本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『ドリームプラン』

伝説的テニスプレーヤーのウィリアムズ姉妹を育てた、彼女たちの父親を主人公にした映画をご紹介します。

本作でウィル・スミスがアカデミー賞主演男優賞を受賞したことと、授賞式でのビンタ事件が有名ですが、作品自体の魅力もぜひ知られてほしいです。

ネタバレでお送りします。

 

 

あらすじ

黒人世帯ばかりの町コンプトンで、妻とともに5人の娘を育てるリチャード・ウィリアムズ。

最も年下のヴィーナスとセリーナを伝説的テニスプレーヤーにするため、彼は馬車馬のように働きながら、毎日2人の練習に付き合っていた。

ある日、マッケンローやサンプラスのコーチがヴィーナスの指導についたことから、家族の運命は大きく動き始める。

試合に出ないヴィーナスを、最高のコーチのもと、無料でプロに育て上げさせるというドリームプランは、順風満帆かに見えた。

しかし、ヒンギスら有望な同世代の選手を見ているうちに、ヴィーナスは焦りを抱き始める。

 

リチャードの計画の背景

娘たちを伝説的テニスプレーヤーに育て上げるため、生まれる前から70ページ以上の計画書を書いた、というリチャード。

普通に聞いたら「えっ」と引く人も多そうなエピソード。

しかしここには、アメリカならではの事情があることをお伝えしておきたいです。

彼らが住むコンプトンの風景を見ればわかりますが、黒人が多い地域の治安や経済状況はあまりよくありません。

少年少女は高確率でマリファナや犯罪に手を出し、安定した仕事につけるチャンスは少ない。

そうした環境要因に巻き込まれないよう、リチャードと妻は心を砕いているわけです。

上の娘3人も、成績はクラスで一番、というのもその方針の一環。

環境に負けず頑張ればいい、という言葉では片付けられないアメリカ社会の現状を見ると、「ゆるぎない技術や学歴をつける」のは正解と言わざるをえません。

しかし、そうして立身出世したはずのセリーナ・ウィリアムズですら、出産後に危険な症状を訴えても、なかなかCTを撮ってもらえなかったそうです(黒人の妊産婦は、白人の妊産婦の数倍、死亡率が高いとされています)。

厳然と立ちはだかる人種の壁に、懸命に抗おうとした、というのがドリームプランの背景と言えます。

 

ヴィーナスという先駆者

娘たちの指導を最初にかって出てくれたコーチは、無料での指導は一人しかできないと言います。

そのためリチャードは、姉のヴィーナスの指導を依頼。

現在も第一線で活躍し続けているセリーナは、雌伏の時を過ごすこととなります。

セリーナの偉人ぶりを知っている私たちからすると、ちょっと意外な事実でした。

でも確かに、デビューやグランドスラムでの活躍は、ヴィーナスが先でした。

ということは、黒人のプロテニスプレーヤーという新境地を切り拓いたのも、彼女だったと言えます。

それまでは、世界で活躍するテニスプレーヤーはほぼみんな白人という状況で、ヴィーナスが初参加したジュニア大会での対戦相手も、全員白人。

ウィリアムズ一家が会場に入るだけで、アウェー感がバリバリに漂っていました。

それはさておき、コーチがついた後は、ヴィーナスとリチャードの関係性をメインにドラマが展開していきます。

リチャードはヴィーナスを試合に出さず、学校や音楽のレッスンもおろそかにしないよう、徹底的に生活を管理します。

しかし、彼女を積極的に試合に出し、知名度も高めていきたいコーチとはたびたび衝突することになってしまいます。

 

リチャードの葛藤

ヴィーナスを世界的プレーヤーに育てたい。

でも、テニスだけをしていては、スポンサーやマスコミに使い捨てられ、人生が破綻することにもなりかねない。

だからこそ彼は、彼女を試合に出さず、学業を優先させることにしていました。

しかし、ヴィーナスの才能や実力を知るコーチは彼女をプロデビューさせることを勧めます。

何よりヴィーナス自身が、同世代のヒンギスらがデビューしていくことに、焦りを覚えていました。

二人目のコーチのリックからそのことを告げられ、リチャードは自身の抱える葛藤を吐露します。

かつて、とても些細なことから白人の大人に暴力を振るわれたこと。

それを見ていた彼の父親は、目を背けて立ち去り、彼を護ってくれなかったこと。

だからこそ、娘たちを絶対に護れる親になろうと誓ったこと。

ヴィーナスが彼の護れない場所に行ってしまわないよう、大会出場やスポンサー契約から遠ざけようとしたこと。

本音でヴィーナスと語り合ったうえで、彼女の試合出場を認めたリチャード。

ヴィーナスのプロデビューを見届けることになりますが、その顔はどこか解放された表情にも見えました。

映画冒頭から、「自分の子どもをここまで信じてサポートできるって凄いけど、ここまで来ると過干渉なのでは」という違和感がありました。

妻であるオラシーンや、コーチたちの助言も聞き入れない、ワンマン体制なのでなおさらです。

でもこの場面で、ヴィーナス自身と語り合ったことにより、リチャードが子離れしたことが描かれていて、観ている人をホッとさせます。

 

ウィリアムズ家というチーム

リチャードのワンマン体制で突き進んでいたチームですが、ヴィーナスのデビューをめぐっては大人たちの関係も変化していきます。

敬虔なキリスト教徒として、夫をひたすら立ててきたオラシーンが、「家族はチームなのに、なぜあなたがすべてを決めてしまうのか」と言い募る場面があります。

自身の過干渉に気付いたリチャードは、リックの説得もあり考え方を見直していくことに。

粛々とリチャードを支えるオラシーンがいたからこそ、リチャードは信じた道を突き進むことができた。

そして、プロフェッショナルかつ客観的なリックがいたからこそ、軌道修正ができた。

誰一人欠けても、ヴィーナスの成功には辿りつけなかったと思わされます。

 

メインキャストの演技力

残念ながら授賞式で物議を醸してしまったウィル・スミスですが、本作の演技のクオリティについて異議のある人はいないと思います。

ルイジアナ訛りから歩き方まで、ウィリアムズ家のお父ちゃんを完コピしたであろう振る舞いが見て取れます。

いい意味で、ウィル・スミスがウィル・スミスに見えない映画でした。

それに加えて、ヴィーナス役のサナイヤ・シドニーの存在感も特筆すべきものです。

ひたむきで可愛らしい演技が、観ている人を応援したい気持ちにさせます。

彼女がコーチのリックに、とてもめんどくさい性格のリチャードを説得してくれるよう頼む場面にも説得力があります。笑

大いに躊躇っていたリックが「おいおいそんな目で見つめられたら断れるわけ……わーかったよ俺がやるよ!」となる流れが最高でした。

 

姉妹を見て思うこと

ヴィーナスとセリーナを演じた二人は、演技もさることながら、テニスも上手。

そんな二人のキャスティングが叶ったことこそ、ウィリアムズ姉妹の功績を示しているのではないかと思います。

白人のスポーツだったテニスですが、ウィリアムズ姉妹を見て黒人の女の子たちが多数プレーするようになったのだろうと思うからです。

プレーヤー人口の層が厚くなり、その中に演技もできる人がいる、二人がそれほどまでに新しいグループにテニスを広げたんだなと。

何となく想像がついてしまう展開ではありますが、ラストシーンでは見事に泣かされてしまいました。

 

おわりに

欲を言えばセリーナの成長もみたかったけれど、観ると元気を貰える映画として文句なしのクオリティでした。

どんどん才能を伸ばしていくヴィーナスだけでなく、暴走気味だったリチャードも成長する展開が良いですね。

親離れというのは子離れでもあるんだな、と実感させられます。

そんな親子の成長が、テニス界で誰もできなかった偉業を成し遂げさせることになったとは。

エンドロール前に明かされる、姉妹の功績や現在にもジンとします。

勇気ややる気を貰いたいときに、おすすめの映画です。