架空の国を舞台とした渋めなコメディをご紹介します。
ある意味クライムコメディでしょうか。
登場人物に強い個性を持たせてストーリーへの興味を掻き立てさせるのはとてもイギリス的な手法だと感じます。
そんなこともあってイギリス映画にカテゴリ分けをしましたが、イギリスとドイツが共同製作国となっている映画です。
ネタバレをかましつつご紹介します。
あらすじ
ズフロフカ共和国のグランド・ブダペスト・ホテルで休養していたとある作家は、毎日ホテルに現れる老人に興味を示して彼の過去を尋ねてみることにする。
すると老人は少年時代に、このホテルで見習いとして働いていた時のことを語り出す。
彼は伝説的な存在であったコンシェルジュのグスタフ氏の徒弟として、移民後にベルボーイとして働き始めたのだった。
一部の顧客から熱狂的な支持を受けていたグスタフだったが、ある日彼を贔屓にしていた顧客が死んだのを機に事件に巻き込まれる。
ゼロはグスタフの騒動に問答無用で巻き込まれると同時に、彼の苦境を打破すべくともに奮闘することとなる。
伝説のコンシェルジュ
この映画の特徴の大半を象徴するのは、伝説のコンシェルジュ・グスタフ氏の個性です。
完璧なおもてなし(枕営業含む)でホテル常連の上客たちの心を鷲掴みにし、あらゆる評判を勝ち取ります。
しかし、顧客の前では完璧な職業人を演じつつも、それ以外はこだわりの強いわがままなおっさんです。
ゼロはそんなグスタフのあとにくっついて回り、否応なく彼のトラブルに巻き込まれていきます。
一見傍若無人なキャラクターを持つグスタフですが、ゼロに対しては師匠と徒弟のような関係でありながらも互いをディスクローズしあい、命のかかった状況もともに潜り抜けながら、本音でぶつかり合う場面もあります。
癖の強いおっさんが、調子のいいことばかり言いながらもゼロと死線を潜り抜けていく展開が見どころです。
時たま、わがままなだけではなくゼロのために骨を折ってくれる人情も見せます。
リアルさと人間味が強い個性の中にバランスよく入っているところが、グスタフの活躍と逃避行を追いたい気持ちにさせます。
また、グスタフに愛想を尽かさずついていく実直な少年ゼロと、彼のガールフレンドであるアガサも、グスタフに負けない活躍を見せます。
ゼロのように真面目な少年でなければ、とうにグスタフは見捨てられて物語は途中で終わっていたはずなので、この物語はゼロによって成り立っていると言っても過言ではありません。
彼をアシストする賢いアガサも頼もしいです。
この3人の奇妙な絆もアクセントの1つになっていました。
次々に訪れる新しい展開
登場人物だけでなくストーリー展開も、観ている側を飽きさせない要素が散りばめられています。
まずは墓地で若い女性が小説を読み始めるところから始まり、
続いて小説の著者が作品を書いた時の背景を語り始める。
著者にエピソードを語った孤独な老人が登場し、
物語の時間軸は彼が少年だった頃へと遡ります。
次々と物語の舞台が切り替わるので、序盤から興味が惹きつけられます。
また、物語の主な舞台であるグスタフ氏現役時代においても、数々のピンチがゼロたちを襲います。
一難去ってまた一難、というテンポの良さ、グスタフ氏のみならずゼロやアガサも活躍することで繰り広げられる縦横無尽なストーリー展開が楽しいです。
架空の共和国を舞台にすることで、現実に縛られず、少しファンタジックな設定も可能にしているところがさすがでした。
個人的にはグスタフ氏の囚人仲間や、コンシェルジュの秘密のネットワークが一番わくわくしたポイントです。
ファンタジーなのに重厚さを失わないのは、前の項目で言及した登場人物描写のリアルさ、それに映像の美しさの貢献によるものでしょう。
また、架空の国を舞台にしてはいますが、現実世界の歴史をところどころなぞるような要素があります。
終盤で言及される私有財産の国有化は、第二次世界大戦後の社会主義・共産主義の到来を暗示しているものと思いますし、プロイセンかぜはスペインかぜのことでしょうか。
ややほろ苦いラストになっていますが、ヨーロッパ映画ファンとしては実にヨーロッパらしくて嬉しい一方、感心してしまいます。
おわりに
魅力的な登場人物と、密度の濃いストーリー展開で、一瞬も退屈させない映画です。
ウィットに富んだ冗談や、シニカルな人物描写でニヤニヤ笑いたい時にお勧めです。
映像の美しさも色々な人がレビューで言及していますし、アカデミー賞で衣装デザイン賞や美術賞を受賞しているのも納得です。
コメディとしても楽しめる、見目麗しいサスペンスをお探しの方にお勧めしたい作品です。