めちゃくちゃ泣いてしまうのに元気をもらえるイギリス映画のレビューです。
ネタバレでお送りします。
あらすじ
地元で働き、家計を支える若い女性ルーは、ある日勤務先の閉店で収入を失ってしまう。
町で一番の富豪の一人息子の介護人に再就職したルーだが、若くして首から下の身体を動かすことができなくなったウィルはひどく気難しい。
辛く当たられていたルーだが、徐々に小さなぶつかり合いを経て人間同士としての絆を深めていく。
ルーが諦めかけていた、ファッションを学ぶ夢に挑戦するようウィルが励ましてくれたり、ウィルが新たな楽しみを見つけられるようルーが奔走したりと、次第に特別な関係になっていく二人。
しかしウィルは、周囲の人々の献身をもってしても埋められない心の空洞に、自分自身で区切りをつけようとしていた。
ルーとウィル
主人公のルーは、文字通り元気印の女性です。
ファッションについて学ぶ夢を諦め、家計を支えるため地元で働いている彼女ですが、終始明るく周囲に接します。
のどかな町では浮いているようにも見える明るいファッションも、小さな頃激励してくれた人からのメッセージを忘れず楽しみ続けています。
いっぽうのウィルは、ロンドンでエリートとして働いていたときに遭った交通事故のため、首から下が動かなくなる障害を負った若者。
二十代半ばにしてキャリアや、切磋琢磨し合っていた仲間たちとの絆、恋人も失ってしまい、その絶望を扱いかねたまま生きています。
それまでの人生があまりに輝かしかったからこそ、失ったものが大きすぎて気持ちの整理がつかず、ルーにも辛く当たってしまいます。
ルーの前任者たちも彼の態度に音を上げて辞めていっていますし、元恋人も彼の変貌についていけなかった様子です。
ウィルの変化
多くを失ったことを受け止めきれず、そばに留まろうとしてくれた元恋人のことも拒絶してしまったウィル。
自分の招いたことではあってもやはり傷つきますし、それでますます荒れてしまう。
両親が雇ってくれたヘルパーに心を開いている余裕はありませんでしたが、その反面、毅然と内面に踏み込んできてくれる人を待ってもいました。
そこへ現れた気さくでエネルギッシュなルーと、最初はぎこちなく、でもぶつかり合いを経てからは温かく、距離を縮めていきます。
この過程の描き方が本当に丁寧で、観ていると知らないうちに温かい気持ちになります。
ウィルが自分でも持て余していた気持ちを紐解いてくれる、ルーという人に出会えて本当に良かったなあと思えます。
こうしてウィルの日常が少しずつ変わっていくのですが、彼がどうしても変えられない部分もあります。
それは、自分で自分の命を閉じたいという決断でした。
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自分の人生を決める権利
ある日、ウィルがスイスでの尊厳死を実行しようとしていることを知ったルー。
彼の母が過去にそれを止めたにも関わらず、ウィルは再び弁護士と連絡を取って準備を進めていました。
この、一度は手を引っ込めたけどまた、というところが彼の覚悟を感じさせてやるせないです。
突発的に思ったことではなくて、ずっと彼の頭を占め続けていたんだな、という。
身体の自由を失った、現在の人生を充実させようとしても、それ以前の人生があまりに素晴らしすぎて忘れることができない。
ルーと過ごす毎日は幸せだけど、自分はルーを小さな町の介護生活に縛り付けてしまい、彼女を幸せにできない。
だからこれは自分にとって必要な決断なんだ、とルーを諭すウィル。
ウィルを一人の人間として愛するようになったルーは、「私が幸せにしてあげるから一緒にいて」と必死で説得します。
ビーチでのこの場面でボロ泣きしました……究極の愛ですね。
一緒にいると幸せだからそばにいたい、とか、貴方のそばにいると幸せ、とかじゃなくて、私が幸せにするから、って愛が深すぎる。
でも、どんな人でも本質的には「誰かに幸せにしてもらう」ことはできないんだと思います。
自分で決めたことの結果として、幸せになれるのでなければ、どこかに満たされない気持ちが残ってしまうのではないでしょうか。
だからウィルは「ルーに幸せにしてもらう」立場に甘んじることができなかったのだと思います。
それは彼が望む幸せのかたちに届かないと知っていて、彼女のことがどれだけ好きでもその点は変わることがなかったのでしょう。
でも、自分や大切な家族と生きていくことより、ひとり旅立つことを決めたウィルが許せないルーの気持ちも、痛いほど伝わってきます。
どんな形であれ、彼が「ルーと生きる人生を選ばなかった」ことは確かなわけで、拒まれてしまった、どうして受け入れてくれないんだ、という気持ちが湧き上がるのは自然なことです。
いっぽうで、人が自分の人生を自分で決める意志は尊重されて然るべき、というところもあり、尊厳死問題の複雑さが描かれている箇所と言えます。
本作について批判が色々あるのも、主にこの点についてでしょう。
他作品との比較
フィクションのラブストーリーで、身体の自由を失った人が「もう以前以上に幸せになれない」「愛する人を幸せにできない」と死を選ぶことは、賛否があって当然かと思います。
似た状況で闘っている方や、そうした人を支える立場の方からしたら、受け入れられる内容ではありません。
尊厳死や、ウィルのように身体の大部分を動かせない状況の人を描いた映画はいくつかあります。
フランス映画の『潜水服は蝶の夢を見る』『最強のふたり』などです。
前者は片目の瞼を動かすことしかできない、後者はウィルと同じく首から下を動かせないという状況に主人公が置かれています。
『潜水服~』では主人公はいったんは絶望して死を願うものの、まばたきだけで意思を伝えて本を書き上げるという離れ業を達成します。実話です。
ウィルとの違いは、キャリアのピークにある程度達しており(ELLEの編集長だった)、元妻や子どもたちの支えがあったというところ。
無限の可能性があった二十代のウィルとは、状況の受け止め方も違ってくるでしょう。
『最強のふたり』の主人公は、介護人の若者と絆を深めるだけでなく、精力的に養子を育てたり、恋も楽しんでいます。
ただ、主人公が年配ということもあり、ある程度人生をやり切ってからの身体の変化がだったところが、ウィルとの大きな違いです。
また、若くして事故で首から下が動かなくなったスペイン人男性、ラモンを描いた映画『海を飛ぶ夢』も。
彼は尊厳死を訴えた人物の先駆けで、やはり二十代で突然身体の自由を失ったことに気持ちの整理がつかなかったことがきっかけでした。
一概には言えませんが、やはり若い時に突然多くの可能性を奪われることのしんどさを考えさせられます。
そう思うと、ウィルが生きていくことと折り合いを付けられなかったことも、理由なきことではないのだと感じます。
幸せとは
終盤で一番泣いたのは、ルーとウィルが最後に、ルーの幼いころのお気に入りの歌を歌う場面でした。
序盤では、変な歌詞だと言って笑っていたウィルですが、二人だけがわかる特別な思い入れのある事柄でもあります。
他の人から見たら何でもないことについて、特別な感情を分かち合えることこそが、幸せじゃないのかなと思わせるシーンです。
何かを手に入れる、達成することも幸福感をもたらしてくれますが、いずれはその幸せは薄れていきます。
一度達成した夢は、現実になってしまうからです。
でも、満ち足りた人間関係を深めていくことによる幸せは、時間が経っても色あせず、むしろ蓄積していきます。
若いころは、達成の喜びを積み重ねていくことで自信をつけていき、そうやって作った自分をもって、幸福な日常を積み重ねていける相手を見つけ、今度は大切な人と関係を深めることに幸せを見出していく。
前項で言及した『潜水服~』や『最強のふたり』の主人公は、人生がそうしたフェーズに差し掛かっていたのでしょう。
でもウィルはまだ、達成したいことが山ほどあった。
それらをすべて忘れて、次の幸せに移行することが難しかったのでしょう。
そして、「達成できなかったこと」が頭にあるからこそ、そういう自分がルーを幸せにできるかを躊躇ったのかもしれません。
でもこの世を去る彼は、ルーのためにできることを考えつくした結果として、遺産を元手に都会でファッションを学ぶ夢を諦めないよう、背中を押したのでしょう。
人生は何が起こるかわからないから、挑戦できる夢を諦めるなんてするべきじゃない。
できることはすべてやってみるべきだ。
そう激励する人物として、ウィルほど適任な人はいないという事実も、ラストシーンをぎゅっと切なくしていました。
おわりに
思いが爆発して長文レビューになってしまいました……
主人公二人の魅力的なキャラクターと、イングランドの田園風景の美しさで時間を感じさせない作品でした。
内容には関係ないですが、『ゲーム・オブ・スローンズ』でデナーリスを演じたエミリア・クラークをはじめ、『ダウントン・アビー』のベイツ、『ザ・クラウン』のマーガレットと、ドラマで活躍している俳優さんを見つけるのも楽しかったです。
悲しい映画ではあるけれど、一度しかない人生を前向きに生きなければ、と激励してくれる物語でした。
泣けるラブストーリーをお探しの方に、ぜひおすすめしたい映画でした。