本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『ひとよ』

ここ数年、話題の作品を発表し続けている白石監督の秀作をご紹介します。

重い過去を負った家族の、ぶつかり合いと再生を描いた作品です。

最後までネタバレします。

 

 

あらすじ

茨城県大洗市のタクシー会社社長が、雨の夜に自社の駐車場で殺害される。

犯人は、長年DVに苦しんできた彼の妻だった。

彼女は三人の子どもを残して服役し、その間に子どもたちはそれぞれ大人になった。

長男の大樹は、地元の電器店に婿入りして妻子を養っているが、妻との間に問題を抱えている。

次男の雄二は東京へ出て文筆家を目指しているが、風俗雑誌でのフリーライター兼カメラマンで食いつなぐ毎日。

末っ子長女の園子は、美容師になる夢を諦め、地元スナックで働いているが異性関係は毎回複雑な模様。

そんななか、刑期を終えて数年経った母こはるが帰ってくる。

戸惑いながらも母を迎える大樹と園子、反発を露わにする雄二。

鎮静化していた会社への嫌がらせが再燃する中、家族は再生することができるのか。

 

家族の崩壊

こはるの夫で、三人の父親だった男は、家族全員にひどい暴力を振るっていました。

こはるの殺人が、その暴力を絶ってくれたことは皆の共通認識です。

だから大樹や園子は、戻って来た母にできるだけのことをしようとするのでしょう。

一方で、事件を境に子どもたちの生活が一変してしまったことも事実。

衝撃的な犯罪を犯したこはるの子どもとして、三兄妹は否応なく注目を浴びて生きていくことになります。

一家の住む大洗は、ど田舎とは言えないまでも、人の出入りが少ないのは確かで、大事件があればなかなか忘れてはもらえません。

それを嫌ってか、最も母にあたりの強い雄二は上京して働くことを選びました。

ただ、作家になりたい思いはありつつも芽が出ず、普段の仕事も生きるために不本意ながら続けているようです。

心から打ち解けられる友人や同僚はいないのか、かなり尖った雰囲気を醸し出しています……最早怖いレベルの名演。

地元に残った大樹と園子も、それぞれ人間関係に課題を抱えています。

大樹は妻に心を開ききれず、過去についても話せないまま。

彼女の実家の経営する会社では部下から尊敬されていないことを自覚して苦しみます。

スナックで働いている園子は、恋人はなぜか支配的な男性を毎回選んでしまう様子(「今の彼は優しいから顔は殴らない」という会話が何気ないのにパンチありすぎ)。

もっとも、事件が起こらず父のDVが続いていたとしても、三人はこうした状況に悩まされていたかもしれません。

奇跡的に父親の暴力から逃れ、母と四人家族として再出発していたら、なかったかもしれませんが、それは誰にもわかりません。

いずれにしろ、そんな状況のなか母のこはるがひょっこり帰ってきます。

飄々とした母の様子は、事件前もこんな感じだったのかな、という想像を起こさせる自然さです。

しかしそれは、決して事件を何とも思っていないのではなく、子どもたちに気を遣わせないための最善の選択だったのかもしれません。

 

家族の再生

「母さんは母さんだから」とこはるを受け入れる大樹、失った時間を取り戻そうとするかのような園子と対照的に、雄二は母に心を開きません。

そんななか、こはるの不在中、彼女の甥が経営してくれていたタクシー会社がこはるの件で嫌がらせを受けることになります。

ショックを受ける一同に対しても冷笑的な雄二は、いったい何をしに帰って来たんだとこはるを突き放します。

あろうことか、彼はこはるが帰ってきたことを週刊誌にネタとして売っていました。

それでも動揺しないこはるは、「自分が過去を悔いたら、子どもたちが迷子になる」と静かな覚悟を口にします。

彼女本人が殺人を間違いと認めてしまったら、その間違いのためにつまずいた三人の人生は一体何だったんだ、となります。

乗り越えるべき痛みだと信じていれば、まだ心が支えられる。

おそらくは、こはる自身が罪と向き合うなかで決めたことだったのでしょう。

妻子と別居中の大樹の苦しみにも、こはるは徹底して向き合おうとします。


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新人運転手の葛藤

こはるの帰宅とほぼ同時に、稲村タクシーに運転手として就職した男性・堂下。

彼はこはると同様、罪を犯した過去を抱えているようですが、かつて溺れてしまった酒も断ち、新人運転手として真面目に仕事に取り組んでいます。

離婚した妻と暮らす十七歳の息子との面会を喜ぶ一面も。

一緒に食事をしたり、バッティングセンターに行ったり、何気ない時間を共有することを楽しみ、笑顔で別れます。

しかし間もなく、昔の顔見知りから人に言えない仕事の手伝いをするよう頼まれた彼は、運び屋の移送に協力することになってしまいます。

その運び屋は何と、先日会ったばかりの彼の息子でした。

犯罪やクスリに手を染めた息子を責めてしまう堂下ですが、「お前のせいだ」と逆に罵られて絶望します。

その夜、断っていた酒を飲み、こはるを載せてタクシーを暴走させた彼は、完全に自我のコントロールを失っていました。

一方、こはると堂下の状況を知った三兄妹は、車で彼らを追跡します。

複雑な思いがあっても、やはりこはるを失いたくない三人は埠頭まで猛追することに。

 

家族とは

堂下のタクシーに追いつき、こはると彼を車から降りさせた三人。

混乱した状況で、各人の本音が爆発します。

成功を掴めなければ、あの夜の意味がわからなくなってしまう、父を殺してまで母が作ってくれた自由の意味がなくなってしまう、と吐露する雄二。

こはるに対して、「ああまでして守った子どもからの扱いに何とも思わないのか」と詰め寄る堂下。

幸せだった息子との面会の夜を思い返し、「あの夜は何だったんだ」と叫びます。

しかしこはるは、穏やかな笑顔を浮かべて答えます。

只の夜ですよ。自分にとって特別なだけで、ほかの人からしたらなーんでもない夜なんですよ。でも自分にとって特別なら、それでいいじゃない

このセリフは、家族というものの本質を突いている気がします。

他人から見たら「そんなもん捨てちまえ」と思うような関係でも、家族というだけで捨てられなかったりします。

「どうして相手のそんな言動や行動にこだわるの」と言われがちな思いは、得てして家族に対する思いだったりします。

他の人間関係に置き換えれば、忘れてしまえばいいこと、諦めればいいことでも、家族に関することだとそうはいかない。

家族は替えが利かないからです。

大樹が「母さんは母さんだから」と思い出したように呟いていた意味がわかります。

こはるが殺人までして子どもたちを守ったのは、家族だから。

雄二が成功に拘ったのは、自由をくれたのが母だから。

大樹が過去を妻子に打ち明けられなかったのは家族だから、園子が雄二に事あるごとに食って掛かるのも家族だから。

その家族を支えていたのは、すべてを呑みこむ覚悟を決めた母こはるでした。

単に恋人同士なら、「何を捨てても一緒にいたい」「この人のためなら死ねる」と思えれば充分なのかもしれません。

でも、家族はそれではだめなんだなと思わされます。

守りたい人全員で幸せになれないといけない、そのためには全てを背負いこむ覚悟が必要なんだと訴えてくるようなラストでした。

 

おわりに

白石監督の作品を初めて見ましたが、とにかく質量感がすごかった……

あらすじ上、ヘビーな展開が多めなのですが、稲村タクシーの現社長が良いキャラをしてたりして、重くなりすぎない工夫がされているのなんかも良かったです。

そのうえで骨太なメッセージを伝えている作品でした。

家族について考えたいとき、ぜひおすすめしたい映画です。