本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『羅生門』

白黒映画史上屈指の映像美と、人間のエゴを浮き彫りにする脚本が国際的な注目を浴びた黒澤明監督作品のレビューです。

今は亡き三船敏郎さんの名演も特筆すべき特徴です。

ネタバレしながらお送りします。

 

 

あらすじ

疫病や戦乱、天災で町も人心も荒廃した、平安時代の京の都。

朽ち果てた羅生門で雨宿りをする下人は、居合わせた杣売りと旅法師から奇妙な話を聞かされる。

山中で武士・金沢の遺体を発見した杣売りは、検非違使に届け出た。

金沢が妻の真砂といるところを見かけた旅法師もまた、検非違使に事情を訊かれる。

調べの結果、金沢は盗賊の多襄丸に騙され、妻を目の前で犯された上に殺されたと判明した。

だが、ことの顛末は誰の目から語られたかによって全く違う様相を見せ始める。

 

映像の美しさ

モノクロ写真を見るのが好きな方は、この映画の美しさも余すところなく堪能できると思います。

白の柔らかさも、黒の引き締めも、灰色の階調も、観てて全部隙がないというか、どこを切り取ってもベストバランスになっています。

コントラストがぱきっとしつつも、粗さを感じ映像です(一体どうやったらこんな風に撮れるんだろう)。

個人的には短刀が手から落ちて落ち葉に刺さるところと、戦慄する真砂の目に日光が透けている横顔のアップがベストカット。

黒澤監督が「百点以上」と評したという宮川一夫氏の撮影技術は圧巻です。

有名な三船敏郎さんも、出てきた瞬間から凄まじい迫力があって画面が引き締まります。
一方で、真砂役の京マチ子さんの妖艶さも特筆すべきです。

めちゃくちゃ手綺麗だし、序盤で足だけが映るカットの艶かしさが尋常でない。

エロさとはイコール露出の多さではないと象徴する一瞬でした。

京マチ子さんは真砂役を演じることを熱望していたため、役に合わせて眉を剃ってオーディションを訪れ、熱意をみとめた監督が選出したとか。

その逸話が納得なほど、色気も内面の多面性も、この人しかいない!と思わせる熱演でした。

 

脚本の妙

いきなりネタバレですが、三人が語る事件の顛末には一つとして正しいものはありません。

最後の杣売りのネタばらしにより、全員が自分にとって都合のいいことを話していたと判明します。

この三人それぞれが語る嘘は、事実を隠しているんですが、一方で彼らの伝えたかったことを内包しています。

自分がどう見られたいか、相手の中に何を見たいかについては非常に雄弁な嘘だからです。

多襄丸は、気性の激しい女性を射止めた、無頼だが筋の通った男に、

真砂はか弱く優しく純粋な女性に、

その夫は妻を奪われた悲しい男に見られたがっている。

実際は、立派に闘ったどころか、真砂に焚きつけられて腰の引けた斬り合いをしただけだし、純粋どころか計算高いうえに、自分の打算の結果にも向き合いきれない、悲しみに暮れるどころか妻を蔑んでいる。

三人それぞれが好き勝手に事実を脚色したことに、人間の浅ましさを見て打ちひしがれる杣売りと旅法師。

生きるための嘘や盗みは悪いと思わない下人だけがあっけらかんとしています。

でも彼こそが、誰より冷静に人間の本質を見抜いているように思えます。

本当のことは言えねえもんだ。人間てのは、自分自身にすら白状しねえことが沢山あらあ

もっとも女というやつは何でも涙でごまかしやがる。自分自身までごまかすしな。だから女の話はよほど用心して聞かないとあぶねえ 

人間というものは自分に都合の悪いことは忘れちまう。都合のいい嘘を本当だと思ってるんだよ。そのほうが楽だからだ

達観したようなセリフと、ぶれない行動で何だか憎めないキャラクターです。

醜い部分も人間の、ひいては自分の一部として認め、受け入れているからこそ、スパッと本質的な発言が出てくるのでしょう。

だから、生きるための盗みも嘘も悪いと思わない。

一方で杣売りや旅法師には、そんな風には割り切れない、葛藤ある人物像が窺えます。

そして、盗みや嘘があっても、善意で補うことを諦めず生きていく、救いのあるラストを提供してくれる。

事件に絡んだ三人のみならず、羅生門に集った三人についても、印象的な群像劇になっていると思いました。

セリフの美しさや、人物造形の巧みさは、おそらく原作の芥川龍之介の力量によるところも大きいでしょう。

しかし、『藪の中』『羅生門』という複数作品を一つにまとめあげた手腕については、脚色の技術がいかんなく発揮されていたと言えます。

 

おわりに

平和な時代に生まれ育った自分からすると、(事件の顛末はともかくとして)生きるための盗みや嘘は全然エゴに見えないなと思ってしまいます。

でも今の人間の感情は、細部はともかくベースは弥生時代くらいまで遡って共有できるらしいので、環境が環境だとは言っても、葛藤を抱えて生きていたのかもしれません。

原作が芥川先生だからか、セリフが文学的で素晴らしかったです。

いつか絶対読みたいと思います。

美しいモノクロ映画、文学的な脚本を堪能したい方に是非お勧めしたい映画です。

 

 

 

羅生門 デジタル完全版

羅生門 デジタル完全版

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video