映画『西部戦線異状なし』
第一次世界大戦を若い兵士の視点から切り取った名作のレビューです。
派手な演出はないながら、粛々と不戦を訴える内容に高い評価を得た作品です。
あらすじ
第一次世界大戦下のドイツ。
学校で教師から、国のために戦うことの尊さを伝えられた少年たちは、救国の英雄になることを夢見て志願兵となる。
しかし、訓練を終え、西部戦線に配属された彼らは戦争の過酷さを目の当たりにする。
無残に潰えていく仲間の命、家族として愛された一人の人間である敵兵を殺す苦悩、戦場に出ない人間ばかりが戦争を支持する現実。
戦地から帰ってきた少年は、いったい何を語るのか。
戦場で命を閉じた少年は、最期に何を見たのか。
反戦映画の代表格
派手さドラマチックさは抑えめですが、間接直接に伝えられるメッセージがものすごく重い作品です。
目を輝かせて志願した若者たちが、初めて砲撃を受けた時、塹壕で飢えに喘いでいる時、初めて人を殺した時、どんな顔になっていくかがとても雄弁です。
夜中も鳴り止まない砲撃音で眠れず、さらに恐怖に心を病んだ仲間の叫び声が響き続ける場面は、観ている人の五感を塹壕の中に連れて行くパワーがありました。
それなのに、怖がって前線に近づかない料理係が威張り散らし、
安全な街にいるおじさんたちが戦争や愛国を語り、
自分たちが始めたわけじゃない戦争のために前途ある人々が死んでいく。
『地獄の黙示録』が虚無的な映像に語らせることによって戦争の虚無や狂気を訴えたのに対して、こちらは淡々と戦地の現実を映し出し、率直な言葉で哲学的なメッセージを伝えようとしています。
芸術の側面が強い前者より、個人的には後者のが誠実に思えました。
『地獄の黙示録』も名作だとは思うのですが。
第一次世界大戦とヨーロッパ
欧州在住時、第一次世界大戦がいかにヨーロッパ人に深いショックを与えたかは度々聞きました。
近代兵器を用いての初めての大規模戦闘で、どれだけ人間が無残な傷を負いうるか、最初に実感した戦争だというのを、あらためて納得しました。
銃を撃つ、爆弾を落とす等の攻撃がこともなげに行われるけれど、銃弾や砲弾の先にいるのは生きた人間である。
傷つくのは、家族も前途もある、自分と同じ人間である。
それを目の当たりにした青年たちは、自分たちが戦争で傷つくのみならず、敵国の兵士たちにも同じ苦しみを与えていることに気付いてしまいます。
しかし、戦場にいる以上、人を殺さずにいることなどできません。
絶えず死の恐怖と闘い、自分自身を守らなければならないからです。
これほど体と心を危険で残酷な境遇に置き、成し遂げることと言えば人を殺すこと。
この行動のどこに正義があるのか、この背後にある大義に意味なんてあるのか。
意気揚々と志願した青年たちは、すぐに絶望に打ちひしがれます。
それでも今日を生き抜くために、塹壕で恐怖に耐え、攻撃を行わなければならない。
考えている暇はありません。
戦地を離れて
短い休暇を得て故郷に戻った青年は、自分たちに志願を説いた教師が、さらに年下の少年たちに志願を勧めているところに出くわします。
戦地で感じたことをありのままに語る青年を、教師は罵倒し追い返します。
まだ子どもにも見える少年たちまで徴兵しようとしている以上、戦況が悪いのは明らか。
なのに疑問を持たない教師に対する、不信と失望が見て取れます。
酒場で戦地での作戦を得意げに説く父親たちにも、戦争の重みは伝わりません。
信じられない描写ですが、近代兵器を用いた大規模戦闘の恐ろしさと言うのが、この時代は本当に知られていなかったのかもしれません。
戦争が終わってみて、このような悲劇を二度と繰り返さないようにと、ヨーロッパ諸国はドイツへの締め付けを厳しく行ったわけですが、その後さらに第二次世界大戦が勃発。
そうした世界の経験を経て、今では、戦争で亡くなる人の多さや過酷な負傷、生還した兵士たちの深刻なトラウマなどの情報が一通り知られています。
しかし当時は、まだそんな経験をしたことがない世界。
戦地から帰ってきた人々の心身のダメージの深さを、社会が受け止める土壌はできていなかったのでしょう。
帰還兵の戦争神経症などが社会問題化するまでは、さらに長い時間がかかります。
おわりに
戦争が何かを知らずに戦地に行ってしまった青年の悲劇が、余すところなく描写された映画でした。
淡々とした映像が、率直なメッセージを訴えかけてきます。
戦争で体や心に傷を負う人々を出してしまったすべての国にとって、教訓の深い物語であるはずです。
戦争と人間について考えたいとき、ぜひともおすすめしたい一本です。