本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『マイ・ファーザー 死の天使』

ナチス強制収容所で、非人道的な人体実験を繰り返した医師ヨーゼフ・メンゲレの息子が語り手の映画のレビューです。

父親の犯した罪について、戦後の時代を生きる彼が煩悶する模様が描かれています。

 

 

あらすじ

ナチスの戦犯ヨーゼフ・メンゲレを父に持つ主人公ヘルマンは、殺人鬼の息子と罵られる不遇な少年時代を過ごした。

父は死んだと聞かされていたものの、15歳の誕生日に伯母から、メンゲレが生きていることを明かされる。

父は協力者たちの助けを得て、極秘に南米に逃げ延びていたという。

成人したヘルマンは、父を匿う人々の助けを得て、ブラジルで隠遁生活を送るメンゲレを訪ねることを決める。

彼が父親に会って何年か経った頃、メンゲレが死亡していたことが報じられ、彼は再びブラジルの地を訪れることになる。

 

ヨーゼフ・メンゲレとは

第二次世界大戦下、ドイツ第三帝国は、ユダヤ人の迫害を推し進めました。

ドイツと、ドイツに占領されたポーランドオーストリアハンガリー、フランス等に居住するユダヤ人は、強制収容所やゲットーへ強制的に連行されました。

強制収容所では、ある者は強制労働に従事させられ、ある者はガス室へ送られて殺され、ある者は人体実験の標的になりました。

貨物列車ですし詰めにされて運ばれ、収容所のプラットフォームに降り立った収容者たちが、どこに向かうかの運命を分けたのは、医師ヨーゼフ・メンゲレでした。

メンゲレは収容者たちを並ばせ、病弱な女子供や老人をガス室へ、労働に耐えられそうな者は居住棟へ送るよう選別しました。

選別作業の時に真っ白な制服を纏っていたため、『死の天使』と呼ばれていたと言います。

人体実験の被験者の選出も行われており、とりわけ双子に異常な興味を持っていたメンゲレは、双子の子どもを見つけると実験対象とするため別の場所へ連れて行きました。

メンゲレの非人道的な人体実験は、眼球に薬剤を注入して色を変えさせる、水分を与えない人間が何日生きられるか観察するなど、挙げれば切りがありません。

双子を対象とした実験では、双子の背中を縫合して人工的に結合双生児を作り上げたというものがあります。

あまりに凄惨な姿に、この双子は実の親によって命を絶たれたと言われています。

 

見知らぬ父とヘルマン

ヘルマンは、ナチスの罪を反省する戦後ドイツで生まれ育ったため、学校の同級生や先生からも白い目で見られる幼少期を過ごしました。

自分の父が人道に対する罪を犯した、残酷な犯罪者だという事実は、当然ながら彼の心に暗い影を落とします。

彼自身は、人種や民族の違いを理由に人を殺したりすることは赦されないし、何人たりとも命を弄ぶような実験台にされてはならないと知っているからです。

彼は自分の中の鬱屈した感情に向き合うためにも、父を極秘で尋ねることにしました。

名前を変え、過去を隠して生きる父は、息子ヘルマンを温かく迎えます。

近所の子どもたちにも慕われており、残虐な犯罪者と言う一面はなかなかはっきりと見えてきません。

戸惑うヘルマンですが、ある日二人だけで森に出かけたとき、メンゲレは優生学にまつわる信念を語りだします。

優れた遺伝子のみが生き残り、そうでないものは淘汰される。

ユダヤ人が絶滅するのはその一環であり、何ら問題ない。

残酷な思想の片りんを目の当たりにしたヘルマンは、メンゲレを告発するため現地ブラジルの警察署へ駆け込もうとします。

 

メンゲレとヘルマンの運命

戦後ドイツでナチスの戦犯の捜索が行われたにも関わらず、メンゲレは30年以上も潜伏生活をつづけました。

そして、一度も逮捕・裁判されることなく海水浴で溺死しています。

ドイツ映画『顔のないヒトラーたち』でも、メンゲレを追いつつ逮捕できなかった検事の様子が描かれていました。

kleinenina.hatenablog.com

史実の通り映画の中でも、ヘルマンは父を告発することができませんでした。

しかし、メンゲレの遺骨が発見されたと報じられ、再びブラジルの地を訪れたとき、彼は初めて父との再会を他人に語ることになります。

この映画では、メンゲレの犯罪の内容や、その背景に焦点を当てるのではなく、メンゲレと言う大犯罪者を父に持ったヘルマンの葛藤や苦悩を描いています。

おそらくはヘルマンも、普通の家庭に育ち、父親を尊敬したかったはずです。

ところが、言葉の端々に出る父の思想(ヘルマンの婚約者の出身地や血統を尋ねて評価する)や、過去への開き直った態度から、それが絶望的に叶わないことを思い知らされます。

普通の子どもとして育つことができなかったヘルマンは、あまり自分に自信がなさそうで、決して饒舌ではありません。

そのため、映画の中で台詞として語られなかった心情も多々あるのは間違いなさそうです。

本作は小説を原作としていることから、いつかそちらも読んでさらにヘルマンの考えた内容を窺い知ることができればと思います。

 

おわりに

Amazonの本作のページに、要点を鋭くまとめた素晴らしいレビューがあったので、正直私が今さら記事を書くまでもないかとは思います。

しかし、この映画があまり知られていないのを始め、日本語でヨーゼフ・メンゲレについて知ることのできる情報は限られています。

一人の人間がこれだけ残酷な行動を実行できたという事実を色々な人に知ってほしい、

圧倒的に倫理を無視した存在に対峙した時、どう立ち向かうべきなのかを考えるきっかけを、少しでも多くの人に持っていただければと思いレビューを書きました。

ナチス戦争犯罪人の中でも特に衝撃的なメンゲレ医師について、興味を持った方にはぜひ観ていただきたい映画です。

 

 

 

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父よ!

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