映画『バグダッド・カフェ』
『マイ・ブルーベリー・ナイツ』に引き続き、元気になれるロードムービーをご紹介します。
先日再視聴したところ、レビューを書きたくなった次第です。
西ドイツとアメリカの共同製作映画で、原題は原題は"Out of Rosenheim"、英題が"Baghdad Cafe"です。
この2つのタイトルが示す通り、主人公のドイツ人女性が、住んでいるローゼンハイムを離れてバグダッド・カフェにやってくるところから物語が始まります。
あらすじ
夫婦でアメリカ旅行に来ていたヤスミン・ムンシュテットナーは、砂漠の真ん中をドライブしている最中に夫と大喧嘩し、置き去りにされてしまう。
重いスーツケースを引き摺って辿り着いたカフェ兼モーテルでは、今しがた夫に出ていかれた女主人ブレンダが涙を拭っていたところだった。
癇癪持ちのブレンダ、その子どもたち、一風変わった仲間たちのなかに、ヤスミンという新しいメンバーが加わったことで、バグダッド・カフェに少しずつ変化が訪れる。
正反対の2人
バグダッド・カフェに来訪客として現れるヤスミンは、ドイツから来た、几帳面で大人しめの白人女性です。
太った大きな体で、やんごとなき服に身を包んで重いスーツケースとともに現れ、行くところもないのでモーテルにしばらく泊まっています。
子どもはおらず、夫と2人きりの夫婦です。
カフェの女主人ブレンダは、アメリカに住む黒人女性です。
癇癪持ちで、気に入らないことがあるとすぐに夫、娘や、小さな子どもを持つ息子、雇っているスタッフに怒鳴り散らしてしまう彼女。
そんなことしない方が良いと薄々分かりつつも、仕事の切り盛りで頭が一杯で余裕がありません。
彼女の余裕のなさを象徴するかのように、モーテルのオフィスは混沌とし、とっ散らかっています。
正反対と言っても良いくらいのヤスミンとブレンダですので、2人の関係は良好とは程遠いスタートを切ります。
ブレンダは、いつも泊まり客なんかいないモーテルにヤスミンが来たら怪しい人物だと大騒ぎし、子どもたちと仲良くなる彼女を見ては嫉妬したりと、当初は敵意丸出し。
しかし、ヤスミンがオフィスの掃除をしたことで(最初はいつも通り「何してくれとんじゃ!」とがなり立てるものの)ブレンダがヤスミンを見る目が変わり始めます。
しっちゃかめっちゃかなオフィスを片付けてもらったことでブレンダも、すっきり片付いて気持ちよくなったと感じざるを得なかったのでしょう。
掃除は偉大です。
人と人が仲良くなるということ
ヤスミンは徐々に、ブレンダの子どもたちとも仲良くなる糸口を見つけて距離を縮めていきます。
娘フィリスには、レーダーホーゼン(ドイツ・バイエルン地方の男性の民族衣装)を貸してあげたり、一日中ピアノを弾いている息子サロモの曲に耳を傾けたり。
最初は「何なんだコイツ」と思っていた子どもたちが徐々にヤスミンに心を開き始めます。
ヤスミンは少し英語が話せますが、決して上手なわけではなく、バグダッド・カフェの人々に至ってはドイツ語など欠片もわかりません。
人と人が仲良くなるには、言葉が通じ合うと言うことは必ずしも十分条件ではないことを思い知らされます。
実際、カフェの人々はお互いに英語で話せていても、和気藹々とはしていなかったし。
面白くないブレンダは、「遊びたいなら自分の子どもと遊びな」ときつい言葉を投げかけますが、「子どもはいないの」と呟いたヤスミンに対して急激にトーンダウン。
お互いに「ごめんね」と言い合いますが、もしかしたら此処でお互いに、夫と喧嘩して離ればなれになっていることを打ち明け合ったのかなあ、と思いました。
肌の色も国籍も言葉も家族構成も、何もかもが違う2人の共通項は、夫と喧嘩別れしたと言う事実だけです。
カフェの人々とヤスミンを結びつけたのは、ほんの少しの共通点(夫と離れた、音楽が好きetc)と、お互いへの興味の気持ち(ヤスミンは最初から皆と親しくなれるよう努力しているし、皆も不躾ながらヤスミンに興味津々)でした。
その後、ヤスミンがマジックを披露し始めたことでますますカフェの住人たちが仲良くなっていくばかりが、カフェのショーが評判になってたくさんの客が訪れるようになります。
旅行の終わり
ヤスミンは許可なしでカフェで働いていること、観光ビザで滞在できる期間が過ぎていることを保安官に咎められ、帰国せざるを得なくなります。
ブレンダ一家や、ヤスミンに想いを寄せるトレーラー住まいのコックス氏は悲嘆に暮れますが、終盤には嬉しいサプライズが待っています。
ヤスミンは序盤から終盤までほとんど様子に変化がありませんが、ブレンダは見違えるように明るくなります。
夫が戻ってきたときに素直に「良かった!」と言えるシーンには思わず感動します。
今まで「独りで頑張らなければ」と思って常に気を張っていたところ、自分より(おそらく)年上で掃除したり子どもを構ったりしてくれるヤスミンが現れて、毎日の仕事を楽しむ余裕が初めて生まれたのかもしれません。
派手なことは何も起こらない映画の代表格みたいな作品ですが、観終わった後は心がほっこりします。
本作がミニシアター系映画の人気に火をつけたと言うのも、大いに頷けました。
おわりに
コックス氏が何して生計を立てているのか謎すぎて気になりますが、シンプルなストーリーや音楽が余韻を残す映画です。
終盤でブレンダたちが歌うショーの歌の歌詞が印象的です。曲ももちろん良いです。
ここはモハーヴェ砂漠のオアシス
ギアを落としてひと休み
浮世の悩みはマジックで消える
愛があれば今日も生きられる
バグダッド・カフェのショータイム
少しの愛とマジックで信じられないほど癒やされる映画でした。
それが歌詞にまとめられたような感じがして、強く印象に残りました。
振り返ってみると、『かもめ食堂』は日本人によるフィンランド版バグダッド・カフェなのかもしれません。
旅先で思わぬ出会いがあって、飲食店の仲間になって、お店が人気店になるという基本的な流れを踏襲しているし。
派手なことは起こらないけど何だか癒されると言うのも共通しています。
ゆったりと観られるミニシアター系映画をお探しの方におすすめしたい作品です。