本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『万引き家族』

どうしても書きたかったので書いてみました。

自然な演出は、他の是枝監督作品と同様に健在です。

『誰も知らない』より身近なテーマを扱ったストーリーでしたので、より多くの人の感情や思考を揺さぶったり考えさせる作品だったと思います。

有機的ながら、とても論理的な映画でもありました。

最後までネタバレします。

 

 

あらすじ

東京下町の、廃屋のような一軒家に暮らす柴田治は、ある日、寒いなか屋外に放置されている少女ゆりを見つける。

両親からネグレクトや暴力を受け、表情もないゆりの様子や、彼女の家から響く罵声で家庭環境を察した治の妻・信代は、ゆりを連れ帰って一緒に暮らすことを決める。

2人の暮らす家には、息子の祥太のほか、信代の妹の亜紀、その祖母の初枝らが暮らしており、にぎやかな共同生活を送っていた。

彼らは、治や信代の高くはない給料や、治と祥太の万引き、初枝の年金などで細々と暮らしていたが、治が怪我をして働けなくなってしまい、信代もあるきっかけから仕事を失う。

さらに、ある朝突然初枝が亡くなっていた。

家族を取り巻く環境が厳しくなる中、6人に血縁・法律上のつながりがないこと、なぜ彼らが共同生活を始めることになったかが明らかにされていく。

 

実話とフィクション

この作品は、親の死亡を届け出ないことにより、親族が何年も故人の年金を詐取し続けていた実話をベースとしています。

しかし、映画全体を通して描かれる「家族とは何か」という問いの中には、老いた親と子ども以外にも様々な関係が描かれています。

年金詐取事件はあくまで一つのモチーフであり、ストーリーが進むきっかけであって、メインテーマではありません。

親と子、子と親、夫婦など、6人の中に映し出される様々な家族の関係がすべて丁寧に描かれていました。

次の項目から、家族一人一人について考察を書いていきたいと思います。

6人の辿った経緯のどれもにリアリティがあり、映画と同じ状況ではないにしても、いつか人生の中で目撃したり、直面したりする可能性がありそうに見えてきます。

貧困、夫婦間の暴力、兄弟姉妹間で不均衡な親との関係、非就学児、幼児虐待など、多様な問題のただなかに立たされている登場人物たちは、観ている私たちと同じ人間なんだと強く感じました。

そう思わされたのは、演技に見えない自然な演出と、細やかな人物描写の結果でしょう。

 

ゆりという少女

寒い夜に家の外へ放置されていたゆりを、思い付きで家に連れ帰ってきたのは治です。

しかし、ゆりを帰そうとした信代は家の前まで来たものの、響いてくる罵声を聞いて引き返します。

そして、(法律的には誘拐になるにもかかわらず)ゆりを連れ帰って一緒に暮らすと決めます。

ゆりは明らかに暴力を振るわれた傷なのに「転んでけがした」と言ったり、虐待されているのではと疑う信代たちに「お母さんはとっても優しいの。お洋服買ってくれるの」と言ったりします。

服を買うのは愛情ではなく扶養だと告げたくても、彼女がそう言う時の生気のなさを見たらとても言えません。

ゆりが虐待に適応してしまった末に子どもらしさを失っているのは、素人目にも分かります。

直接的には言及されないものの、信代は小さな頃の自分にゆりを重ねていることが明らかになっていきます。

誘拐事件としてゆりのことが報道されても、信代は彼女を帰そうとはしません。

帰る場所として適切でないことを、身をもって知っているからです。

だから信代は、「りん」という名で彼女を呼んで、別の子であるかのように装わせてでも匿い続けました。

自分からはまったく喋らなかったりんが、子どもとして愛情や保護を受けるうちに、徐々に活気を得ていく様子がリアルでした。

彼女は最終的に虐待する両親のところに連れ戻されてしまいますが、相変わらず父から母への暴力により家の雰囲気は荒んでいます。

そんななか、暴言でりんを追い払ったあと我に返り、「お洋服買ってあげる」と猫撫で声を出す母親に、もう彼女は駆け寄りません。

母親が本当にりんに興味がなければ、このまま親子の心の距離はどんどん開いて、18歳位になればりんは家を出ていけるでしょう。

でももし、意のままにできる子どもがいなくなったら嫌だとか、(パートナーや社会とはまともな関係が築けないから)せめて小さな子どもは自分を泣いて求めるべきだとか、愛情なき執着に親が捕らわれていたら、りんが独立しようとした時に妨害するかもしれません。

ラストシーンの余韻も相まって、とにかくりんには無事に成長して家を出て欲しいという気持ちが、終わった後も脳内を回り続けていました。

 

祖母の初枝

祖母の初枝は、撮影後に亡くなった樹木希林さんが演じています。

元夫が別の女性と家庭を作った末に亡くなったらしく、その「別の家庭」に生まれた孫・亜紀をこの家族に引き込んでいます。

彼女は飄々として、あまり感情を表に出さず、地上げ屋の訪問ものらりくらり交わしています。

なので、亜紀の親に内緒で彼女を同居させているように振る舞いつつ、実は彼らからお金をもらっていたことを、どう考えているのか正直わかりません。

舞台が彼女の家である以上、この疑似家族の存在を望んでいたのは確かなはずなんですが。

亜紀を巻き込んだのは、初枝の家庭を壊した人たちへの意趣返しだとしても、亜紀に対して同居人以上の愛があったんじゃないかなと思いました。

亜紀以外の家族に対してもそうです。

劇中で亡くなる直前、家族で海へ出かけた時に、誰にともなく海へ向かってお礼を言う場面があります。

海へ出かけるなんて仲良しの素敵な家族だなと思います。

初枝も、日常から少し離れた楽しい時間も共有できる家族に恵まれ、幸せに思っていたんだと信じたいです。

 

あっという間に長い記事になってしまったので、次の記事に続きます。