本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『モスクワは涙を信じない』

人生初ロシア映画のレビューです。

ソビエト連邦時代の1980年に製作され、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した作品です。

タイトルはロシアのことわざだそうですが、冷たそうな響きと裏腹に、とても温かい映画でした!

ネタバレでお送りします。

 

 

あらすじ

1950年代のモスクワで、工場で働きながら学位を取得しようと勉強を続ける女性エカテリーナ(カーチャ)。

同じ下宿に住む同世代の女友達と、豊かで充実した未来を夢見ていた。

しかし、上流階級のふりをして仲を深めたテレビマンのルドルフと関係を持った結果、妊娠してしまう。

工場労働者だと知られた途端、ルドルフに見捨てられ、カーチャはひとりで子どもを育てることになる。

学業、仕事、子育てを必死で両立するうちに20年の時が経ち、カーチャはかつて思いもしなかった人生を辿っていく。

 

ある女性の人生

ストーリーは、カーチャが20代を過ごす1950年代の第一部と、40代を過ごす1970年代の第二部に分かれています。

前半は静かで淡々としてて正直ちょっと退屈にも感じてしまうのですが、第二部でゴーシャが登場してからの輝き方が素晴らしい。

若い頃の、幸せを求めつつも五里霧中な感覚が、振り返ってみれば、捉え所のない前半に投影されているのかもしれません。

カーチャたちは皆、若者らしく未来に希望を抱く明るさに満ち溢れています。

「恋するなら王子様 賭けるなら大きく」というセリフが象徴的です。

一方で、いいとこのお嬢さんのふりをしてみたり、求められたら応じてしまったり、迷走する感じも若者ならでは。

しかし、自分もまだ道半ばだから偉そうなこと言えないのですが、始まりの二十年ちょっとじゃ人生がどうなるかはわからない。

何でこんなに辛いんじゃーと思っても、もがいてるうちに得るものがあるかもしれないし、平気だよねと思ってても躓くことがあるかもしれない(実際、スタンダードな結婚をした友人のひとりが破局を迎えていたり、人生は序盤じゃ何も読めないなあと思う展開が多いです)。

その前半あってこその、後半の輝きだと感じます。

上映時間が三時間以上の対策なのですが、語っている年月が長いゆえに、必要な長さだと思いました。

 

迷いを断ってくれるもの

40代に突入したカーチャは、美しい少女に成長した娘アレクサンドラと二人暮らし。

工場長に就任して、キャリアも順調です。

余談ですが、東ドイツや中国でも、女性管理職は当たり前にいたみたいなので、東側社会のほうが仕事と子育ての両立や男女の機会平等は進んでいたようですね。

しかし恋愛では迷走が続いているようで、既婚者の男性と不倫関係にあります。

彼の家で二人で過ごしていると、本妻が帰宅してしまい、あられもない姿で隠れるよう言われ、さすがに現状に疑問を覚えた様子。

しかし彼女に一目ぼれし、一途に追い続ける男性ゴーシャに出会った途端、すべてが輝きだし、ストーリーの牽引力が高まります。

迷走時期が長かったことについても、カーチャはこの人に巡り会うために待ってたんだ!と思えました。

愛は全部を贖う強さを持っていると実感させる人物です。

カーチャもゴーシャの思いを受け入れ、やがてアレクサンドラもまじえた、平穏だけど満ち足りた人間関係が作られていきます。

ゴーシャは結構古典的な考えの持ち主で、男は家族を守るべく強くなければならない、男は女より稼いでいなければならない、という考えの持ち主。

だからこその責任感の強さで、カーチャのみならずアレクサンドラも支えようとします。

娘時代に下宿で一緒だった女友達も、人生の紆余曲折をそれぞれに辿っていますが、友情は続いていて、カーチャたちを応援してくれます。

 

雨降って地固まるとき

しかし、やっと訪れた幸せが不意に揺さぶられます。

工場長のカーチャを取材にやってきたルドルフが、アレクサンドラに会いたいと言い出したためです。

乗り気でないカーチャを無視して、ゴーシャとアレクサンドラと三人の団欒に押しかけてきたルドルフ。

そして、再会のきっかけをルドルフから聞いたゴーシャは、カーチャが高給取りであることも知ってしまいます。

女性より稼いでいなければならない、という自らの理想が崩れてしまい、混乱したゴーシャはカーチャの前から去ってしまいます。

「一体どうなってしまうんだ……?」と思うのですが、ここで昔からの女友達が集結して一緒に知恵を絞ってくれるんですね。

「彼を探し出さなきゃ」とカーチャを励ます友人が、「モスクワは涙を信じないわ」と口にします。

泣いていてもどうにもならないから行動するべき、という意味のことわざなんですね。

パッと聞いただけだと「モスクワってやっぱ厳しいんだ……おそロシア……」と思ってしまいますが、こんな温かい文脈で出てくるとは。笑

最後は友人の一人、アントニーナの恋人がゴーシャを探し出し、説得に当たってくれます。

酔っぱらってわけわかんなくなりつつも思いをぶつけあっている男たち、何かもうコミカルなんですが温かい。笑

何やかんや八日ぶりに戻ってきてくれたゴーシャに、カーチャが万感の思いで「待ったのよ」と呟く場面は静かな余韻を残します。

直近の失踪のことだと思ったゴーシャに「八日か」と訊かれ、「もっと長いあいだ」と答えるカーチャの笑顔は本当に幸せそう。

本作を観るまで、ロシア映画の感性ってたぶん西欧と違うだろうな、という先入観を持っていました。

でもそんなことは全くなくて、普段見ているヨーロッパ映画とメッセージの内容は近く、とても温かい映画でした。

本当の愛は一生をかけてでも探し出す価値がある、みたいな主張はすごく馴染みがあるし、「でも探さなきゃ手に入らないから行動しろ!」というのもタイトルが語っています。

 

映像作品として

ソビエト時代のロシアには、何となく薄暗いイメージがありましたが、ふたを開けてみたら画面の隅々までお洒落でした。

カーチャの衣装が徹頭徹尾美しかったし、内装や街並みも、旧東側の色彩センスの最上を切り取りましたという印象。

むしろ、西側にはない色彩感覚が独特で、画面を眺めるのが楽しかったです。

衣装から小道具まで、おしゃれなものを見つけるのに休む間がない。笑

そして、カーチャたちが休日を楽しみに出かけるダーチャや、ゴーシャに連れられて行った自然の風景なども印象的でした。

雪深い風景ばかり思い浮かべてしまいますが、現地に住む人だからこそ知っている美しいショットを切り取って詰め込んだ作品でした。

 

おわりに

カーチャの人生には若かりし頃から本当に色々なことがありました。

でも40代になってみれば、娘は聡明な少女に成長し、がむしゃらに頑張ってきた仕事で報われ、ゴーシャに出会うことができ、それを見守ってくれる女友達との絆が続いている。

物語のメインのラインは、ゴーシャに出会うまでの恋愛の紆余曲折かもしれませんが、同じくらい女友達とのつながりも印象に残っています。

二十代、三十代で人生のステージが移ろっていくにつれ、親しかった友達といつの間にか疎遠になるのはよくあること。

でも、各人が平坦ではない道のりを経験しながらも、カーチャのピンチには集合して一緒に知恵を絞っている場面に、ひっそり感動してしまいました。

モスクワだろうとどこであろうと、こんな人間関係が築ける人は幸せだな、と素直に思います。

知らない世界を共感で結びつけてくれる、映画の醍醐味を久々に味わいました。

ロシア映画ってどんなん?と新鮮な気持ちでご覧いただきたい作品です。

 

 

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