていけるんじゃないかと思います。

 

おわりに

本作を観た人が「ひいた」と言ってた意味が、観てみてよくわかりました笑

一人のために東京沈めちゃったわけです。

「世界なんて狂ったままでいい」とこんなに力強く言い切れるのは主人公が若ければこそでしょうね。

大人になったら、須賀や彼の義母のような考えになってしまうと思うので。

須賀の義母のセリフが後半で裏切られる流れは、反出生主義に対する強力な反論のように見えました。

あんまり関係ないですが、水に沈んだ世界の何がいけないの?という問いかけは『崖の上のポニョ』を思い出させたりもします。

書いてみると意外と長いレビューになりました。

また監督の新作が出たら、きっと観に行くだろうなー。

 

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映画『スウィングガールズ』

邦画を代表する青春コメディをご紹介します。

よく、同じ矢口監督の『ウォーターボーイズ』と対で紹介されていますが、まさに邦画青春コメディ分野の双璧と言っていい面白さでした。

 

あらすじ

東北地方の田舎の山河高校に通う友子は、夏休み中の補習授業に辟易していた。

たまたま、野球部と吹奏楽部の試合出発に弁当の配達が間に合わなかったことから、補習をさぼりたい一心で試合会場までの配達をかって出る。

ところが、届けた弁当により食中毒が発生。

応援の吹奏楽部が全滅したことから、ピンチヒッターとして友子たちが演奏を試みることになる。

ダルそうにしつつも、唯一無事だった吹奏楽部員に導かれ、だんだんと音楽の楽しさに気付き始めた友子たちだったが…

 

自然体だけど個性派

主人公の友子たちには飾ったところが一切ありません。

面倒くさがりで知恵も体力も普通で、だけど何か特別なことを求めている、ごく普通の高校生です。

補習にうんざりし、弁当配達を買って出るも道草や迷子で遅刻、やはり補習をさぼるために代理演奏をすることになるも文句たらたら、とめちゃくちゃわがままです。

しかし優等生でもなくお淑やかでもない自然体なところが、肩の力を抜いて楽しく観られる最大の理由と言えます。

一部の迷いもなく一つのことに青春の時間を捧げられたり、何を犠牲にしてでも試合やコンクールで勝ちたいとか、そんな人々が主人公だったら、この映画の魅力はほぼゼロになってしまうでしょう。

少なくとも私なら、あーはいはい自分と縁のないキラキラした人たちの話ね、と思って絶対に見ません。笑

部活にも入らず、かと言って勉強や他の何かが得意なわけでもない彼女たちが主人公だからこそ、多くの人が共感できると言えます。

部活を頑張っていた人たちももちろん昔を思い出せるし、正統派部活動じゃないからこそ、青春したかったけどしそびれてしまった人にも感情移入しやすいのではないでしょうか。

こんな不真面目な子たちがそれでも取り組もうとするからには、きっとよほどジャズが好きになったんだろうな…と妙な説得力も生まれています。笑

 

音楽をやるための奮闘

部活に所属せず、自腹で楽器を買い、遠征費を広告で稼ぎ、演奏場所を探し回り、あくまでフリーランスで演奏を頑張りたいという奮闘ぶりは、正統派青春展開ではないけど新鮮で面白い重要な部分の一つです。

楽器を買うためのアルバイト、演奏する場所を求めての放浪など、音楽以外のところで次々に障壁が現れるところ、高校生なりの解決策を探していく過程を思わず応援してしまいます。

ここですんなり上手くいってたら現実感が足りないし、この過程が何倍も映画を面白くしていると言っても過言ではありません。

映画の本筋とは関係ないけど、部活動で好きなことができるって状況は、あらゆる面でサポートが整った環境なんだなと実感した映画でもあります。

また、竹中直人さん演じる先生のイキり方も何だかリアルで笑ってしまいます…子どもの立場からしたらおいおいってなると思いますが。

大人になってから音楽始めると、余計についた知恵やらプライドやらで、若い頃に始めるよりかえってハードル高かったりしますね。お金はあるんだけど。

 

盤石のコメディ

ベテランの竹中直人さん演じる数学教師を始め、(甲子園よりハワイに行きたい)吹奏楽部の顧問の先生、気の弱い吹奏楽部男子部員・中村、まだまだ甘えのある女子高生の友子、良江、ど近眼だけど思いはまっすぐな香織、とにかく個性の強いメンバーが揃っています。

人間味あふれる掛け合いが繰り広げられるたびに、思わず笑ってしまいました。

人間味の塊だし特別な能力はないけど、とにかく自分の感情に素直な若者たちの行動は見てて清々しいです。

日本の未来は大丈夫か…と思う一方で、高校生の時の正直ベースの思いを代わりに言ってもらっている気持ちにもなります。笑

泥臭い努力とか、主体的に考えるとか、やったこと  ないけど、何か頑張って成し遂げるってことはしてみたい!という気持ちを思い出させられました。

突飛なコメディに見えつつも、実は丁寧な心理描写だからこそきっと思い切り共感してスカッと笑えるんですね。

 

ラストの演奏シーンは必見

そうした友子たちの奮闘を見守った仕上げに、ジャズファンじゃなくても一度は聞いたことのあるナンバーでまとめられた演奏シーンがやってきます。

ムーンライト・セレナーデに、シング・シング・シングで盛り上がり、最初は格好つけていた先生もだんだんとノリノリに。笑

音楽に詳しい人から見たら色々コメントはあると思いますが、ここまで頑張ってきた部員たちの集大成に目頭が熱くなりました。

ここだけを切り取った映像をみるだけで、なぜか泣きたくなっちゃうんですよね。。。涙腺緩い。

やりたいことを一生懸命やる大切さとか、夢中になって何かをした経験の尊さが去来します。

やっぱり青春映画っていいよね!

 

おわりに

たくさん笑えて、最後には胸がいっぱいになる青春映画の代名詞です。

今では大出世した出演者たちの、若さにそぐわぬ実力派な演技に支えられ、盤石のコメディそして青春映画となっています。

ちょうど夏休みから話が始まるところも今の季節にぴったりです。

夏や青春や音楽を感じたい方におすすめの映画です。

 

 

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