本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

小説『ドラゴン・タトゥーの女』

北欧ミステリの金字塔『ドラゴン・タトゥーの女』のレビューです。

この小説はスティーグ・ラーソンによる『ミレニアム』シリーズの第1作です。

ダニエル・クレイグ主演でハリウッド映画にもなったため、第1作である本作が最も知名度が高いかと思います。

『ミレニアム』は、著者存命中に第3作までが発表されましたが、第5部までの構想があったシリーズ半ばにしてラーソン氏が急死します。

現在、途中まで仕上がっていた第4作の遺稿を基に、ラーゲルクランツが書き上げた第4作が出版されています。

本記事では、シリーズ第1作に絞ってご紹介するとともに、スウェーデン本国およびハリウッドで製作された映画版についても、次記事で若干の説明を加えたいと思います。

 

 

あらすじ

雑誌『ミレニアム』の責任者ミカエル・ブルムクヴィストは、偽のスクープを掴まされたことで事業家ヴェンネルストレムから名誉棄損で訴えられ、敗訴した。

世間での評価を失って以来、ミカエルは表舞台を避けていた。

しかしある日、大財閥の元トップであるヘンリック・ヴァンゲルから、36年も前に失踪した少女ハリエット・ヴァンゲルの行方の調査を依頼される。

調査を引き受けたミカエルだったが、助手が必要になったため弁護士フルーデにその旨を伝える。

フルーデが紹介してきたのは、少女のような体にドラゴンの入れ墨を入れた若い女性リスベット・サランデルであった。

 

比類なきダークヒロイン

本作の語り手であり主人公となるのはミカエル・ブルムクヴィストです。

しかし、『ミレニアム』シリーズの魅力の大半を担うのはヒロインのリスベット・サランデルであると言っても過言ではありません。 

リスベットは24歳でありながら10代前半にも見える幼い外見の女性。

精神疾患があるとの診断を受けて長らく世間から隔絶されていたため、高等教育はまともに受けていません。

また、この診断を背景として、現在も後見人の弁護士からの緩やかなサポートを受けて生活しています。

それにも関わらず、高い論理的思考力や状況判断力を有しており、あまつさえスウェーデン随一のハッカーと言う顔も持つ女性です。

リスベットは幼年時代の壮絶な経験のため、感情をほとんど表に出さず、また身の危険を感じると相手を容赦なく排除しようとします。

そのため、人間関係の円滑な構築が著しく苦手です。

しかし、その優れた頭脳を雇い主のドラガンや、仕事仲間となるミカエルに見いだされ、欠点へのフォローを受けながら活躍していきます。

なぜ精神疾患との診断を下されたのか、後見人をつけられているのかは、シリーズが進むにつれ明らかになります。

冷静沈着で、強い決意を持って敵に立ち向かうリスベットの姿は、読者が目を離せなくなること請け合いです。

 

ヴァンゲル家を取り巻く謎

緻密で深いヴァンゲル家の謎も、ページを捲る手が止められない一因です。

淡々と客観的な文章で綴られるストーリーは、謎解きですべてのパズルのピースがはまるように仕立てられています。

やたらと親戚が多い財閥(怪しい)、

閉ざされたヘーデビー島(怪しい)、

事件を解決できたらヴェンネルストレムを潰すネタを提供するという大富豪(怪しい)など、

推理小説の古典的な要素が多いように見えつつも、スタイリッシュでスマートな小説に仕上がっているのも強みの一つです。

そのような仕上がりになっている一つの理由としては、ガジェットの描写や、ミカエルたち主要登場人物のオープンで現代的価値観の貢献が挙げられると思います。

 

根底にあるテーマ

本作に限らず、『ミレニアム』シリーズは全編において女性への暴力をテーマとしています。

性暴力の描写がきつい場面は何度か出てきますし、女性憎悪を感じさせる出来事や人物も登場します。

これは、著者ラーソンが深い問題意識を持ってストーリーにこのテーマを織り込んでいるからに他なりません。

本記事を書くためにウィキペディアを読んで初めて知りましたが、ラーソンが問題意識を持ったきっかけは彼の実体験によるところだとのことです。

昔、その場面に居合わせていながら、ある女性を性暴力の被害から救えなかったことが大きな反省となっているとのことです。

また、彼女の名前がリスベットだったことが、本作ヒロインの命名の背景となりました。

女性への暴力以外にも、同性愛の肯定、反人種差別など、ラーソンの主張は一貫してリベラルであり、小説の中にもそれが表れています。

彼はそうした自身の主張が原因で危険が及ぶことを恐れ、パートナーである女性と生涯籍を入れることはありませんでした。

 

おわりに

ラーソンの死による小説の途絶や、相続騒動など、作品の内容以外についても話題に事欠かない本作ですが、ミステリーとしての高いクオリティには疑いがありません。

夢中になって読める推理小説の筆頭に上がります。

次の記事ではハリウッド版およびスウェーデン版の映画についてご紹介します。

 

 

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)