本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『誰もがそれを知っている』

スペイン映画史上最強カップルが出演するサスペンス映画をご紹介します。

監督は、アカデミー賞外国語映画賞を受賞したアスガル・ファルハディ監督です。

遠慮なくネタバレします。

 

 

あらすじ

アルゼンチンに暮らす女性ラウラは、妹の結婚式のため、家族とともに生まれ故郷のスペインの街に帰省する。

老親や姉妹、幼なじみでワイン農園を営むパコとの再会を喜んだのも束の間、結婚式のパーティー中に娘のイレーネが失踪してしまう。

必死の捜索ののちにもイレーネは見つからず、脅迫が届いたことから誘拐と判明する。

時間稼ぎとラウラの奪還に知恵を絞る一同だが、混乱の恐れの中で、長年隠されてきたある真実が炙り出されてゆく。

 

映像作品として

スペイン映画界の至宝、ペネロペ・クルスハビエル・バルデム夫妻が出演しています。

二人の存在感と葛藤に引き込まれるのは勿論、スペインの荒涼とした景色があてどのない謎解きの背景によく合っています。

家族の秘密や、クローズドコミュニティのせめぎ合いを描くのは、『セールスマン』のアスガル・ファルハディ監督。

こうした主題を描くのに彼ほど適任な監督もいないと言えます。

セリフは全編スペイン語なのですが、ファルハディ監督がスペイン語スピーカーというのは聞いたことがないので、どうやって脚本を描いたのか気になります。

監督がペルシャ語で書いた原版がスペイン語に翻訳されたんでしょうか。

 

閉ざされた社会と秘密

映画前半で、みんなが再会を喜び合うあたりから既に、ラウラとパコは特に深い人間関係があったんだなと言うのは示唆されています。

そして、ラウラの家族と、パコの農園にやんわり因縁が残っていることも。

都会だったら人・物・金の移動が激しいので、元カレ・元カノの関係や、土地の売買の記憶は、時とともに薄れてしまうでしょう。

関わった相手に二度と会わないことも珍しくないからです。

しかし田舎のクローズドコミュニティではそうはいかず、元恋人も、昔望まない取引をした相手も、長い年月ずっと隣人として付き合い続けます。

大人だから、ということで当り障りなく接していても、極限状況や精神的に追い詰められた時に、ふとした怒りや鬱憤が爆発する。

強い怒りや納得できない思いって、やはり簡単にはなくならないんだと思わされます。

そして、そうした歪さの蓄積を、他の隣人たちはやはり抜け目なく洞察している。

絶対に内密にするはずだったことも、一人一人の距離が近いコミュニティでは公然の秘密と化してしまいます。

イレーネ誘拐事件では、長い間ラウラの家族とパコたちが抱えてきた公然の秘密に付け込んで、ある隣人が犯罪に踏み切ってしまったわけです。

 

何が正しいのか

公然の秘密=イレーネの出生は終盤で明かされるものの、秘密の当事者の一人であったパコは、新たに衝撃的な事実を知ります。

ラウラの夫が、イレーネが実子でないことを知りながら受け入れていたことです。

途中から「もしかしたらそうかも」と思うのですが、実際告げられるシーンの迫力は真に迫るものがあります。

大きな秘密も、言えない過去も、全部受け入れる愛というのがあるんだなと。

ラウラのことも、イレーネのこともすべて愛してきたのに幸せが壊れようとしている、というのはきっと恐ろしかったに違いありません。

一方で、金銭的なことでありのままを言えない心理はよくわからなかったんですが、これは自分自身が同じ苦労をしてないからそう思うだけかもしれないです。

プライドも捨ててイレーネのためにと支払いを頼まれるパコ、苦悩の演技といえば彼、のハビエル・バルデムが熱演しています。

正直、『BIUTIFUL』も『海を飛ぶ夢』も苦悩にしか苛まれてません。

イレーネを大切に想う大人たちの、気持ちの掻き乱されようが凄まじかった。

彼女の出生にまつわる親たちの行動は、社会的あるいは宗教的な意味合いからしたら、正しいとは言えないのかもしれません。

でもイレーネのために最善を尽くす彼らの熱量だけは本物です。

そのことに比べたら、道義的な高潔さなんていったい何の意味があるんだろうと思わされます。

文字通り「墓まで持っていく」覚悟を決めた大人たちの肚のくくり方が見どころの一つです。

一方で、イレーネがこうして身代金目当てに攫われるきっかけを作ってしまったのも、この秘密主義だと言えます。

最初からオープンにされていたら、彼女が攫われることもなく、それをネタに脅されることもなかったわけだから。

探られたくない腹を持ってしまうことは、愛する人を守るうえで最善の答えと言えるのか、という考えも浮かびます。

何より、ラストシーンで蒼白な顔のまま問いかけるイレーネの顔を見ると、他にやりようがあったのではないか、という暗い余韻が残らざるを得ません。

ファルハディ監督の『セールスマン』と同じく、一体どうしたら良かったんだ、と言う問いが頭の中で回り続ける作品でした。

 

おわりに

個人的には、大切な人を守るために、秘密はなるべく持たない方が良いのかもしれない、というすごく浅薄な感想に辿り着いてしまいました。

ただ、長い人生、一つの過ちも犯さない人なんてあまりいないわけで、過ちとまでは言えなくても生涯高潔な人なんてそうそういないわけで。

秘密を呑み込んで、墓まで持ってく覚悟で人を守り切れることもあれば、人生が残酷なら本作のような追撃が襲ってくることもあるのかもしれません。

スカッとした正解はなく、いろいろ考えさせると言う監督の持ち味が存分に発揮されていたと思います。

主演二人の迫力も如何なく発揮されていて、見ごたえのある作品でした。

 

 

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