やっと見ました。
小津監督の偉大さをようやく理解。
日本映画界が誇る小津安二郎監督の代表作とされる『東京物語』。
評価が分かれる理由も含め、最後までネタバレでレビュー・解説します。
あらすじ
尾道で暮らす老夫婦・周吉ととみは、子どもたちを訪ねて久々に上京する。
しかし医者の長男・幸一も、美容院を営む長女・志げもそれぞれの仕事や家庭生活に忙しく、まともに構ってはくれない。
自分の知り合いを訪ねて泊めてくれと頼んだり、子どもたちの計らいで熱海へ旅行へ出されたりと、落ち着かない日々。
唯一、戦死した次男の嫁・紀子だけが彼らに優しい心遣いを見せる。
しかし、紀子に対して二人はある心配を抱いていたのだった。
小津監督の映像技術
静かで、芝居がかっていなくて、時に「眠くなる」とも言われる小津映画。
しかし、個人的にはあまり眠くなる印象は受けず、でした。
決して続きが気になる見せ方をしないのに、なぜか決して飽きない。
めちゃくちゃぶつ切りで見たのですが、スッと心に入ってくるし、毎回見入ってしまう。
何てことないせりふばかりなのに。
なんだか、シンプルだけど文章がうまくてスルスル読める小説を読んでいるよう。
派手さがないからこそ、体温と同じ温度で触れられる感じと言うか、違和感や異物感がなくて思考への馴染みが良いのかも。
「間」の取り方も、長すぎず短すぎずというか。
映像の密度を高めようとすると、無駄なく情報を盛り込んだセリフを、時間の空白なく並べて行くのがセオリーなのでしょうが、それよりも自然さを選んでいる気がします。
画面の作り方も有名な特徴があります。
せりふの話者を画面の中心に映すことで、観客自身が話しかけられているかのような感覚を抱きます。
小津監督作品特有の没入感は、ここにも理由がありそうです。
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老親の淋しさ
生活に追われる志げや長男のリアルさに比べると、紀子さんの優しさはもはや怪異です。
長男は医師という職業柄、患者さんの求めがあれば必ず応じる必要がある。
観光に連れて行ってくれるという約束は、呆気なくふいにされてしまいます。
孫にあたる二人の男の子がいますが、普段会っていないご老人と無邪気に遊んでくれるほど、子どもって優しくないんですよね……(苦笑)
むしろ忖度も損得もないからこそ、容赦がないんです。
長女の志げさんは悪人じゃないけど雑。
自営業だから代わりがいないし、簡単に仕事を抜ければ従業員に示しがつかないというのもあるのでしょう。
その状況は変えられなくても、もっと丁寧に接してくれれば、事情が事情だししょうがないという目で見られるのかもしれませんが。
とくに、終盤での態度は妹が怒るのも致し方ない。
子どもたちにとっては、老親二人は尾道に置いて来た過去なのでしょう。
今は、東京での目の前の生活に忙しいから、過去から出て来た両親にまで割ける時間がない。
いやあ、親の思うこと、子どもはやってくれませんな
という周吉のせりふにも、諦めが滲んでいます。
私自身は実家と没交渉なので、周吉ととみのような穏やかな親の元で、仲良く育った人でもこんなもんなのかな、という気持ちで見ていました。
だからこそ、次男の嫁である紀子さんの優しさが際立って見えます。
自身も働いているから観光に付き添うには休みを取らなければならないし、一人暮らしの家に人を泊めるのは手狭になって大変なはずなのに、それをおくびにも出しません。
とは言え、周吉ととみの親心は変わらないようで、東京から帰るときにも、「子どもより孫のほうが可愛いと言うけれど……」と言ったあとに
やっぱり、子どもの方が、ええのう
と呟いています。
紀子の気持ち
ただ紀子は、志げたちと全く別の人間なわけではなく、むしろ義理の兄姉の立場がわかるからこそ、義父母に優しかったんだと終盤でわかります。
日々のあれこれに追われている義兄・義姉には、老親のお世話まで手が回らないはず、だからこそ自分が時間を割こう、と思っていたのだろうな、と。
とみの死後、すぐに形見を欲しがる志げを見て、次女の京子は紀子に憤りを吐露します。名シーンとして有名なやり取りです。
京子:あたし、お母さんの気持ち考えたら、とても悲しゅうなったわ。他人同士でも、もっと温かいわ。親子って、そんなものじゃないと思う紀子:だけどね、京子さん。あたしも、あなたぐらいの時はそう思ってたのよ。でも子どもって、大きくなると段々、親から離れていくものじゃないかしら? お姉様くらいになると、もうお父様やお母様と別のお姉様だけの生活ってあるのよ。お姉様だって、決して悪気であんな事したんじゃないと思うの。誰だって皆んな、一番、自分の生活が大事になって来るのよ京子:そうかしら? でも私、そんな風になりたくない。それじゃ親子なんて、随分つまらない紀子:そうねえ。でも、皆んな、そうなっていくんじゃないかしら。段々、そうなるのよ京子:じゃあ、お姉さんも?紀子:ええ、なりたかないけど……やっぱり、そうなってくわよ
紀子もまた、忙しく生活を回していく苦労をわかっていながら、周吉たちと一緒にいてくれた。
それはなぜなのか、という謎は、紀子の本音とともに、最後の周吉との会話で明かされます。
紀子は、周吉らの次男だった夫を亡くして、既に何年も経っています。
亡くなった次男との日々を忘れていく自分が怖いけど、このまま何もなく、独りで生きていく人生も怖い。
ほぼ皆婚だった時代において、それは当然の本音ではないでしょうか。
自分だけがひとりで年老いていくのか、でも再婚していいものなのか、葛藤があったに違いありません。
だからこそ、旦那さんが遺してくれたつながりでもある、義父母との関わりで何かを得ようとして一生懸命に関わっていたのかもしれません。
東京で義母のとみから再婚を勧められたあと、一瞬見せた表情は、彼女自身も考えないようにしていたことへの葛藤が窺えます。
だからこそ、とみの死後、周吉からも再婚するよう背中を押された対話を終えた時には、ほっとした感情が滲み出てきます。
こちらも名ゼリフとして知られる
私、ずるいんです
という一言からは、割り切れない気持ちを抱えながら義父母に向き合っていた辛さが窺えました。
周吉にとっても、最後の対話は本音で話せた思い出として記憶に残ったでしょう。
紀子さんが亡き夫の「失くなりゆく痕跡を辿ろうとしてた人」で、周吉が「ただ家族であるだけでは繋がっていられないと理解した人」だからこそ、成立したシーンです。
夫婦と親子
他人同士である主人公夫婦と紀子は、他人だからこそ気遣いや、気持ちを伝えようという想いがあって、対話が成立しました。
では、夫婦である周吉ととみはと言うと、言葉数は少なくても通じ合う雰囲気があります。
とみを亡くした後の周吉の雰囲気の変化と言ったら……何の言葉もなくても、寂しさが伝わってきます。遠からず、とみのところへ行ってしまうだろう、と思わせるくらい。
喪失を慮る人に周吉が返すこんなせりふがあります。
気の利かん奴でしたが、こんなことなら生きとるうちにもう少し優しゅうしとけば良かったと思うとりますわ
……10代の自分が聞いたらドン引きしたでしょうが笑、今なら「いやいやあなたそんなこと露ほども思ってないじゃん……」と思います。
いや、露ほども思ってなくはない(そう思おうとしていた)んですかね……昔の日本語、愛情を裏返しにしすぎ問題。
よろめいた奥さんに手を貸さないとか、女性はうちわで自分に煽がないで男性に風送るとか、時代を感じる描写はもちろんあります。けど、夫婦愛はやっぱりある。
二人の間には、どちらかが上で下と感じさせたり、どちらかが一方的に意思を通す場面がないから、そう感じるのでしょう。
長く家族の運営(家計のやりくりや、子育てや、付き合いなど)を一緒に回して来た経験によって、無意識に二人でことを進めていく体制ができあがってきた。
その中で、互いを思い遣る気持ち、言葉で語り合う営みを絶やさなかったのでしょう。
自分自身が家族を持つことが怖かったとき、「家族になったら本音で話せなくなるんじゃないか」と言う気持ちがどこかにありました。
しかし本作を観ると、夫婦は仲さえ良ければ本音で話せるなと感じます。難しいのは親子ですね。
子が家族を持つと、自分自身で家を切り盛りする忙しさから、簡単に対話が途絶えてしまう寂しさが感じられます。
評価が分かれる理由
小津監督の不朽の名作との呼び声も高い一方、「何がどう名作なの?」「何も起こらないじゃん」「合わなかった」というレビューも散見される本作。
観てみた実感としては「そらしょうがない」でした。
綴られるのは特に尖った特徴はない家族の風景で、どんでん返しのような仕掛けはもちろん、派手な展開も、ドラマチックな演出もない。
「どんな面白いストーリーなんだろう?」と思って観始めれば、静かで淡々とした展開に肩透かしをくらうのは明白。
一方で、この映画が刺さった人のコメントでは、「上京してきた家族につれなくしてしまった」など自身の体験と重なったと語られていました。
地元で生きてきた親が東京ではダサく見えてしまい、何だか優しくできなかった、(映画のように)仕事が忙しくてちゃんと一緒に過ごせなかった、など、人生経験があればあるほど共感ポイントが増える可能性は高いです。
なので若いまたは家族と離れて暮らしたことがなければ、ぴんと来にくい作品とも言えるかも。
「家族っていいよね」という通り一遍なメッセージではなく、どこかにありそうな、切ない家族の風景を淡々と映し取る。
家族なのに心が離れること、言わば他人同士のほうが優しくなれた場面、そういった人間模様を様々な角度で見せ、観ている人の共感や反発や郷愁を呼び起こす。
普段映画を観ない人がいきなりこの作品を観たら、そうしたタイプの映画だとわからず混乱するのもむべなるかな、と思います。
私自身は、小津監督作品は「ストーリーや構成で引っ張る」「続きが気になる作品」ではなく、「作品内の時間に没入させる」「静かなせりふや展開に想いを込める」というイメージがあったため、特に問題なく作品の良さに浸れました。
小津監督に強烈な影響を受けたという、ヴェンダース監督作品を何本か観ていたことも大きかったです。
おわりに
磨き抜かれたセリフや映像の技術で、切なく儚い、でもどこかにいそうな家族の像を描き出していく。
小津監督の卓越した手腕が惜しみなく発揮された作品です。
家族の中にも距離がある、失われていくものもある。でもその中で、昔の思い出がさらに輝き、予想外の小さなきらめきもある。
静かな余韻を残してくれる作品です。
家族について考えたいとき、秋の夜長に映画の世界に浸りたいときに、おすすめの映画です。
本作で紀子さんを演じた原節子さんの出演する小津作品『麦秋』
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