本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『ヒトラーの贋札』

ナチスが企んだある作戦を下敷きにした物語をご紹介します。

イギリス経済の混乱を狙ってポンド紙幣の贋作を製作した「ベルンハルト作戦」では、強制収容所内のユダヤ人が動員されていました。

本作は高い評価を受け、アカデミー賞外国語映画賞を受賞しています。

ところどころネタバレします。

 

 

あらすじ

 贋作づくりを生業とするユダヤ人のソロヴィッチは、ある日ゲシュタポに捕らえられザクセンハウゼン強制収容所に送られる。

最初は強制労働に従事していた彼だったが、絵を描く能力に目をつけられ、やがて画家としての仕事を請けるようになる。

そしてある日、彼以外にも何人かのユダヤ人が集められ、ポンド紙幣の贋札造りを言い渡される。

イギリス経済を混乱させることを企図して画策されたベルンハルト作戦の始まりだった。

生死の境をさまよう強制労働から逃れた彼らだったが、ユダヤ人を滅ぼそうとする敵に手を貸すことに、ブルガーを始めとする面々は苦悩することになる。

 

 

生きることと正義感の狭間

印刷や絵描きに関する技術を持ったユダヤ人たちは、過酷な住環境や肉体労働を逃れます。

しかし、それは敵であるドイツ人たちに与えられたもので、彼らに都合の悪い存在になってしまったり、彼らに協力しなければ失われる危うい立場です。

家族が収容所に囚われているブルガーは、他の収容者を助けようとしたり、贋札の完成を遅らせようとしたり、ナチスに対する抵抗を試みます。

ソロヴィッチはブルガーの気持ちはわかりつつもブルガーを窘めたり、作戦メンバーの命が危うくならないよう心を砕きます。

成果を出せなければ、あるいは監視する軍人たちの前で落ち度を見せたら、すぐに殺されてしまうかもしれないのです。

まずは作戦メンバーである彼ら自身が生き延びることが、ソロヴィッチたちにとっては重要なことですが、

家族や他のユダヤ人を脅かすドイツに協力していて良いのか、という葛藤も避けて通れません。

敵への協力と引換えに担保される危うい安全、命が脅かされる緊張感、自分の中の正義との葛藤が絡み合う、重さ密度ともに濃い物語となっています。

 

人間が人間たりえること

「生きるための行動」の意味を考えさせられる中で、人間として扱われすらしない収容者の姿も随所に描かれます。

収容所は連合軍の進軍に伴い、彼らの手で解放されていきます。

ドイツ人たちがいなくなった後の収容所では、拘束者のいなくなったユダヤ人たちが歩き回っていましたが、その姿は心を失った亡霊のように描かれていました。

しかし、あるぼろぼろの縞模様の囚人服を着た初老の男性が涙を流すシーンがあります。

泣いた理由は肉体的苦しみや、単なる悲しみではありません。

彼は蓄音機から流れてくるクラシック音楽を聴き「美しい音楽だ」と呟き、目を見開いて涙を流していました。

衰えやつれた外見と、感動した表情の対比が強烈で、観る側も涙を禁じ得ない場面です。

感受性を持った個人から人間性を奪い、こんな状態にしてしまった人間の罪深さ、

人間は人間の心も体も徹底的に踏みにじることができるという恐ろしさを、

目の前に突きつけられたように感じました。

 

おわりに

この物語は、実在の人物であるアドルフ・ブルガーの著書『ヒトラーの贋札  悪魔の工房』や、彼の証言をもとに、フィクションを交えながら構成されています。

作戦メンバーが、ポンド紙幣の次に製作を命じられたドル紙幣の完成を遅らせたことにより、ベルンハルト作戦の影響は限定的で済んだと紹介されていました。

贋札製作の行方、ひいては作戦メンバーの命はどうなるのか、という緊張と、メンバーの葛藤が絡み合う密度の濃い映画でした。

同時に、収容所で人間性を奪われた人たちが少しでも回復できていてほしいと思わざるを得ない作品です。

 

  

 

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