映画『灰とダイヤモンド』
第二次世界大戦終戦を迎えたポーランドで、激動の歴史の一場面を切り取った映画をご紹介します。
ポーランドの黒澤明ともいうべき、アンジェイ・ワイダ監督の作品です。
ネタバレでご紹介します。
あらすじ
レジスタンスの若者マチェクは、社会主義陣営の幹部殺害の任務を遂行する。
しかし、人違いで罪のない労働者を殺してしまったと判明する。
反ナチスの闘いをともにしてきたアンジェイと飲みかわし、終戦を境に社会主義に取り込まれるポーランドを思ううち、マチェクは闘争から逃れたいと口にする。
恋に落ちた女性と逃げ出し、新しい人生を送りたいというマチェクを、アンジェイは説得しようとする。
映画の背景
終戦後、西側諸国となった国々では、第二次世界大戦の終わり=平和な時代の到来でした。
しかし、ポーランドにとっては残念ながらそうではありません。
終戦と同時に、ソ連からの抑圧を受けつつ社会主義経済を営んでいくことになります。
戦争中から、ポーランドのレジスタンスは東西陣営に分かれていて、西側諸国派のレジスタンスと、ソビエト連邦派のレジスタンスがいたそうです。
戦争自体は終わっても、国が西側になるか東側になるかをかけて、テロが続いていました。
主人公マチェクは西側レジスタンスの一員で、社会主義に呑まれそうになる祖国を守ろうと闘う若者です。
本作は、揺れ動いていた時期のポーランドを、風刺的象徴的に切り取った名作映画です。
ポーランドの歴史に詳しい人もいるかと思いますが、そうでない私のような人は、YouTubeにある町山さんの解説を視聴前後に観るのがおすすめです。
同じワイダ監督の『カティンの森』は観ていたし、独ソ分割占領など少しの周辺知識はあったのですが、それだけでは本作の事情がよくわからないのです。
マチェクやアンジェイが西側勢力を支持していて、幹部のシャチューカが東側、ということはわかりますが、それ以外にも様々な立場の人が出てきます。
息をひそめて時代を受け入れるしかない人、本心ではないながら東側に追従して心の平衡を失う人、自由な社会ではブルジョワだったけれど社会主義のもとでは地位を失う人など。
それぞれの横顔を詰め込んだ、メッセージの濃い作品となっています。
検閲対策
この映画は、戦争が終わったあとの、社会主義体制下のポーランドで制作されています。
そのため検閲の手を免れないので、発禁とならないよう工夫を凝らしております。
というのも、ポーランドが終戦後、社会主義体制になるのを止めようとした若者が主人公だからです。
幹部を暗殺しようとし、社会主義を批判する奴が主人公なんてけしからん、となりそうなところですが、なぜ公開できたかというと、おそらくマチェクが夢破れて亡くなるからと言われています。
中盤までは、検閲対策で色々ぼかしていることもあり、「一体どこへ向かう話なんだろう」と思わせます。
実はマチェクが主人公だということがことさらに強調されておらず、誰がメインなのかすら最初は曖昧に感じます。
が、終盤の強烈な余韻で一気にまとめにかかっている感じです。
ラストシーンの虚無感や徒労感のインパクトは、キャリア初期にしてすでにワイダ監督自身にしかできない表現を確立していると言えます。
ポーランドの分断
第二次世界大戦中のポーランドは、東部をソビエト連邦、西部をドイツに占領されていました。
分断・占領され、一度は失われたポーランドが、終戦と同時に戻ってくるはず。
しかし現実には、上流階級は戦勝ムードに浸っているものの、マチェクたちはまだ血で血を洗うテロに身を投じています。
ブルジョワたちも、終盤で踊る場面では皆凍りついたような無表情。
東側に吸収され、自分たちが地位を失う変化を見据えているかのようです。
つまるところ、終戦と同時に新たな苦悩がはじまるポーランドの横顔を切り取ったような映画と言えます。
ワルシャワ蜂起も闘ったマチェクは、辛い闘争が続いても希望が見えない生活に嫌気がさし、恋を知って「普通の幸せ」を望むようになります。
愛を知ることが、闘争の勝敗や成否の対立軸を一掃するほどのインパクトを与えてしまったわけです。
この時代を、この国を救うためにと闘ってきたマチェクですが、そんなものを超えて命を支えてくれる力を知った途端、価値観が揺らぎ始めます。
時代に逆らえなくても、あるいは乗れなくても、目の前にいる人と通じ合えることで幸せになれることを知ってしまった苦悩が丁寧に描かれていました。
人違いで殺された若者の婚約者が泣いてたことの意味も、この時ようやく分かったんじゃないでしょうか。
隅々まで雄弁な映像
解説映像を見てわかったのですが、セリフで語られない要素にも様々な意味がこめられています。
ある場面で映り込む白い馬がキリスト教における不吉の象徴だったり、ホテル従業員が国旗を片付ける場面に、消えゆくポーランドの運命が重ねられていたり。
そして、シャチューカがアメリカ製のタバコを吸い、マチェクがハンガリー製を吸うのは、一服して心を紐解く瞬間には所属する陣営も関係ない(オフの場面では分かり合えるかもしれない)ことの示唆かもしれません。
また、途中バーで『黒い瞳』が流れてるなあ、と思ったら、後半の展開がまるで歌詞を辿るようで驚きました。
その他の音楽にも意味があって、映像だけでなく音楽も雄弁な映画です。
おわりに
ポーランドが辿った苦難の歴史の一端を垣間見られる秀作です。
本作はアンジェイ・ワイダ監督の『抵抗』三部作と呼ばれるシリーズの一つ。
他の二作はまだ視聴していないので、今後ぜひ挑戦したいと思います。
本作は、戦後ポーランドの揺れ動く時代を写し取った名作として、ぜひたくさんの方にご覧いただきたい一作です。