映画『紙の月』
実在の横領犯をモデルとした邦画のレビューです。
主演の宮沢りえだけでなく、先輩役を演じる小林聡美の演技が素晴らしかったです。
あらすじ
梅澤梨花は多忙な夫と二人暮らしで、以前は専業主婦だったが今では銀行員として働いている。
大人しい性格で、仕事で実績を認められ、少しずつ自信をつけ始めていた。
ある日梨花は、顧客の孫である大学生・光太と恋人関係になるが、学費が工面できないために彼が大学中退しようとしていると知る。
光太に学業を続けさせるため、梨花は顧客の金に手を付けて彼に渡してしまう。
梨花の変化に気づかないまま、夫は海外転勤で中国へ赴任した。
次第に光太に夢中になっていく梨花は、やがて学費だけでなく二人で遊ぶための金までも横領で手に入れるようになっていた。
大人しく控えめ
梨花は大人しく控えめな女性で、営業先の個人顧客からの評判が良好でした。
裕福な高齢の顧客たちは、謙虚に話を聞いてくれる梨花が好きだったのでしょう。
地道な仕事で正規職員になった梨花は、自分で働いたお金で夫に時計をプレゼントしてみます。
ところが、梨花の心の機微に無関心な夫は、間を置かずして何倍もの値段の時計を梨花にプレゼントしてきました。
相手が相手なら完全な当てつけにしか見えないことですが、彼は自分なりに梨花を大切にしているつもりなのは、映画の端々から見て取れます。
しかし「どうして時計にしようと思ったの」と訊く梨花の意図も、彼は分からない様子(こりゃだめだ)。
高額なお金を持ち歩かなくて済むよう、クレジットカードを持ちたいという梨花の言葉にも、「なくてもいいんじゃない」と一蹴。
20年位前の日本が舞台ですから、夫にしてみれば「働いて妻を養い、不自由させないことが愛情表現」であり、心の機微まで構う必要はないと思っていたかもしれません。
一人の人間として対等でありたい、自由でありたいという、梨花の思いに気付けなかったことが、だんだんと二人の距離を広げてしまいます。
梨花と光太
顧客の金に手を付けたのは、最初は光太の学費のためだけでした。
その後、次第に梨花の横領の手口や金遣いは大胆になります。
顧客の意思で解約したように見せかけ、払いだしたお金を持ち出すだけだったのが、行内の書類を偽造するようになり、
光太と食事や宿泊するお金を出すのみならず、二人で逢うための部屋まで借りるようになります。
ところが、光太の心が離れるのを察するとあっさり別れを切り出しました。
横領に手を染めたのは、光太のためだけではないと分かる場面です。
吉田大八監督も、「光太は梨花の行動のきっかけに過ぎなかった」とインタビューで話しています。
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夫は自分の仕事に興味はないし、行内の人間関係も息苦しく、梨花が唯一安心できる場所が光太のそばでした。
一人の人間として認められ、自信を持てたことによって梨花は大胆な行動に出ました。
梨花にとってのお金
明らかに偽物と思しきアクセサリーを身に着けていた顧客の老婦人が、梨花に言う場面があります。
偽物でいいのよ。
いいじゃない。
綺麗なんだから。
彼女の顔は本当に幸せそうです。
対照的なのは、梨花の横領に気が付き、追求した銀行の先輩による終盤の台詞です。
確かに偽物かもね、お金なんて。
ただの紙だもん。
でもだから、お金じゃ自由にはなれない。
この先輩は、仕事で扱うお金がどこから来てどこへ行くのかにも関心を持ち、金融の専門誌を読むような人物です。
だから、不正な方法でお金を自分のものにしてはいけないし、それで得た幸せや自由なんて意味がないと思っているでしょう。
対して梨花は、自分の取った行動に罪悪感を覚えません。
彼女にとっては、それで誰かが幸せになるなら、お金なんてどこから来たものであってもいいし、どう使ってもいいからです。
時々差しはさまれる梨花の高校時代のシーンの意味が、此処で分かります。
高校時代、共同募金で途上国の村を支援していた梨花の学校ですが、だんだんと募金額が減っていってしまいます。
梨花はそれを補うため5万円ものお金を募金し、先生に咎められます。
彼女にとっては、いつもお礼の手紙をくれていた男の子が生きていけるよう、募金を続けることだけが重要でした。
金額が高校生にとって適切かどうか、正当に入手したかどうかは、梨花にとって大したことではなかったのです。
そこにお金があって、お金でできることがあるのに、どうして使わないのか、梨花にはむしろ不思議だったのかもしれません。
おわりに
銀行業と関係ない仕事をしている私でも、終始ひやひやしっぱなしの映画でした。
緊迫感と締まりを与える、小林聡美演じる厳しい先輩と、
一人の人間として生きたい無邪気さを持つ、宮沢りえ演じる梨花と、
2人の対照が強く印象に残りました。
梨花の夫、光太も安定した演技力のある布陣です。
冬の風景が中心のため、これからの季節に観るはぴったりの映画だと思います。
機会がありましたら是非ご覧になってみてください。