本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『リリーのすべて』

世界で初めて性別適合手術を受けた、デンマークの人物を主人公とした映画のレビューです。

男性の身体に生まれ、女性の心を持った画家が、妻とともに本当の自分を模索していくストーリーです。

思いっきりネタバレします。

 

 

あらすじ

デンマークコペンハーゲン在住の画家アイナー・ヴェイナーは、風景画家としての支持を確立し、妻ゲルダと幸せな生活を送っていた。

ある日、妻の絵のためモデルの代わりに女性の衣装を纏ったとき、アイナーは今までにない感情に見舞われる。

女性の装いをすることに興味を惹かれた彼に、ゲルダもはじめは楽しみながらファッションや化粧を手ほどきしていく。

しかし、夫が女性の人格リリーでいる時間が長くなるにつれ、戸惑いを覚え始めるゲルダ

「かつてのアイナーに、夫としてそばにいてほしい」と望むゲルダに、それはもう叶わないと告げるリリー。

二人は悩みながらも、リリーという人物が生きる道を探り始めるが、精神医療が未発達な時代ゆえの数々の困難に直面する。

 

実在の人物リリー・エルベ

本作の主人公リリー・エルベ(アイナー・ヴェイナー)とその妻ゲルダは、実在のデンマークの画家です。

男女として結婚していたこと、その後リリーが女性の格好をして生活するようになったことも、事実に基づいています。

当時の社会では、性同一性障害の存在が医学界ですら概念として確立しておらず、リリーは様々な偏見や好奇の目線を浴びることになります。

しかし、妻ゲルダはリリーのそばを離れず、リリーがこの世を去るまでパートナーであり続けました。

死の原因は、48歳で受けた性別適合手術の拒絶反応でしたから、ゲルダは最期までリリーの意思と決断を尊重していたわけです。

二人はデンマーク王から婚姻無効を言い渡されてもいるのですが(当時のデンマークでは同性愛が犯罪とされていた)、内面的に深くつながった人同士の前に、書面上の断罪は意味をなさなかったといえます。

 


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リリーの目覚め

ゲルダの絵のモデルが現れなかったことから、代理として衣装を着るよう頼まれたアイナー。

そのときに今までにない感情を抱き、以後女性の装いをすることに興味を持ちます。

最初はノリノリで彼女にメイクやファッションを施し、アイナーの従妹リリーとして、パーティーに連れだって出かけていた妻ゲルダ

しかし、パーティーで声を掛けてきた男性とキスするリリーを見て傷つき、装いを変えることにのめり込んでいく様子にも当惑し始めます。

一方のアイナーは、リリーこそ本当の自分だとの確信を強めていきます。

男性から関心を寄せられることにときめくだけでなく、女性として扱われたい。

このことから、アイナーは自分が同性愛者なのではなく、心が女性に生まれついたのだと気づきます(リリーの姿のときに声をかけ、誘ってくれた知人が、正体を知っていて「アイナー」と呼びかけられた途端に逃げ出しています)。

 

ゲルダの愛

この映画の見どころの半分はリリーという人物の変化ですが、もう半分はゲルダの深い葛藤と愛といえます。

実際、Filmarksなどを見ていても「ゲルダが凄い人すぎる……」という嘆息にも似たコメントが多数寄せられており、私も同意見です。

ゲルダが結婚したのはアイナーであって、リリーではなかったはずですが、夫の変化に戸惑いつつも彼女は最終的にそれを受け入れます。

現代ですら、男性として結婚した相手が、トランス女性だと判明したら大きく動揺する人がほとんどかと思います。

ましてこの時代は性同一性障害そのものが、まったくと言っていいほど知られていません。

何人もの精神科医に会って話をしても、異常ないし治すべき病気として捉えられ、「女性でありたい」という感情は葬られるべきと考える医師がほとんど。

精神分裂病(今でいう統合失調症)と考えた医師に拘束されそうになった場面などは、もう立派な迫害としか思えません。

それでもゲルダは、リリーが望む人生を叶える努力に寄り添い続けます。

生涯のパートナーと決めた相手とは言え、悩みながらもリリーの意思を尊重し続ける姿勢に尊敬の念を禁じえません。

なお実在のゲルダについては、レズビアンだったのではないか、との考察もあるようですが、映画のなかではあくまで異性愛者として描かれています。

 

本当の自分になる

艱難辛苦の末、「身体の性と心の性が一致しないことに悩む人がいる」との見解を持った医師に出会うことができたリリーとゲルダ

身体の性を心の性に適合させる手術が考案されていることを知ります。

ただし、実際に手術を受けた人はまだ一人もおらず、リスクが大きいことを告げられます。

初めは躊躇っていたものの、本当の自分になるために手術を希望するリリー。

甚大な痛みや恐怖に耐え、一回目の手術を乗り越えます(男性としての機能を摘出する手術)。

よりリスクが大きいことを知りながらも、あまり長い間を空けず、今度は女性としての機能を具えるための手術にも果敢に挑みます。

ゲルダや、映画を見ている人間からすると本当にハラハラする決断なのですが、リリーの待ちきれない様子を見ると切なくなります。

既に大きな痛みが待っていることも、リスクも知っているはずなのに、それでも変わりたいというなら、これまでどれほど苦しんだんだろう、と考えてしまいます。

産科の患者さんと「わからないけど、もしかしたら子どもが産めるようになるのかも」と語り合うリリーの楽しそうな顔を見ると、なおさらです。

最終的に、リリーは二回目の手術の拒絶反応が強すぎたため、亡くなってしまいます。

でも、彼女にとっては本当の自分になることの追求は、決してやめられなかったのだと納得してしまう描写でした。

 

映像の美しさ

きめ細かい脚本や、メインの二人の隙のない演技が本作の見どころです。

しかし同時に、映像としての美しさもぜひ堪能していただきたいです。

デンマークの風景は、とくに秋や冬だと寒々しい印象が強いのですが、本作ではその味わいも残しつつ、緊張感ある美しい画面が構成されています。

爽やかさというより重厚感を重視した美しさです。

ヴェイナー家のアトリエや、パーティー会場も、美術や衣装、小道具がいちいち素敵で惚れ惚れします。

二人がパリに移住してからの住居なども、花の都らしい華々しさを演出しつつ、映画全体の雰囲気を壊さない絶妙なバランス。

手術のために渡ったドイツでも、現地の雰囲気を感じさせつつ、落ち着いた風景の美しさが印象的でした。

 

おわりに

終始緊張感ある重厚な映像が続きますが、それも深いメッセージのある脚本があるからこそでしょう。

リリーとゲルダの強い絆や、本当の自分を追い求める切実な気持ちに心を打たれる秀作です。

誰もが自分らしくいられて、好きな人に好きと言える社会になってほしい、という気持ちになります。