本と映画と時々語学

書評、映画評、時々語学学習や時事ネタなど書き綴りたいと思います。

レビュー執筆時に参照するもの

レビューを書く時に、自分の記憶だけを頼りに書く時もあります。

しかし、念のため登場人物の名前を確認したり、脚本や監督にまつわるエピソードを調べるため、あるいは自分以外の人がどう感じたか知りたいために、何かしら参照することも多いです。

そうした時に参照する映画関連サイトをご紹介します。

 

調べもの系

Wikipedia

言わずと知れたみんなの百科事典。

最近、登場人物の名前をよく忘れるので、レビューを書く前に調べることが多くなりました。

かなしい。

あと、序盤に何が起こったか復習するためにも使うことがあります。

結末まではあまり書いていないので、最初の部分だけ確認したい時に頼ります。

監督にまつわるエピソードや、映画が作られた背景などの情報があることが多いのはWikipediaの強みです。

リアルタイムで情報を拾えない昔の映画の場合、そうした豆知識が貴重なので見ていることが多いです。

 

あらすじ紹介サイト

hmhmのようなあらすじサイトも時々参照します。

あまりにも辛くて途中で観るのをやめた映画の結末だけ知りたかったり、中盤でちょっとだけ出てきたあの人の名前なに?と思ったりした時です。

先般、Twitterにブログでの紹介依頼をいただいたMIHOシネマさんのページも拝見してみたら、驚きの記事数で絶句しました。

MIHOシネマ | 映画ネタバレあらすじ結末

人気映画ならたくさんの解説ページが見つかりますが、ニッチな作品はそうはいかないので、在庫の多いあらすじサイトで復習しながら分析できるのはありがたいです。

ちなみにMIHOシネマさんではあらすじだけでなく、最新映画の口コミや評判もご紹介されています。

 

レビュー系

Twitter

私にとって、最近強力な存在感を発揮しているのがTwitterです。

試写会と初日にレビューツイートが急増する新作映画は、否が応でも注目してしまうし、ハイクオリティのことが多いです。

ブログ記事よりも投稿のハードルが低い分、ぶわっと感動の波が広がるのがよりわかりやすく伝わってきます。

あと、フォローしている方のお気に入りの映画一覧や、名刺がわりの映画10選に、気になっていた映画が何度か登場していたら、「あの映画やっぱり面白いんだ」と思ってリストの中で順位が繰り上がります。

たくさんの方の映画アカウントや趣味アカウントをフォローしてみて、思わぬ収穫を実感しています。

 

Filmarks

ほかの映画ファンは一体何を考えたのか?が知りたいとき、ついついレビューを観に行ってしまいます。

だからと言ってレビューに書く内容を変えるかと聞かれればあまり変わらないんですが。笑

元ネタの実話を知っていなくても楽しめるかとか、友達と観に行くのに適しているかとか、臨場感あるコメントや生の声を拾うのに使っております。

 

レビューを書く時に参照するもの、というタイトルですが、映画ファンが映画情報を集める方法と言い換えてもいいかもしれません。

なるべく満遍なく情報をとって、ベストな視点で記事が書けるよう、引き続き心がけたいと思います。

 

 

 

映画『リメンバー・ミー』

メキシコに実在する祭日「死者の日(los muertos)」をテーマにしたアニメ映画です。

家族向け・子ども向けの映画ではありますが、観た大人が次々に勧めるのを見てトライしたところ、号泣しました。。。

途中までネタバレします。

 

 

あらすじ

メキシコのサンタ・セシリアに住む少年ミゲルは音楽が大好きで、将来は音楽家になりたいと思っていた。

しかし、高祖父が音楽家になりたいと家族を置いて出て行ってしまったため、家族や親戚から音楽を禁止されていた。

リヴェラ一族には曽祖母ココ以下、誰も音楽をする者はいない。

死者の日の祭壇へご先祖の写真を飾るときも、高祖父の写真はその中になかった。

ミゲルは祖母や家族から、靴作りを継ぐよう言われるものの、全く興味を持てない。

ある日彼は、自分の高祖父が有名な音楽家ラクルスかもしれないと知り、反対を押し切って音楽コンテストに出ようと奮闘する。

しかし、コンテスト用の楽器にデラクルスの遺品のギターを使おうとしたミゲルは、突然、生きた人間から見えない存在になってしまう。

 

死者の日とは

死者の日は、ラテンアメリカとくにメキシコで毎年盛大に祝われるお祭りです。

11月1日が子どもの、2日が大人の魂が戻って来る日とされています。

期間中には、死者の花とされるマリーゴールドで街中や家の中が飾り付けられます。

また、アルタールと呼ばれる祭壇に遺影や十字架、故人の好きだったものを飾って、魂が帰ってくるのを待つそうで、映画の中でも祭壇に写真を飾ることが重要な意味を持ちました。

日本のお盆と似た意味合いがあるものの、内輪でしめやかに先祖を迎えるというよりは、明るく楽しくお祝いして死者の帰還を楽しむようです。

本作に出てくるサンタ・セシリアの人々も、賑やかなお祭りを楽しんでいたし、死者の国の人々も生者の世界におめかしして出かける様子が描かれていました。

 

死者の国と生者の国

ミゲルは死者デラクルスの楽器を盗もうとしたため、死者の国に飛ばされてしまい、生者からは見えず、死者とのみ見たり話したりできる存在になってしまいます。

生者の世界に戻るため、血縁の誰かに許しのまじないをかけてもらわなければならないのですが、幸いすぐに故人の親類縁者たちに見つけてもらったミゲルは、高祖母ママ・イメルダの許しをもらうことに。

しかし、イメルダは「今後2度と音楽をしないこと」を条件にするため全く折り合いません。

音楽を諦められないミゲルは、自分の高祖父であるはずのデラクルスに許しを得ようと、親族から逃げて彼を探します。

夜明けまでに許しをもらわなければ戻れなくなるので、急いでデラクルスを探さなければなりません。

そんな中、生者の国へ行きたいはぐれ者ヘクターに、彼の写真を存命の娘に届ける交換条件で助けてもらうことになりました。

死者の日に誰でも生者の世界に行けるわけではなく、生者に写真を飾ってもらえなければ帰ることはできないらしいのです。

 

人はいつ死ぬのか

調子の良いことを言っているだけに見えるヘクターに、しぶしぶ着いていったミゲルは、彼の友達が死ぬ瞬間を目の当たりにします。

死者は骸骨の姿になって永遠に生きるのではなく、生きている人間に彼を覚えている人が誰もいなくなれば消えてしまうのでした。

誰かが覚えていてくれれば生き続けられる、祭壇に写真を飾ってくれれば生者の国へ行って子どもや孫に会える。

死者の日に盛大に亡くなった魂を迎えられるということは、死=消滅ではないのかもしれません。

でも、もし誰からも迎えられなくなったら、魂が帰ってくる場所はないし、死んでいるから誰かと関われる機会はないわけです。

そして、程なくしてミゲルはデラクルスという人物に重大な秘密があったことに気づきます。

しかし、気づいたその時にはヘクターの写真を取り上げられ、ミゲルも一緒に町外れの洞窟に放り込まれます。

ヘクターは意気消沈して、自分にも二度目の死が近づいていること、ずっと前に生き別れた娘のココが彼を忘れたら自分は死んでしまうと打ち明けます。

ミゲルはようやく、ヘクターが曽祖母ココの父であり、自分の高祖父であると気づいたのでした。

 

完成度と密度の高さ

子ども向けの90分程度の映画にも関わらず、ストーリーの密度が高いのであらすじ解説にかなりの字数を割きました。

オーソドックスで熱苦しい家族の絆物語かと思いきや、ミゲルは家族に理解されなくて寂しい思いをするし、二度目の死という重要な課題を解決するために奔走するし、デラクルスの秘密という意外なミステリーまで盛り込まれているしで、全く飽きさせない高密度な展開でした。

現れた問題を感情的なものとして登場人物の気持ちで解決させたり、偶然の幸運でごまかすのではなく、現実として整理をつけるところも誠実です。

前半で散りばめた伏線が後半に一気に回収されていくのも楽しかった。

ママ・イメルダを頂点としたリヴェラ一族の結束が固く、最初はそれに苦しむミゲルが終盤で彼らに助けられるところも、スカッとするわ感動するわで良かったです。

感動する一方で、メキシコらしい明るさやコメディ要素が強いのもあって、全然押し付けがましくないのも好感度高しです。

 

ミゲルとヘクター

映画の魅力を高めているのは、緻密な脚本に加えて主人公2人のキャラクターであることは間違いありません。

音楽をやりたい気持ちをミゲルが家族にわかってもらえない時には一緒に切なくなるし、

死者の国を奔走している時には思わず応援してしまいます。

それもこれもミゲルの真面目で賢い性格が共感を誘わずにいられないからでしょう。

ヘクターは最初ヘラヘラしたお調子者に見えるものの、妻イメルダや娘のココのことを一途に想い続ける気持ちは本物です。

また、二度目の死を迎える友達に寄り添ったり、多少の下心があるとは言えミゲルを助けたり、基本いいヤツです。

二人の家族を思う気持ちや一途な音楽愛に元気付けられる作品でした。

 

おわりに

家族のつながりが強く、死者との交流も明るく楽しく行うメキシコの風景を、鮮やかに取り出した映画でした。

メキシコ行ったことないから大層なこと言えないけど、メキシコに留学してた友人も絶賛してましたので良作と言えると思います。

家族を思う気持ち、夢を追う気持ちが揺さぶられる素敵な作品です。

 

 

 

リメンバー・ミー (字幕版)

リメンバー・ミー (字幕版)

 

 




映画『この素晴らしき世界』

第二次世界大戦下のチェコの片田舎を描いたヒューマンドラマをご紹介します。

ナチス占領下の小さな村で生活する人々の姿を通じて、人間同士を分断することの愚かさを伝えてくれます。

ネタバレです。

 

あらすじ

ナチスドイツに占領されたチェコの、片田舎の村に住むヨゼフとマリエは長年子どものいない夫婦。

彼らはある日、家族を連れ去られ住む場所も失ったユダヤ人の村人ダヴィドを保護する。

ナチスに心酔する隣人ホルストや、村にやってきたドイツ軍の役職者から、若いダヴィドの存在を懸命に隠す日々が始まる。

その後、2人の家にドイツ軍人が同居する危機を回避するため、マリエは子どもが生まれると嘘をついてしまう。

追い詰められたヨゼフたちはある方法で窮地を脱しようとする。

 

小さな村の日常

ヨゼフとマリエは、かつて子どもを望んだものの、ヨゼフに原因があって子宝を授かっていません。

長閑そのものの村で、長年の隣人である人々と交流しながら穏やかに暮らしています。

社会の変化とはあまりに隔絶された村の中で、戦争の気配はあるにしてもどこか遠いです。

ひとりナチスを信奉するホルストへの目線にも、「あーはいはい」という(まるで意識高い系の人を遠巻きに見るような)生温かさを感じます。

とは言え、こんな村にもドイツ軍の軍人が駐留したりするので、ダヴィドはヨゼフの家に来る前に他の村人に遭遇するも冷たく追い払われていました。

やはり誰かに彼の存在を知られるわけにはいきません。

しかもホルストは既婚者マリエに思いを寄せているので、その辺もマリエの手腕でいなしたり躱したり正面突破したりしなければなりません。

戦争の緊迫感と反ユダヤの波が訪れてはおりますが、人間味あふれる村人たちの日常も脈々と続いている様子が描かれています。

ホルストのようなしょーもないおっさんもいれば、そんなおっさんの相手をしてやるヨゼフやマリエのような人もいて、人間の集まりっていつの時代もそんなもんよねと思わされます。

ナチス体制が揺らいでくるとホルストが考えを変えてくるのも人間味の固まり感。

遠く離れた国でもこんな共感の仕方があるなんて、生活様式や文化は違っても人間の行動の根底はやはり似通っているなーと感じました。

 

秘密を守り通す

村に駐留するドイツ軍人がヨゼフたちの家の部屋を借りたいと言ったとき、マリエは「子どもが生まれるので子ども部屋が要ります」と言って入居を断ります。

しかしヨゼフ側の原因で子どもが長年できなかった夫婦ですから、いずれ嘘がばれます。

窮地に陥った2人は、匿っている青年ダヴィドの力を借りて乗り切ることを決めました。

割と予想のつく流れではありますが、ヨゼフとマリエという名前から、キリストの両親である夫婦を想像していたので、ダヴィドが父親になるのが意外と言えば意外。

マリエは妊娠して順調に胎児が育つのですが、彼女の出産に関してヨゼフたちのつく嘘がストーリーの重要なカギを握ります。

 

特別な嘘と救済

連合軍による解放の日にマリエが産気づいたので、ヨゼフは懸命に医師を探すものの、親ナチだった医師は連合軍が進駐してすぐに自殺してしまっていました。

ただ、死んだ彼が医師だというのは連合軍に気づかれていない様子。

そんなヨゼフの前には、親ナチだったとして取り調べを受けているホルスト

…。

…。

ヨゼフはホルストこそが主治医かのように嘘をついて、彼を連れ出します。

陣痛に耐えて医師を待っていたマリエは、ホルストが現れて驚愕するものの(そりゃそうだ)、出産するしかない。

そんななか、「ホルストは自分が匿われていることを黙っていてくれた」とダヴィドが証言して、ホルストは命びろい。

かつて、逃げ惑うダヴィドを追い払った村人のおっさんが、にわかレジスタンスのコスプレをして連合軍に証言していたのは笑っちゃいます。

ダヴィドが生きて現れたのを見て、心底ぎょっとしてました(そりゃそうだ)。

解放の日は本作のハイライトであり、コメディとしての集大成と言っていい盛り上がりを見せます。

こんな小さな村で人間を善と悪に分断してなんになるのか、

明日も明後日も顔を合わせて暮らしていくのにそんなことに何の意味があるのか、

と考えてしまう場面でした。

ナチスを裁こうとする連合軍の前で、お互いの脛の傷まで知っている人々が、悪を徹底的に潰すよりみんなで全部呑み込んで生きることを選ぶ機転が忘れられません。

 

喜劇で善悪も清濁も併せ呑む

ダヴィドの命がかかった隠れ家生活、匿っている夫婦の命も危ない毎日など、緊張感溢れる場面もあります。

苦しい場面に陥ってもダヴィドを守ろうとしたヨゼフとマリエの勇気や、

どんな状況でもお互いを大切にするヨゼフとマリエの姿に励まされたり、

シリアスな要素ももちろんあります。

だけどこの映画で最も大切なのはコメディ要素です。

世界大戦下の民族迫害や他国の占領は、重苦しく描こうと思えばいくらでも重く辛い映画になります。

でも、ありふれた毎日を生きる、普通の人々の人間味や滑稽さを排除せず描くことで、観ている人と登場人物たちの距離が格段に縮められています。

身構えずストーリーに入り込んでいたら、思わず笑ってしまう展開の中で「人間ってこういう時あるよね」とふと思ったり、

辛い時代を生き抜いたのは自分と同じ人間だったんだなと考えたりしました。

善いことをするのも悪いことをするのも人間だけど、ある人が絶対的な善とも悪とも言い切れない。

そして、戦争という特殊な環境が人の立場を分断したり、変えてしまうことも、コミカルに描くことで伝わりやすくなった。

人間の弱さを指摘するには、シリアスな展開よりもコメディのほうが受容しやすくなります。

間違ったり、立場によって人を守れなかったとしても、それも登場人物への愛ある喜劇として伝えられることで、現実として受け入れられた気がします。

また、暗い思い出は変えられないかもしれないけど、失敗や苦しみも、温かい共感で笑い飛ばしてもらえたら、後から思い出す時の気持ちが少し楽になります。

記憶に蓋をしてしまうのではなく、冷静に振り返ることもできるようになります。

辛い戦争の時代をコメディのように描いたことで、そうした効果も生まれているかもしれません。

 

おわりに

激しく重いナチ映画なら次々に思い浮かびますが、この映画に類するような戦争映画は思い浮かびません。

戦争の時代をコメディで描くという斬新ながらも素晴らしい映画でした。

残酷な場面やしんどい展開に気後れしてしまうという方にも、多くを教えてくれる戦争映画としてお勧めしたい作品です。

 

 

 

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映画『勝手にふるえてろ』

邦画屈指の鬱屈ラブコメをご紹介します。

ヒロインの松岡茉優ちゃんが好きということもあり、最初から最後まで楽しかったです。

妄想好き陰キャには間違いなく共感の嵐になります。

 

あらすじ

今まで誰とも付き合ったことのないOLのヨシカには、中学生の時からずっと片思いを続けている同級生イチがいた。

みんなから注目されるイチに、在学中アプローチすることはおろか、卒業してからも何もコンタクトはないまま20代中盤を迎えていた。

ある日、働いている会社の同僚であるニから告白され、人生初の経験に歓喜するものの、やはりイチのことは頭から離れない。

ヨシカは、いつ死ぬかわからない人生ならいつ死んでも悔いのないようにと一念発起し、別人になりすまして同窓会を企画する。

一方ニは、ヨシカの煮え切らない態度にも関わらず何の疑念もなしに彼女と過ごしていた。

 

奥手なこじらせ女子

ヨシカは自分の欲望や感情を素直に身近な人にさらけ出すことはできないけれど、一方で常に誰かにわかってほしい気持ちも持っている女性です。

日々の妄想や、絶滅した生物のリストに思いを馳せながら、感情を発散しています。

欲望のままに生きたり、素直な感情を優先して振舞うことは、ヨシカにとっては「野蛮で承服しかねる」事態なので、恋愛に対しても行動が起こせません。

結果、中学生の時からクラスの人気いじられキャラだった、ミステリアスなイチに心の中で何年も片思いしています。

クラスで目立たず、友達が多いタイプでもないヨシカは、在学中はおろか卒業後も恋心をただ持つだけでした。

しかし、危うく死にかけた経験をしてから、人生一度きりだと開き直り、別のクラスメイトになりすまして同窓会の招集をかけます。

ここで爆発する火事場の行動力も、こじらせ感あふれてて好きです。

あと、上司に変なあだ名つけてディスったり、経理課の仕事なめんなという気持ちを営業課に対して出しちゃう人間味も好きです。

人に好かれて当然と思ってない分、打ち解ける勇気もないけど、好かれたいと思ってないからこそ、失うものもないんですよね。

 

ヨシカを思う人々

ヨシカに思いを寄せる営業課のニは、当初は調子に乗ったないしはイキってる凡庸な若者に見えます。

でも、だんだんと一途さやヨシカに対する優しさが伝わってきて好感度が爆上がりします。

器用さはない反面、裏表もなく素直な人物です。

ヨシカの経理課の同僚の来留美も、恋愛経験ゼロのヨシカに押し付けないアドバイスをしてくれる頼もしい存在。

客観的に見れば、イチへの思い出なんか捨てて、いまヨシカを大切にしてくれる人を大事にして生きていきなよ!と思うのですが、そうはいきません。

なぜならこじらせているから。

誰かにわかってもらうことより、自分の内面世界を大事に生きてきたヨシカには、長年の思いを捨てることなど簡単にはできません。

彼女が劇中で口にするとおり、ヨシカが内面を明かさないのは、「自分の気持ちになんて誰も興味ない、わかってもらえるわけない」という思いからです。

だからこそ、明らかに彼女に興味を示しているニの前で安心して気持ちを解放したらいいじゃん!と思うのですが、そんなことはできません。

これまで孤独にイチを思い続けてきた気持ちが、なかったことになるなんて寂しすぎるからです。

片思いだからこそ、ヨシカが忘れてしまったらその気持ちを認める存在がいなくなってしまうからです。

 

世界とぶつかること

今まで内面世界で生きてきたヨシカが、ついに世界と向き合わざるを得ない瞬間がやってきます。

同窓会をきっかけにイチとの交流に成功したからですが、そこで彼女は予想外の結果に向き合います。

そして、ほぼ時を同じくしてニにも、絶対に知られたくなかった恋愛経験ゼロの事実を(信頼していた来留美経由で)知られてしまいます。

ヨシカが内面を隠すのは「情けない(と自分で思う)部分を知られたくない」のも理由の一つでしょうから、この事実はかなりの破壊力をもって彼女に襲いかかります。

全力で社会とのつながりを絶って引きこもるわけですが、絶望を乗り越えてこそ成長や発見があるわけで、ヨシカは思ってもみなかった結末を迎えます。

破れかぶれだけどよく頑張ったよヨシカ!

多分これからも色々あるけど、殻を破った後の発見を胸に生きていくことが重要なんよ!

と言いたくなるラストでした。

 

おわりに

学校時代を紛れも無い陰キャとして過ごした私には、あるあるすぎる場面が多々ある映画でした。

あと数年観るのが早かったら、胸が苦しくて最後まで見られなかったかも。笑

松岡茉優ちゃんが、もがき苦しむこじらせ女子を好演しています。

邦画ラブコメのおすすめを訊かれたら、迷わず推薦したい作品です。

 

 

 

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映画『ボヘミアン・ラプソディ』

初日に行った方たちが絶賛していたので、観に行ってみました。

映画館で観て大正解だったと思ったのでネタバレにてご紹介します。 

 

 

あらすじ

70年代のロンドンで、ペルシャ系インド人の青年ファルークは空港の荷役の仕事をしていた。

彼は、お気に入りのバンド・スマイルからボーカリストが脱退して困っていたところに、自身を加入させるよう売り込む。

ギターのブライアンと、ドラムのロジャーは彼の加入を承諾し、ベースにジョンを引きれて新しいバンドをスタートさせる。

ファルークは後にフレディ・マーキュリーと改名し、バンドは後に音楽史に伝説を残すQUEENの始まりとなった。

伝説的な成功の軌跡と、活動期間の後半に訪れた決裂、そして1985年のライヴエイドの舞台までを描く伝記的映画。

 

クイーンとボヘミアン・ラプソディ

ボヘミアン・ラプソディはクイーンの楽曲の中でも驚異的なセールスを記録した一曲であり、多くの人に知られています。

有名曲のためそもそも引用される回数の多さもありますが、一度聴いたら忘れられないインパクトがあることから、誰もが聞き覚えがある曲の一つではないでしょうか。

前衛的な表現が多々盛り込まれていることに加え、6分と言う長さ、バラードやオペラやロックと言った複数の分野の曲が組み合わされていること、歌詞の奔放さなど、どの部分を取り出しても規格外な楽曲です。

まさに芸術は爆発だと体現しているような狂想曲。

ロックミュージックの枠に囚われず、あらゆる音楽を表現の対象とした彼らの活動を象徴する一曲と言っても良いと思います。


Queen - Bohemian Rhapsody (Official Lyric Video)

本作には、タイトルにも掲げられているボヘミアン・ラプソディを始め、数々のクイーンの代表曲が挿入されています。

クイーンのメンバーであるブライアン・メイロジャー・テイラーが音楽プロデューサーを務めていることもあり、音楽の大盤振る舞いです。

また、『We will rock you』や初期の代表曲が生まれた背景や、レコーディング風景も物語に織り込まれています。

聴いたことのある名曲を聴ける楽しみと、「こんな風にあの曲が生まれたのか!」という驚きがありました。

個人的には、『We will rock you』がブライアン・メイの「オーディエンスと一つになりたい」「バンドと一緒に曲に参加してほしい」という思いを背景に作られたということを初めて知って感動しました。

あのスタンピングとクラップにはそんな理由があったんですね。


Queen - We Will Rock You (Official Video)

 

成功と孤独

フレディは無名の時代から知っているメアリーと結婚しますが、バイセクシュアルであることをカミングアウトした後、彼女と別れます。

彼女を失った後の孤独と悲しみは、常にフレディの心について回ったことが描写されていました。

メアリーはずっとフレディのことを真に思いやる友人であり続けるのですが、セクシュアリティを捧げるパートナーの席をフレディが占めることはその後なかったようです。

バンドの他のメンバーと違い、フレディだけに自分自身の家族がいないという点も彼の寂しさを募らせます。

孤独に付け込んだマネージャーのポールに、ソロ活動開始後は公私ともに手綱を握られ、本当に彼を思いやる人々から隔絶され、精神的にはますます追い詰められていきました。

連絡がつながらないことを怪しんだメアリーが彼のもとを訪ねたことで憑き物が落ち、ポールを叩き出すと、バンドメンバーに謝ってクイーンに戻ります。

事実を辿ると、メアリーとの破局はカミングアウトではなくフレディの浮気によるもののようです(他のメンバーも浮気はしていたようなので映画では掘り下げなかったのかも)。

音楽メインの映画なので、ドラマとしての完成度は標準的ですが、どんな成功も寂しさを埋め合わせることはできないんだと思わされます。

そう考えると、映画冒頭で流れる曲が『Somebody to Love』だったのは秀逸な采配です。

できれば彼のセクシュアリティによる葛藤や、ソロ活動誘致による亀裂だけではなく、バンド活動の中での4人のぶつかり合いを(描かれているよりもっと多く)見たかったですが、時間の制限上難しそうなので致し方なし。

全編を通じて印象的だったのは、多少調子に乗ったり、無神経な発言をすることはあっても、フレディが基本的には素直な人に見えたことです。

音楽に対する真剣さや、メアリーへの思い、猫への愛着など、人間としての素朴な感情が伝わってくる場面が多かっただけに、終盤の運命はやりきれないものがありました。

フレディの無邪気さを受入れていたからか、そして各人が高学歴なこともあってか(なぜか全員理系)、他の3人のメンバーは理性的にフレディを支えていたように見えます。

 

バンドメンバーの再現度

主役でボーカルのフレディ・マーキュリー、ギターのブライアン・メイ、ドラムのロジャー・テイラー、ベースのジョン・ディーコン、それぞれについてかなり高い再現度でした。

特にブライアンとジョンは生き写しで、スクリーンを観ながら何度も「もうこれ本人じゃん…」と思っておりました。笑

当時の映像や、本人との交流などを通して振る舞いや雰囲気を研究しているらしいのですが、もはや再現のレベルを超えてました。

一番似ている人を決めるとしたらブライアンだと思いますが、それもそのはず、ブライアンが最も俳優陣の役作りに積極的に貢献したようです。

『ボヘミアン・ラプソディ』役作りの苦労をキャストらが語る - シネマトゥデイ

ロジャーは本人のほうがスレた感じがあるのと、フレディは体格がめちゃくちゃいいので演じたラミ・マレックと若干サイズ感が違いますが。

なおフレディの音声は、ほとんど本人の歌声を映像に当てているそうです。

私はそれを知らずに観ていて「本人みたい!」と勝手に感激していました(本人でした)。

 

おわりに

この映画の特徴は一にも二にも、クイーンの名曲が惜しみなく盛り込まれていることでしょう。

楽曲の魅力に充分に浸るためにも、少しでも興味のある方には映画館で観ていただくことを強く勧めます。

大抵の映画について「面白い作品は映画館で観たってPCで観たって魅力は味わえる」と思っている私ですが、本作については見解を改めております。

特に、クイーンにとって特別な場所であるウェンブリー・スタジアムでのライヴシーンは圧巻です。

クイーンをよく知らない方にも、彼らの楽曲を知る導入編として、是非お勧めしたいと思える映画でした。

 

 

 

Night at the Opera

Night at the Opera

 

映画『ペーパー・ムーン』

不朽の名作ロードムービーをご紹介します。

静かで淡々としているように見えて、でも2人を見守りたくなる不思議な映画です。

1973年のアカデミー賞で、本作のテイタム・オニールが史上最年少の9歳で助演女優賞を受賞しています。

 

あらすじ

1935年、大恐慌期のアメリカ中西部。

詐欺師のモーゼは、事故で亡くなった恋人の9歳の娘アディを、ミズーリ州の伯母のもとまで連れて行くことになる。

モーゼは事故の相手の元へ行って慰謝料をせしめ、アディを電車に乗せて送り出そうとするが、アディは慰謝料が彼女のものだと主張。

通報されるのを恐れたモーゼは、アディに返す金を詐欺で稼ぎながら、ミズーリ州まで彼女を車で送ることにする。

嫌々ながら2人旅を始めたモーゼだったが、アディは呑気な大人を出し抜く強かさを持った、驚異的に賢い少女だった。

 

聖書詐欺師モーゼ

モーゼは地方新聞の死亡欄を見ては、遺族の元を訪ね、聖書を売りつける詐欺師をしています。

あたかも故人が妻や家族のために聖書を注文していたのが届いたかのように話し、何も知らない遺族から小金をせしめます。

遺族は「まあ、あの人が私のために…?」と心を動かされたり、「死んだ人が注文したものなんて知らん」というのも気が引けるし、と思ったりするので、まあまあな回収率です。

有り難い名前を名乗っておきながら何てことをしているんだ。。。

モーゼはこの仕事で学んだ話術で、アディの母が亡くなった事故の相手先から慰謝料をむしり取ります。

で、自分の懐に入れようとしますが賢いアディは見逃しません。

使い込んだ慰謝料を返すまで、彼女を放り出さず一緒に旅をするよう詰め寄ります。

詐欺師だけど何やかんや極悪人ではないモーゼは、根負けしてアディの伯母がいるミズーリまでの道中、詐欺を続けながら返済をしていくことになります。

 

天才助手の出現

アディはモーゼの詐欺の助手として、天賦の観察眼と機転を発揮します。

聖書の代金として要求する金額を、相手の家や身なりから判断して上げさせたり、

子どもという立場を利用してお釣りをちょろまかして儲けたり、

スタートはモーゼの真似であるものの、すぐに彼以上のパフォーマンスを見せます。 

飲み込みが良くて頭の回転が速く、胆力もあり、それらの才能をフル活用しています。

しかも、モーゼが踊り子のトリクシー・ディライトにうつつを抜かし、お金を浪費した時には、他者を抱き込んで2人が分かれるよう工作する天才です。

それどころか禁酒法を逆手にとって商売する悪者すら手玉に取ります。

9歳とは思えない現実離れした頭の良さなのですが、手段は原始的なのでなるほどと納得してしまいました。

 

アディの気持ち

劇中、モーゼに言うことを聞かせ、大抵のことは思い通りにしてしまう(ように見える)アディですが、ほとんど笑いません。

感情をほとんど出さず、何だか寂しそうに見えますが、後半はモーゼとの絆が深まり、やや心を開いているようにも見えてきます。

彼女はモーゼが自分の父親ではないかと考えて、何度もそう尋ねていました。

その度に否定されますが、それでも何度も訊いていること、優しく裕福な叔母の家をすぐに飛び出してモーゼを追いかけるところを見ると、アディはモーゼが父だと信じているようです。

事故で突然母を失い、挙句に一緒に旅した父からも離れるのは嫌だったのかもしれません。

まして悪行に失敗してぼろぼろになったモーゼはなおさら心配だったのでしょう。

アディが子どもらしからぬ知恵と冷静さを身に付けたのには、寂しい背景があったんじゃないかと勘ぐってしまいますが、2人で選んだ結末の先に少しでも楽しい時間が控えているといいなと思います。

なお原題そのままのペーパー・ムーンという言葉には、作りもの、まやかしという意味があります。

モーゼが本当にアディの父親かはさておき、疑似家族のちぐはぐした温かさを予感させるキーワードです。

 

ライアン&テイタム・オニール

実はモーゼ役は、アディを演じたテイタム・オニールの実の父なのですが、その割にアディはめちゃくちゃ表情が硬い。

気になってWikipediaを見てみたら、テイタムは幼少期に親から虐待を受けていたとのことで、アディの纏っていた寂しさの理由はもしかしたらこれかも、と思うと遣る瀬無い気持ちになりました。。。

愛されて天真爛漫な子どもが、アディを演じるためだけにあのオーラを出していたなんてことがあるのか?と不思議だったのですが、実体験からアディの気持ちを一部知っていたのかもしれません。

完全に信頼はできない、無償の愛を期待できない相手でも、自分自身の知恵で武装しながら追いかけていくと言う姿勢を感じてしまいました。

まだ200ドル貸しがある、とモーゼを呼び止めるのではなく、置いていかないでと言えれば良かったと思うのは、そういうことはエンターテイメント作品に期待する話じゃないかもしれません。

実際、アディの「孤高の子ども」感がこの映画を特別にしているのは間違いないので、彼女が普通の子どもみたいだったら、ただのほのぼのロードムービーになってしまったでしょう。

でもいつか、そうやって素直な気持ちをぶつけられる相手にアディが出逢えたらいいなと思います。

 

おわりに

普遍的な物語になるようシンプルな脚本を目指した、という製作者の意図が見事に奏功して、時代関係なく引き込まれる映画になっていました。

各種レビューの点数が高いのも頷けます。

モノクロ画面や、アメリカ中西部の荒涼とした雰囲気もあいまって、寂しさを常に感じる映像ですが、「広い世界に2人きり」感があってストーリーによく合っていました。

素朴なロードムービーが観たい方にお勧めしたい映画です。

 

 

 

ペーパー・ムーン (字幕版)

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諸々の映画つぶやき

ブログをお休みしている間、Twitterで映画情報を集めたり、大喜利に参加したり、映画に対する想いを雑多に呟いたりしておりました。

一部のツイートはいつか記事に仕上げたいので、備忘も兼ねてまとめます。

 

 

 

 

 

 

やっぱりツイートの集合ではすぐに読み終わっちゃいますね。

またレビューを書きますので、引き続きよろしくお願いします。