ハリウッドを揺さぶるハラスメント問題について
映画好きでもそうでなくても、10月以降のハリウッドのセクシュアル・ハラスメント騒動について見聞きした人は多いと思います。
性的暴力やジェンダーを描いた映画も数多く生み出されている場所で、このような騒動が持ち上がりました。
発端は一つのスクープ記事でしたが、発覚した事態が反響に反響を呼びます。
映画界全体、ひいては他分野のハラスメントにも光が当たることに。
ことの経過と、なぜこのような事態に至ったのかを考察してみます。
ハーヴェイ・ワインスタインの告発スクープ
10月5日、New York Timesがハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインについての暴露記事を発表。
ワインスタインが20年以上にもわたり、社員や女優に対してセクシュアル・ハラスメントやレイプを繰り返していたという記事でした。
ハーヴェイ・ワインスタインが関わった作品で、アカデミー賞にノミネートされたのは300作品以上と言われます。
手がけた映画の名前は誰もが知っているような有名作品ばかりです。
- グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち
- 恋に落ちたシェイクスピア
- パルプ・フィクション
- ロード・オブ・ザ・リング シリーズ
- 英国王のスピーチ
- ジャンゴ 繋がれざる者
- 世界に一つのプレイブック
ハリウッド映画業界で揺るがぬ地位を持っていたワインスタインは、良く言えばパワフルなビジネスマン、悪く言えば強引な仕事人という評判は昔からあったようです。
しかし、著名な女優を始めとして数々のハラスメントや犯罪行為に及んでいたことの、全容を知る人は限られていたのでしょう。
最初の記事が反響を呼んでから、自分もワインスタインの被害に遭ったと表明した女優の数はたちまち数十名にも上りました。
アンジェリーナ・ジョリーやグウィネス・パルトロウ、アシュレイ・ジャッドを始めとした面々が声を上げています。
ワインスタインの経歴と、騒動の経過については、こちらのサイトで詳しくまとめられていたので、さらに知りたい方はご参照ください。
ハーベイ・ワインスタイン事件:ここまでの経緯をおさらいしてみる(猿渡由紀) - 個人 - Yahoo!ニュース
ワインスタインの行動は、プロデューサーという、映画製作のプロジェクトにおいて強い発言力を持つポジションを悪用した、悪質なパワー・ハラスメントであり、セクシュアル・ハラスメントと言えます。
ワインスタインだけではなかった
ワインスタイン騒動のなかで、10月中旬、彼を擁護したオリバー・ストーン監督にセクシュアル・ハラスメント疑惑が持ち上がりました。
今後、ワインスタインだけでなくストーン監督も捜査対象になる可能性があります。
ストーン監督は『プラトーン』等の大作を監督したことで知られていますが、過去に多数のマスコミの前で女優サルマ・ハエックの体を触ったことが取り上げられたことがあります。
10月末には、俳優ケヴィン・スペイシーによるセクハラ被害を、同じく俳優であるアンソニー・ラップが告発。
一つのスクープ記事から次々と被害が明らかになったことで、映画業界全体にハラスメントが横行していたことが窺えます。
古くは『オズの魔法使い』でドロシーを演じたジュディ・ガーランドも枕営業をしていたと言います。
ガーランドの生きた時代には、まだセクハラ、パワハラの概念すら認知されていなかったと思いますが、今この時代に至っても被害が蔓延していたことに驚いた人も多いことでしょう。
ハリウッドだけではなかった
多数の著名人を巻き込んだワインスタイン騒動とその余波は続いていますが、反響は映画業界だけにとどまりませんでした。
「やめてと言えなかった…」アメリカ代表の美人GKにセクハラしていた超大物って? | サッカーダイジェストWeb
スポーツ界からも、チームドクターや業界団体のセクシュアル・ハラスメント被害を訴える声が上がりました。
このことから、今まで如何に多くの人物が被害に耐えて声を殺していたかが分かります。
彼女たちの他にも、告発をするに至っていない潜在的な被害者が多数いるでしょう。
これまで「この業界では良くあること」「それで得をした人もいる」「少しくらい見逃すべき」と開き直っていた加害者もいたでしょう。
いたからこそ、被害者が生み出され続けてきたわけですから。
でも今回の騒動で、そうした人たちの思想は、「被害者が声を上げられない状況」によってのみ、存続し続けることができたのだと判明しました。
本来それは犯罪あるいはハラスメントであり、公になったら到底許され得ない行為だからです。
被害者が声を上げられなかった理由
「被害者が声を上げられない状況」が生み出されていた背景としては、下記のようなものが考えられます。
- 加害者が被害者に対して、権力・発言力を持てる立場にあった
- 被害者が自分の苦痛や相手の行動の不当さを訴える手段がなかった
今でこそ、ハラスメントに様々な種類があり、そのどれもが不適切だということは知られていますが、昔はそうではなかったでしょう。
女性の社会進出が始まったばかりの頃、前線に立って社会進出していった女性たちの状況は、そういう意味で現在より厳しかったはずです。
特に、他人に仕事を与えるポジション(映画業界で言えばプロデューサーや監督)はまだ男性に占められていたのではないでしょうか。
一方で、登場人物全員男性という映画はまずないわけですから、「俳優」としての女性人口は常に一定程度必要とされていた。
必然的に、1のような状況が発生しやすかったのではないかと考えます。
もちろん、ケヴィン・スペイシーからの被害を訴えたアンソニー・ラップのケースのように、被害は女性に留まらず、俳優対俳優の場合もあり得るようです。
2については、映画産業と関係の深いマスコミを介さなければならない状況が、長く続いたことが大きな理由と考えます。
告発のために、映画のPRに影響のあるマスコミの力を借りなければならないとしたら、個人として声を上げることは難しくなります。
中立でなければならないマスメディアも、人の手で運営されている以上、コネクションや圧力の影響で告発が潰されることも充分あり得ます。
この点については、多数の女優が自身のSNSで被害を発信していることからも、インターネットの多大なる影響が貢献をしました。
もしTV番組に情報提供しても、企画が成立せず廃案にされてしまうかもしれない。
もし新聞に情報提供しても、記事原稿が印刷されることはないかもしれない。
今回の騒動は、ニューヨークタイムズと言うマスメディアが火をつけたものの、その後の被害の訴えにSNSが活用されていることは注目に値します。
1のような状況をサバイバルし、確固たる地位を得た女優・俳優たちが発言を始めました。
彼ら・彼女らは、仕事をもらうために一方的に被害を受ける立場からある程度脱却できており、かつSNSという情報発信の手段も与えられました。
この状況が整ったおかげで、被害者が我慢する必要はなくなり、同時に加害者がのさばることもできなくなりました。
おわりに
映画ファンとして、現代の映画界に「歩くセクハラ」とも言うべき人物が2017年までいたことにも驚いたほか、他業界への告発の波及にも純粋に驚かされました。
どのケースにも共有しているのは、業務上の立場、年齢差など、加害者は巧妙に「被害を訴えにくいターゲット」を選んでいることです。
「自分を糾弾しない相手」に限って選んでいるという事実は、加害者自身が行動の不当さや不正さを認めているのと同義ではないでしょうか。
アカデミー賞受賞作品である『スポットライト 世紀のスクープ』でも、虐待司祭がいつも、家庭に問題のある、頼れる大人のいない子どもをターゲットにしていたのが思い出されました。
生きるため、自己実現のために邁進する人々がハラスメント被害を覚悟しなければならないような状況が、少しでも早く変わってくれればいいと思います。