本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『パラサイト』

今年のアカデミー賞作品賞受賞作をご紹介します。

ネタバレせざるをえないのでネタバレしながらレビューいたします。

 

 

あらすじ

半地下の薄汚い住居で暮らす四人家族、キム一家は、全員失業中。

貧しいが家族の仲は良く、悪態をつきながらもなごやかに暮らしていた。

ある日、息子のギウが友人の家庭教師の仕事を引き継ぐことを打診される。

留学する間だけ、裕福な家の女子高生のダヘに英語を教えてほしいという。

妹ギジョンの作った偽造入学証の助けもあり、見事家庭教師の仕事をもらうギウ。

さらに、ダヘの弟の家庭教師や、運転手、家政婦に、失業中だったキム一家は次々とありついていく。

だが、山の手の高級住宅地に住むダヘの一家には、ある秘密が眠っていた。

 

前半と後半のメリハリ

卓越した余韻の残し方が特筆すべき本作。

観終わった後まずは、「後味…!!」としか言えませんでした。

前半は『万引き家族』と『デスパレートな妻たち』を足して2で割って若干『アンダー・ユア・ベッド』した感じかなと思いながら観ていました。

でも、後半の緊張と絶望のゲージの高め方が凄い。

万引き家族』でも『デスパレートな妻たち』でも上手いことスルーされていた視点を、油断してる間に突きつけられた感があります。

「貴方たちはいいよね。だって持ってるんだから。でも私たちにはないの」と言われてる感じ。

万引き家族』は「貴方たちが持ってるものを私たちは持ってない。でも私たちは貴方たちが理解できないものを持ってる」だったのと好対照です。

デス妻』も家政婦とか運転手とかいった立場の人々が出てきますが、その辺は全部スルー。

触れないのがマナーというのが確立されてそうだし、アメリカでやるのは難しそうな切り取り方です。

持たざる存在と徹底的に向き合って、「救うべきは社会なんだ」って訴えるヨーロッパ映画の論調とももちろん違います。

国自体が上り調子で豊かになれる希望があるわけでもなく、かと言って全部社会のせいにできるほど荒れた国でもなく、という絶妙な諦念がある韓国だから切り取れたんじゃないかと。

本気でやればもっとしんどく描けるところを、この重さに留めたのは、あくまでエンタメとして仕上げようという意図からでしょう。

前半の和気藹々とした家族と、後半の鬱屈の積み上がり方の対比が鮮やかでした。

 

比較と不幸

後半の展開は、人は比較するから不幸になる、という原理のお手本のようです。

前半は、偽造入学証書を手に出かけるギウに「お前は我が家の誇りだ」とおどけて語る父ギテク、抜群のチームワークを見せる兄妹、肝っ玉母ちゃんのチュンスクが和気あいあいと暮らしています。

次々とパク一家の家庭教師、運転手、家政婦に就職する手際は鮮やかなもの。

それも全員が一致団結しているからこそできることです。

住んでいる地区はガラが悪く、住居も清潔とは言えないものの、特段悲観しているようにも見えません。

パク家に入り込めたのも、「羽振りのいい家に就職できたぜラッキー」という無邪気な喜び。

しかし、彼らの不在中にコソコソ酒盛りし、あわや前任の家政婦に弱みを握られそうになり、テーブルの下に身を隠し……と、「金持ちのおこぼれをもらうしかない立場」に気付かされる瞬間が次々やってきます。

極めつけは豪雨による洪水。

家が水没してめちゃくちゃになり、どうすればいいのか途方に暮れながらも、パク家のパーティーのために出勤しなければなりません。

キム家の水没など知る由もないパク夫妻は、「雨が降ってかえって良かった」「分をわきまえて仕事をしなさい」など、知らず知らずのうちにギテクの心をえぐる発言を繰り返します。

ギウも、突然のパーティーの誘いにも颯爽と集まり、チェロ演奏や雅な会話を繰り広げるパク家の知人たちを遠い眼で見ています。

自分たちの暮らしの中で幸せを味わっている内は、気にならなかったこと。

それが、他人の幸せを垣間見た途端に、色あせて見えてきます。

このへんは、特にSNSとともに生きてきた世代の人に、世界中で共感されるポイントではないでしょうか。


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金持ちだからこそ

裕福なパク家の奥様ヨンギョは、人が良い美人。

運転手の仕事で彼女と関わるうち、ギテクは好感を持ち、秘密の酒盛りで妻とこんなやり取りを交わします。

ギテク:奥様は本当に純粋でお優しい方だ 金持ちなのに

チュンスク:私に言わせれば“金持ちだから”だよ!

 このセリフは本作の本質を突いているのではないでしょうか。

ギテクの一家も、家政婦のムングァンも、人に言えない後ろ暗い事情を抱えています。

秘密がないのは奥様をはじめとするパク一家だけ。

ギテクを追い込む発言にしても、彼らがアンダー・ザ・テーブルの時の行動にしても、パク夫妻なりの真面目な生き方や幸せを実践しているだけ。

自然体なのに清く正しく幸せでいられるのは、彼らが豊かだから。

自分だって、富裕層の家に生まれれば、後ろ暗いことなんてしなくて済んだ。

そう思った瞬間に、今まで胸の奥に淀んでいた嫉妬が、一気に激しさを増したかもしれません。

アメリカほど激しい格差社会じゃなくても、紛争国や政情混乱のある国じゃなくても、お金がなければ生きることはやはり大変です。

しかも、平和な国であればあるほど、優雅な幸せや丁寧な暮らしを噛みしめている人の姿がすぐそばに見られてしまう。

この点は、日本人も共感できるポイントではないでしょうか。

命が危ないほどの困窮ではなくても、自分が「持たざる者」だと思い知らされることは、精神衛生の維持を著しく困難にします。

本作は社会問題を問う作品ではなく、エンタメだとは思いますが、世界中でたくさんの人が感じながらも形にできなかった感情を、鋭く描き出していると思います。

 

おわりに

正直、展開の上では期待が膨らみすぎていたぶん驚きはまずまずでした。

しかし、「この後どうなるのか」という想像のつかなさ(つかせなさ)が一貫しているストーリーです。

テンポのいい展開に、最後まで飽きることなく観ることができました。

それだけに、後味の残し方も鮮烈で、見事に監督の術中にはまった自信があります。

「計画を立てると、人生は必ずその通りに行かなくなる」というセリフは、最後のギウの計画の行方を暗示しているようでした。

なお、ギテクのとあるセリフで、ユン運転手が再登場するのかなと予想してたので、そっちかーい!と裏をかかれたことも告白します。

息つく間もないミステリーが観たい、という時におすすめの作品です。

 

 

 

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