本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『サンセット大通り』

歳を取るのが怖くなる要素を詰め込んだ、フィルム・ノワールの秀作をご紹介します。

脚本の神様ビリー・ワイルダーによる作品です。

ネタバレがありますので、ご注意ください。

 

 

あらすじ

ハリウッドはサンセット大通りの豪邸のプールに、駆け出しの脚本家の死体が浮かぶ。

彼の目線で語られる死の顛末は、邸宅の主であるかつての大女優、ノーマ・デズモンドに出会った日から始まった。

脚本の仕事に行き詰まり、車を差し押さえられそうになっていたジョーは、カーチェイスの末にノーマの豪邸に辿り着く。

ノーマは無声映画時代に人気女優となったものの、有声映画の時代になってからは仕事がなく、ひたすら過去の栄華を噛みしめる日々を送っていたのだ。

車を隠しておいてもらう代わり、彼女が銀幕へカムバックするための『サロメ』の脚本の手直しを依頼されたジョー。

ギャラの良さに目がくらんだジョーは、常識で考えれば映画会社が採用するはずのない脚本に参加することを決めてしまうが……

 

ノーマという狂気 

ノーマは若かりし頃に出演した無声映画を毎日飽きもせず観ており、ジョーにもしばしば披露します。

家具の上には昔の写真が溢れ、往年の名優たちを家に呼んでゲームやパーティーを催します。

豪邸できらびやかなドレスを身にまとい、酒や会話を楽しむ姿は優雅です。

とても、今は仕事のない落ちぶれた女優には見えません。

しかし、言動や振舞いの端々に、「昔すごかった自分」の確認作業や、「今もすごいはずの自分」を認めない映画業界への怨嗟が混じります。

無声映画の時代、表情だけで演技をする技術や、スクリーン上での存在感を発揮していたのは確かでしょう。

しかし、有声映画に必要な声の演技力を身につけたり、年齢に合った演技経験を積むことには関心がなかったのでしょう。

今でも、きっかけさえあればありのままの自分が受け入れられるはずだと確信しています。

実際には年齢的に主演は難しく、映画会社が彼女を採用する理由はありません。

若くして大スターになった分、歳を取ってからの落差は本当に激しかったのは可哀そうですが、年齢が上がることを見据えた戦略を考えていれば、少しは違った結果になっていたかもしれません。

冒頭、豪邸の様子を描写するのにディケンズの『大いなる遺産』という小説が言及されます。

小説に登場する老婦人、ミス・ハヴィシャムとノーマを否が応でも重ねてしまいます。

 

後悔すらできないこと

ノーマを見ていると、現実を認められないまま歳を取った人間の恐ろしさ、惨めさを思い知らされます。

いっぽうで、皆が皆、若い頃にすべき努力を間違いなくしたうえで歳を取れるわけじゃないことも頭をよぎります。

もっと勉強しとけばよかった、もっと真面目に働けばよかった、結婚して家族を持てばよかった、家族を大切にすればよかったetc。

人生の大きな方針を、違った方向に持っておけばよかったと、あとから気づくこともあるはずです。

人生は一度しか生きられないから、当然ながらやり直しがきかないわけで。

そんななか、一つも後悔のない人生を送れる人なんてどのくらいいるのか。

ノーマの態度は、自分の栄華をひたすら噛みしめることによって、後悔することからも目を背けているわけで。

となると、軌道修正を図ることも最早不可能で、現実に目を瞑りながら、ひたすら過去の栄光や、ジョーへの思いに耽溺することしかできません。

一歩そこから踏み出せば、何より認めたくない現実が待ち構えているからです。

彼女を見ていると、いずれやってくる中年の危機がめちゃくちゃ恐ろしくなりました。。。

閉じられた業界や会社で、井の中の蛙になって老いた人を見たことがあれば、誰もが既視感と戦慄を覚えるはずの脚本です。

 

ジョーという人物

語り手のジョーは、何本か脚本を書いた実績はあるものの、現在は鳴かず飛ばず

仕事がなく、経済的に行き詰まったときに、ノーマの『サロメ』の仕事を提示され、引き受けてしまいます。

彼女の豪邸に住むことを強制され、監視されながらの生活。

ギャラが良いからと引き受けてしまったものの、だんだんと息苦しさを覚えます。

また、仲間の婚約者・ベティと知り合ったことが彼に、忘れかけていた感覚を取り戻させます。

汗水を流して創作に打ち込む楽しさです。

ベティは女優になる夢を諦めた過去があるものの、前向きに脚本の仕事に取り組む、生き生きとしたプロフェッショナルの女性。

彼女の存在は、映画に出演できないことに悪態をつき、過去に閉じこもっているノーマや、困窮を理由にスキルにつながらない仕事に飛びついたジョー自身について、見つめ直すきっかけとなります。

また、彼とノーマの生活の面倒を見る執事が、断片的に語る事実もジョーの目を覚まさせます。

ノーマが浸る世界は、執事であり元夫であり元映画監督でもある彼が支えていたことが発覚するためです。

我に返ったジョーは、環境を変えなければならないことに気付くのですが……

 

映像作品として

テンポが良くて最後までストーリーに引き込まれるし、良い意味でわかりやすいお話です。

カットの移り変わり、場面展開の自然さは見事で、見入る内にあっという間に時間が経っています。

さりげないスキルの高さは、さすがビリー・ワイルダー大先生という感じ。

何気ないディティールまで雄弁で、脚本と映像の筆力ってこういうことなんだと思い知らされました。

ラストシーンもここしかないというところで最高の緊迫感を持って終わります。

名作として語り継がれるのも納得の作品です。

 

おわりに

語り継がれる作品には理由がある!と思わされた一本でした。

ビリー・ワイルダーは喜劇の神様というイメージがあったのですが、人間洞察の鋭さはどんなジャンルでも如何なく発揮されているんですね……さすが巨匠。

なお、原題の後半の発音がわかりません。

人間の内面を鋭くえぐり出す秀作が観たいときにおすすめの作品です。

 

  

 

サンセット大通り (字幕版)

サンセット大通り (字幕版)

  • 発売日: 2017/01/01
  • メディア: Prime Video