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本と映画と時々語学

書評、映画評、時々語学学習や時事ネタなど書き綴りたいと思います。

映画『ボルベール〈帰郷〉』

スペインが誇る映画監督ペドロ・アルモドバルの作品をご紹介します。

 同監督の特徴でもありますが、女性を主人公として母と娘、姉と妹、友人など女性同士のつながりと生き方を描いています。

主人公のライムンダ(ペネロペ・クルス)のマドリッドでの生活と、故郷のラマンチャの人間関係を軸に物語が展開します。

 

 

あらすじ

ラマンチャ出身のライムンダは、無職の夫と娘パウラとマドリッドで暮らしていた。

ボケ始めている高齢の伯母パウラが故郷で一人暮らししていることを、姉と一緒に気にかけたりする毎日。

ライムンダの稼ぎで生活していた3人だったが、ある日家に帰ってきた彼女は、泣きじゃくる娘と、夫の変わり果てた姿を眼前にすることになる。

娘から事情を聞いたライムンダは、彼女を守るためある行動に出る。

そのライムンダには、今まで誰にも言えなかった秘密があった。

 

謎と秘密

 ラストシーンでコピー(ママ、話したいことが山ほどあるの。)の意味がわかります。

映画のほとんどの登場人物は女性で、家族や友人など様々な人間関係がありますが、その中でも母と娘は重きが置かれています。

ライムンダと母、パウラとライムンダ、アグスティーナと母。

子どもにとって母は頼りたい存在であり、大人になっても心のなかに一定の場所を占め続ける存在だと思います。

その関係が良かったのであれ悪かったのであれ。

そして、大人になって母が辿って来た年齢を追体験すると、母が人間だったこと、多分子どもである自分のことだけでなく、色々な何かに追われていたかもしれないことに気付きます。

いろいろな個人にとって拠りどころや帰る場所、ルーツでありながらも、母は単に身近な一人の生身の人間でもあります。

母を始めとした女性たちが秘密や謎や罪を抱えながら様々に生きる姿を、淡々と描きつつ肯定しています。

登場人物たちの、母を巡る人間関係は少しずつ謎に包まれています。

失踪していたり、誰も目撃者のいない状況で死を迎えていたり、家族にも言えない秘密があったり。

物語が進むに連れて、新たな事実が一つ一つ判明していきますが、それは母が生身の人間になっていく過程とも言えます。

 

アルモドバル作品らしさ

登場人物は皆、何ら特別なところがないどころか、人に言えない秘密や口にしたくない暗い過去を持っています。

でもそれによって格好悪く見えることはなく、温かく描かれているのがアルモドバル作品らしいところだと思います。

秘密や過去を共有しながら力強く生きていく女性たちの様子を見て元気になれました。

ただ、画面に出てくるのは圧倒的に女性であり、男性で良い人が全然登場しない作品なので、男性から見ると全然違う感想を持たれるかも知れません。

ほんとろくな男性が出てきませんので。笑

ちなみに同監督の『トーク・トゥ・ハー』では落ち着いた人格の男性が物語の案内人のような役を務めています。

女性の横顔を淡々と描くのは、アルモドバル監督の代表作である『オール・アバウト・マイ・マザー』と似ていると思いました。

こちらの作品も登場人物は女性ばかりで、ラストシーンも本作と似ています。

また、勧善懲悪や恋愛の成就と言った、わかりやすいストーリーの流れがなく、「何が起こってどう解決する話なのか」単純な説明が難しいところも、他の作品に通じるものがあります。

 

主演のペネロペ・クルスについて

全編スペイン語なのですが、ペネロペ・クルススペイン語が結構聞きやすいと感じました。
日本語字幕を見ながら聞けば、スペイン語学習者には丁度いい教材です。

それでも恋するバルセロナ』もそうだったけど、ペネロペ・クルスの画面上での存在感が群を抜いていますね。

この圧倒的存在感、目の前で見たらどんな感じがするんだろうかと考えてしまいました。

そして何と言っても美しい。

鮮やかな色の衣装が似合うところも、色気のある表情も、抜群のスタイルも、画面上の姿から目が離せませんでした。

スペイン映画好きの人と話すと、ペネロペ・クルスはハリウッド映画に出ている時より、スペイン映画に出ている時の方がずっと良い!という声をよく聞きます。

ハリウッド映画ではラテン系田舎娘的な雰囲気になりがちで、スペイン映画に出ている時のような美しさが発揮されないのだとか。

ハリウッド映画の彼女をあまり観たことがなおのですが、スペイン映画で観る彼女は確かに美しいですね。

 

おわりに

恋人同士や家族そろって観るにはおすすめできませんが笑、いろんな女性にじっくり観てほしいなーと思う作品です。

男性の監督(ゲイだと公表しています)が、これほど女性に対する洞察の深い映画を作っていることに、しみじみ驚きます。

少し話が違うけれど、「女は強し」みたいなモチーフは、ジェンダーロールの強い文化の方が良く出てくる気がします。

同じスペイン映画の『スガラムルディの魔女』もそうでした。

ただし、そうしたコンテンツの多くからたまにしばしば感じられる、「何か女性性に対して都合いい偶像持ってるっぽい」雰囲気はまったくありませんでした。

淡々と受け止め、肯定するという視点のブレなさが、全編通じて流れているような映画でした。

 

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ドラマ『デスパレートな妻たち』2

前回の記事に引き続き、米国ドラマ『デスパレートな妻たち』をご紹介します。

概要は前回のエントリーでご紹介したので、この記事では見どころについてとくと語りたいと思います。

 

 

4人の人生の変化

各シーズン20話以上、それがシーズン8まであるので、何と言ってもボリュームが多いです。

その間、物語の舞台となるウィステリア通りでも長い時間が経過します。

メインロールの4人も、そのパートナーも、彼らの子どもたちも歳をとり、恋愛、離婚、再婚、別居、出産、闘病、服役などを経験します。

基本的にはめちゃくちゃストーリーの濃い昼ドラみたいな話なのですが、家庭生活とキャリアの両立、パートナーとの愛情、親子の絆など、バカにできないメッセージがたくさん込められています。

シーズン1の時点で、一番若いガブリエルでも30歳前後ですので、完結の時点で4人はアラフォーないしアラフィフ世代になっています。

 永遠に歳を取らず、何年も似たようなトピックにうつつを抜かすというのではなく、現実世界のように時間や時代が進行。

長期間人気だった理由の一つでしょう。

単なるドラマ作品を観ているだけでなく、登場人物たちの人生を目撃しているような気持ちになれます。

マンネリ化せず、次々に新しい展開を打ち出すことにも一役買っていました。

歳をとっても友情や愛情のある人間関係を諦めず、全力で生きていたメインロールの4人に元気をもらうこともできました。

 

また、このドラマでは、キャリアと家庭生活の両立への悩み、思春期の子どもたちとの意思疎通の悩み、経済的困難、不妊や流産など、いろいろな人の人生に共通する悩みも描かれます。

SATCでもそうでしたが、多くの人が直面する問題や悩みを描くことによって、登場人物と視聴者の距離をぐっと近づけることに成功しているドラマでもあるでしょう。

 

4人を取り巻く人々

4人はそれぞれに個性的なパートナーや(元)夫を持っています。

バリバリのキャリアウーマンのリネットと、職業人としての優劣に悩み続けるトム

豪華絢爛な暮らしを望むガブリエルの願いを叶えてあげる一方で、当初彼女の寂しさには気づかないカルロス

スーザンを裏切って離婚したのに、何かと望まれないタイミングでウィステリア通りに姿を現わすカール

ブリーの完璧な家事を「息苦しくなる」と評しながら、彼女の葛藤に気づかないレックスなど。

リネット、スーザン、ブリーにはシーズン1開始当時から子どもがいますので、親子の人間関係も見どころの一つです。

個人的には、ガブリエル夫妻が一番好きです。

ガブリエルは、演じているエヴァ・ロンゴリアがとにかく美しいというのも、我儘で自分の欲しいものに貪欲なところも好きです。

カルロスは当初、優秀で彼なりにガブリエルを愛しているけれど傲慢な富豪として描かれます。

しかし、経済的困難、服役、不妊、出産などをともに経験していくうちに、ときには絶望的な仲違いをしつつも、かえって、お互いがなくてはならないパートナーであることを実感します。

特にカルロスの成長、器がどんどん大きい人物になっていくところは驚きでした。

根は良い人のようで、時折、傲慢なビジネスマンとしての一面と、博愛主義に生きて社会に貢献したい内面との相克に苦しむ時もあります。

登場人物のライフステージだけでなく、内面的変化が実感できるのもまた、ストーリーの多様性に貢献していました。

 

もう一つのみどころ 

ガブリエルやブリー、ルネのファッションが素敵で目が離せません。

特にガブリエル!

彼女は4人の中でも一際輝く美貌とラテンの色気の持ち主です。

同時に極度の物質主義者であり、高価なものやブランド品に目がありません。

着る服一枚一枚、使うバッグの一つ一つにハイブランドの輝きがあり、目を奪われます。

高級品ばかり身につけているだけでなく、終盤で強調されている通り、組み合わせのセンスも天才的です。

途中から、目まぐるしく変わる彼女の衣装を目当てに観続けるようになったと言っても過言ではありません。

 

おわりに

放送終了からだいぶ時間が経っていますが、まったく色褪せない面白さのある作品です。

4人のうちの誰かに共感したり、時にはツッコミを入れながら、多くの人に楽しんでもらいたいと思います。

 

 

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ドラマ『デスパレートな妻たち』

 米国ドラマ史に残る対策であり、昼ドラ的一大叙事でもあるドラマシリーズをご紹介します。

 

 

あらすじ

閑静な郊外の住宅街ウィステリア通りで、平凡な主婦メアリー・アリス・ヤングが拳銃自殺した。

主婦仲間のスーザン、ガブリエル、ブリー、リネットは、 何不自由なく生活しているように見えたメアリー・アリスの自殺が信じられなかった。

その頃、ウィステリア通りにハンサムな配管工マイクが転居してきたことで、スーザンと不動産業者イーディは恋敵となる。

ガブリエルは多忙な夫カルロスとの生活に満ち足りない思いを抱え、ついには若い相手との不倫に興じ始める。

完璧に見える主婦ブリーは夫や思春期の子どもとの関係に悩み、リネットもまたキャリアを諦めての子育てにやりきれない思いを抱えている。

 メアリー・アリスの死を発端に事件が事件を呼び、メインロール4人の波乱万丈な人生が視聴者の関心を掴むソープオペラの大作。

 

メインロールの4人

スーザン…絵本作家。4人の中で一際好奇心が強くおせっかいで、主人公的位置付け。

弁護士のカールと離婚し、1人娘のジュリーと暮らしている。

料理は壊滅的なほか、性格に幼いところが多くしばしばジュリーと親娘の立場が逆転する。

転入してきたハンサムな配管工マイクを好きになり、彼に近づこうと奮闘する。

 

ガブリエル…元モデルで容姿端麗なラテン系の女性。

教養はさっぱりだがファッションセンスと色気はピカイチ。

わがままで自分が大好き、その自尊心とど根性で事態を打開したり、新たなトラブルを呼び込んだりする。

ケンカばかりだが同じくラテン系の夫カルロスのことは愛しており、多忙な彼を思って寂しくなることもしばしば。

思春期に虐待を受けたトラウマを抱えている。

 

ブリー…炊事掃除といった家事だけでなく、ガーデニングやインテリアデザインも完璧にこなすカリスマ主婦。

 その一方で、家族である夫、息子、娘とは分かり合えない時間が長く続き、夫との別離や子どもとの軋轢など、崩壊していく家庭に向き合わざるを得なくなる。

伝統的価値観を重んじる典型的な共和党支持者だが、自ら決めた目標のためには大胆な一手を打つことも多々ある。

 

リネット広告業界のエリートキャリアウーマンだったが、妊娠を機に泣く泣く退職。

以後妊娠の連鎖に見舞われ、得られるはずだったキャリアパスと、家事育児に奮闘する現状を思って苦悩し続ける。

いつまでもやんちゃな子どもたちや、童心を忘れられない夫に振り回される日々だが、たしなめ役が定着しすぎて素直な愛情表現が苦手になっている。

 

目が離せないシナリオ

とにかく息もつかせず事件に次ぐ事件、スキャンダルに次ぐスキャンダル、秘密に次ぐ秘密が繰り出されるので、ハラハラしっぱなしです。

もうこの謎が解決したら観るのやめようかな…と思っていても、すぐ次の気になるネタが出てきてしまい、やめられません。笑

そして脚本家の術中にはまっていく私たち。

メインロールが4人なので、誰かの状況が落ち着いても別の誰かのネタが降ってにます。

あるいは新しい誰かがウィステリア通りに引っ越してきたりします。

 

留学中、ある寮の女の子たちが毎週水曜にTVルームに集まってこのドラマ(独題:Verzweifelte Hausfrauen)を観ているらしいと聞きました。

あの時はわからなかったけど、実際に観てみた今なら彼女たちの気持ちがわかります。笑

 

あまりにレビューのボリュームが多いので、もう一つの記事に続きます!

 

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ドイツ映画が好き

何度かドイツ映画をご紹介しています。

ドイツ語学習者だからというのもありますが、日本に入ってくるドイツ映画の秀作はいつまでも記憶に残る作品が多いイメージがあります。

大人気になるタイプの映画は決して多くありませんが、いくつか私がいいなーと感じているドイツ映画の特徴をご紹介します。

 

歴史への考察

第二次世界大戦東西ドイツの分裂と統合、この2つはドイツ映画で頻繁に取り上げられるトピックです。

特にナチスに対する考察は鋭く、史実や実話に基づいた詳細な描写や、鋭い問いを投げかけてくる/観ている人にも考えさせる作品が多いです。

『顔のないヒトラーたち』はその代表格です。

このタイプの映画は、しんどいシーンが多かったり、考えることに物凄いエネルギーを使うので、心が元気な時に観た方がいいです。

さもなきゃ、思い切り落ち込んでデトックス効果を狙いたい時に観るとか(ただしやりすぎ注意)。

 

ドイツ人の友人は、ドイツ映画にこうした重いトピックが多いことを指摘して、「私はドイツ映画微妙だと思うな。なんかいっつもトピックがクソ真面目で深刻で」と言っていました。

確かに彼女のいうとおり、エンターテインメント性のある作品は少ないです。

ただ、売れるだけが映画じゃないと信じている私としては、深いテーマを掘り下げて「あの頃あの時何があったのか」を伝えてくれる作品をちょいちょい観たくなります。

 

人間に対する洞察

前項とセットになる部分も多いのですが、「人間とは」を考えさせる映画が多いです。

歴史の考察とセットになっている作品では、異常な状況で人はどう行動してしまうのか/どんな行動をとることができたのか、を掘り下げることが多いです。

典型的なのは『ハンナ・アーレント』です。

まだ記事を書いていませんが、『白バラの祈り--ゾフィー・ショル 最期の日々』もそうですね。

 『帰ってきたヒトラー』もコメディでありながら人間洞察の鋭い映画でした。

 

コメディだけじゃないコメディ

『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』や『帰ってきたヒトラー』のように、笑いのネタをばっちりと仕込んでおきながらも、終わった後に内容を思いだしながら色々考えさせられる映画があります。

単純に面白くて楽しめる作品を作るだけでなく、切なさや人間への洞察も絡めた内容にできるところが凄いです。

 

まとめ

歴史や人間の心理を掘り下げつつ、時々面白いだけじゃないコメディも送り出しているのがドイツ映画界、というイメージです。

もちろん全てのドイツ映画にこれらが当てはまるわけではなく、あくまで私の感想です。

ヨーロッパの映画は、日本に入るまでにフィルターがかかっているので、そもそも輸入されるのは傑作ばかりですから、実際はそんなことなくてもいい作品ばかりに見えているかも知れません。

 

とは言え、ドイツ語学習を兼ねてこれからも観続けていきたいと思います。

映画『ラ・ラ・ランド』

話題の名作を、ついに観に行ってきました!

前回挑戦した時は未遂に終わってしまったので、2度目の正直!

今回もネット予約だけでほとんど席が埋まってしまっていたので、休日に観たい方は早めに席を押さえる必要がありそうです。

上映規模はだんだんと縮小しているけれど、それに対して観たい人はまだまだいるという感じがします。

ネタバレまじえて書いていきたいと思います。

kleinenina.hatenablog.com

 

 

あらすじ

大学を中退してハリウッド女優を目指すミアと、自分のジャズバーを持つことを夢見る雇われピアニストのセバスチャン。

偶然の出会いが続いた2人はやがて恋に落ち、互いに励まし合いながら夢を追う充実した日々が続く。

しかし、夢を叶える途上で現実と目標のギャップに苦しんだり、安定した生活と夢を追い続けることの間で悩んだりと、次第に苦しい時間を重ねていく。

 

美しいミュージカル映画

初っ端からハイウェイの渋滞で歌って踊ります。

一人一人のエナジェティックなダンスと歌声に一発目から引き込まれました。

そして、その後に続くパーティの場面でより明らかになる、色遣いの美しさ。

各登場人物の着ている服や調度品が、カラフルで、配色も美しかったです。絵画みたい。

明るい気候のカリフォルニアを背景としていますので、鮮やかな色たちが一際映えます。

後半にも、序盤ほどの密度ではありませんが歌やダンスが入ります。

登場人物が歌う曲だけではなく、セバスチャンやその他のミュージシャンが弾くジャズ音楽も見どころの一つです。

 

物語の切なさ

既に映画を観た人のレビューをチラチラと拝見していると、「切ない」「叶わなかった願い」といったキーワードが出てきます。

私もこの映画の物語の大事なポイントは、「叶わなかった人生への追憶」だと思っています。

成功した人でも、幸せそうな人でも、過去のどこかで選べなかった人生の分かれ道に思いを馳せることがある。

だけど、それは責められるべきことでもなく、何が何でも選び直さなければならないわけでもない。

だって自分は一人しかいないから、選択肢は幾つあっても一つしか選べない。

それでも人生は続くんだ、と実感しました。

 

 

夢追い人の町

ヒロインのミアは女優を目指し、カフェでアルバイトをしながらオーディションを受ける日々ですが、ろくろく演技を見てもらえずに落とされることもしばしば。

もう一人の主人公セバスチャンは、レストランでピアノを弾いて日銭を稼ぐ日々。

しかし、陳腐で凡庸な曲を弾かされることに逆らい、クビになります。

その後は正統派ジャズへの情熱を持ちつつも、自分を殺して指示された音楽だけを弾いていきます。生活のために。

2人は夢と現実のギャップにもがきながら、一緒の時間を過ごしますが、セバスチャンの多忙さも手伝って、やがて決定的な破局を迎えます。

2人の気持ちが完全にすれ違ってしまう喧嘩の場面を見たときはぼろぼろ泣いてしまいました。

音楽や演技と言った芸能業界は、仕事の仕方、自身の売り込み方、いつまで仕事を続けるか、いつまでデビューを目指すかなど、自分で選ぶことが多い分かえって、「どうしたらいいんだ?」「どう判断するのが正しいんだ?」と悩むことも多そうです。

そうした悩みが、お互いにぶつけられてしまった結果、ミアとセバスチャンは一緒にいることを諦めます。

セバスチャンが多忙になりすぎたことも理由の一つですが。

ミアのルームメイトや、セバスチャンの音楽仲間など、LAには夢を追ってやってきた人たちが沢山います。

しかし、成功できる人は一握りだし、望むものすべてを手にできた人はきっといません。

忙しくなる中で何かを諦めたり、新しい世界に飛び込んでそれまでの人間関係と疎遠になったり、置いてきてしまった何かがあるんだろうな、と2人を見ながら考えてしまいました。

個人的に、2人を演じた俳優さんをこれまであまり見たことがなかったので、先入見・雑念なく感情移入して観ることができました。

 

過去の名作へのオマージュ

元々、過去の映画作品のパロディ・オマージュが多数仕込まれた作品と言うのは聞いていましたが、私が理解できたのは2つだけです。

・ストーリーの大枠がフランス映画『シェルブールの雨傘』に似ている

・『カサブランカ』のヒロイン、イングリッド・バーグマンの絵や写真が何度か写りこむ

シェルブールの雨傘』は、ネタバレ防止で詳しく言いませんが『ラ・ラ・ランド

の2人と大筋で経過が一致します。

カサブランカ』は、ミアが好きな映画として挙げており、同映画に出てくる窓の見える店でアルバイトをしていると話すシーンがあります。

 

私がわかったのはそんなもんですが、ミュージカルや映画全般にもっと詳しい人が見ると、こんなに元ネタが沢山見つかるそうです。↓

『ララランド』がオマージュしたミュージカル映画とのシーン比較 - アートコンサルタント/ディズニーやミュージカル、ビジネス情報サイト

すごいですね…驚き。

私はこの映画が好きですが、ここまで過去作品にのっとった場面が多いとなると、アカデミー作品賞を獲らせなかった理由は少し納得できるかなと思いました。

 

おわりに

賛否両論な映画と聞いていましたが、それもこの作品への期待値が高かったことの裏返しだと思います。

歌やダンス、音楽はいちいち好きになってしまうし、カリフォルニアの風景をバックに鮮やかに配色された映像も目を奪うものでした。

「人生」について考えてしまったぜ!という意味では、他国の代表選手『ニュー・シネマ・パラダイス』や『シェルブールの雨傘』に似た系統の味わいもあります。

なので、映画音楽や映像作品としての完成度についても、ストーリーの深みについても、期待していい作品と分類しています。

サウンドトラックはぜひお買い上げしたいと思います!

 

Ost: La La Land

Ost: La La Land

 

 

映画『西の魔女が死んだ』

同名の児童小説を原作とした邦画。

派手なことは何も起こらないけれど、主人公の心が静かに再生していくなかで観る側の心も洗われていくような作品です。

 

 

あらすじ

不登校になったクオーターの少女・まいは、中学校を休むことを決め、母に連れられて祖母の家に行く。まいはイギリス人の祖母と自然豊かな家で暮らすなかで、傷ついた不安定な心を癒やしていく。
また、祖母が魔女だと教えられたまいは、自らも魔女になりたいと願って祖母の指導のもと魔女修行に勤しむことになる。

 

西の魔女について

山の自然の風景が美しいのと、おばあちゃんもといサチ・パーカーの美しい日本語に心が洗われるような作品でした。

思春期の少女の家族として、教育者として、いつかこのおばあちゃんのような人間になれたらいいなと思います。
まあ娘どころか配偶者もいないんですけど。

信念があって、愛に溢れていて、それを上手に言葉や行動にして伝える大切さを知っている。
強い信念を持っていたり、相手に高い期待を抱いていると、言葉や態度が厳しくなりがちな人は多いけれど、このおばあちゃんにはそれがありませんでした。

もちろんそれは、祖母と孫という距離感だからこそ保てる関係かも知れません。
終盤でまいの母(おばあちゃんの娘)と話しているときは少し厳しい態度でした。
「考えなければわかりませんか」なんて、きっとまいには言わないでしょう。

 

主人公まいについて

まいの父母は、都会的で少しドライな雰囲気を持っているけど、おばあちゃんや郵便屋さんとの距離感はもっと近いです。
表層的な人間関係に倦み疲れたまいには丁度いい場所だったのでしょう。

感受性が強くて、頭の良すぎるまいにとって同世代の小さな社会は居心地悪かったかもしれない。

けれど、自分の思いを丁寧に聞いて受け止めてくれる人と過ごせたことで、正論や正義では上手くいかないことのある外の世界にもう一度戻っていく自信を身につけます。

元々気骨があって、はっきりとした自分の考えを持っているので、スタートがうまくいけばきっと順調に成長していけるでしょう。

新しい場所では、本当に分かり合える友達を見つけられるといいですね。

 

キリスト教的世界観、悩みと成長

 おばあちゃんとまいは、鶏小屋が動物に荒らされて鶏が死んでしまった時、死について語り合います。

死とは魂が体を離れて自由になることだと、おばあちゃんは言います。

痛みや苦しみを感じる体を離れると、魂は自由になれる。

それを聞いたまいは率直な思いをおばあちゃんにぶつけます。

「だったら、身体なんか要らない。

 何だか、苦しむために身体ってあるみたい。

 あの鶏だって、身体を持つ必要があったの?」

しかし、おばあちゃんは落ち着いた声で答えます。

「でもねえまい、魂は、身体を持っているから色々なことが体験できるんです。

 色々なことを経験しなければ、魂は成長できないんですよ」

 

おばあちゃんの考えの根底にあるのは、キリスト教的世界観・死生観でしょう。

しかし、このやりとりは、宗教にこだわらずとも重要なメッセージが込められています。

身体を持つ必要があるのか、というまいの問いはそのまま、苦しむ必要はあるのか、と言い替えることができます。

おばあちゃんの答えは、身体を持つことを肯定しており、苦しむ必要性を否定していません。

魂を成長させるのに必要な「色々なこと」に、悩みや苦しみも含まれているわけです。

悩みや苦しみなどのネガティブな刺激=要らないものではない、ということ、魂の成長に必要な経験であるということです。

すなわち、まいが中学校のクラスメイトとの関係に行き詰まったことを始めとした、悩みを抱えて苦しんでいる状態も肯定しているのではないでしょうか。

どんな人でも、生きていれば、悩んだり苦しんだりした経験があります。

でも、振り返って「今までの悩みや苦しみ全部なければよかった」と心から思う人は少ないはずです。

大人になった今はそう思います。

中学生のまいはまだそのことに気付いていなかったかもしれませんが、おばあちゃんとの対話を糧に、きっと悩みと成長の関係を理解できたと思いたいです。

 

まとめ

ドラマチックな演出も派手な展開も一切なく、素朴なやりとりが多い映画です。

でも、自然に囲まれたおばあちゃんの家をはじめとして、美しい映像と、落ち着いた会話に癒やされます。

大人が見ても感動できると思いますが、思春期の記憶が新しい若い人にこそ響く映画かなと思いました。

大人になりたての人たちに、少し辛いことがあったときなどに観てほしい映画です。

 

 

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映画『善き人のためのソナタ』

しばらくぶりにドイツ映画の記事を投稿してみます。

東西分裂時代のドイツを舞台に描かれ、アカデミー外国語映画賞に選ばれた『善き人のためのソナタ(原題:Das Leben der Anderen)』をご紹介します。

東ドイツの社会を題材とした映画の中では最も好きな作品で、ドイツらしい人間の本質的な部分への洞察も大変鋭い映画だと思います。

 

 あらすじ

東ドイツの国家保安省(シュタージ)に勤務するヴィースラーは、反体制派の嫌疑をかけられている劇作家ドライマンと、その恋人を監視する任務を言い渡される。盗聴や監視を通して2人の生活を知っていくうちに、冷徹な組織人であったヴィースラーは、1人の人間として彼らに対する関心を抱くようになる。そして彼らの部屋から流れてくるある音楽を耳にした時を転機として、ヴィースラーは自らの職務への関わり方を変えていくことになる。

 

 映画の背景

東ドイツの監視社会を背景としています。

主人公ヴィースラーの勤務するシュタージは、徹底した監視体制を通じて自国民に対し広範な諜報活動を行なっていた組織です。国家・体制への批判や、亡命の企図など、社会主義を脅かすと見られるものは弾圧されました。ベルリンの壁付近で西側へ脱出しようとする人間を水際で食い止めていたのもこの組織です。

シュタージ - Wikipedia

西ドイツ側での諜報活動も行なっていたようですが、この映画で取り上げられるのは東ドイツ国内での活動です。

盗聴や行動の監視によって、ヴィースラー大尉は反体制分子と目されるドライマンの生活を注視し続けます。ドイツ語の原題は「他人の生活」ないし「他人の人生」を意味します。

 

主人公ヴィースラーについて

ヴィースラーは感情の起伏が少なく、常に冷静沈着な人物です。自分たちが監視する反体制分子に対し、一切の共感や良心の呵責を見せることなく任務遂行に徹しています。

しかし、ドライマンとその恋人を監視中に、彼が弾くピアノを耳にしたヴィースラーは感動して涙を流します。これまでの淡々とした寡黙な態度と、涙を流した時の鬼気迫る表情から、おそらく何かに感動して泣いたのは彼にとって初めてだったことが伺えます。

 

彼はこの任務をめぐる周りのリアクションを見るうちに、自分が常に忠誠を捧げてきた体制への疑問を抱き始めます。

それは同時に、彼が任務への関わり方を変えて行くことにも繋がり、この行動がドライマンと恋人の運命までも変えて行くことになります。

映画最大の見どころは、ヴィースラーの監視対象に対する、ひいては人間そのものに対する見解の変化でしょう。

任務や職業上の使命に疑問を抱き始めた時、彼の中で今まで価値を認められてこなかった感情、ドライマンたちが生きる糧にしている感情がにわかに意味あるものとして認識され始めます。

それは美しいものを美しいと感じる情動であり、人間と人間同士が一緒にいたいと願う愛情でした。

冷徹に職務をこなすマシーンのようだった彼が、初めて人間らしい感情に価値を見出す過程が克明に描かれます。

その詳しい過程については、核心的ネタバレとなってしまうのでここでは封印します。

しかし、描いているテーマが詩的な一方で、社会主義体制下の生々しい監視社会が背景というところが、この映画の特筆すべき特徴と言えます。

 

まとめ

既に短くはない人生を生きてきた主人公が、初めて芸術や愛に心を動かされるという詩的な現象が描かれています。

その一方で、監視社会や社会主義体制の現実はまったく美しくなく、人間的な醜さに満ち溢れています。

ドライマンと恋人の愛は、そのような世界で見つけた一片の希望のような存在に見えました。

深く心を揺さぶられるシリアスな名作が観たいというときにお勧めの映画です。

 

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