本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『カスパー・ハウザーの謎』

生まれてからほぼ誰とも接触せず成長した男性が19世紀のドイツで発見されました。

実話を下敷きに、人間の愚かさや傲慢さを描き出した映画をご紹介します。

ネタバレしています。

 

 

あらすじ

南ドイツのある町で、身寄りのない青年が発見される。

彼は言葉がまともに話せず、歩くこともできなかった。

自分が誰かも説明できない彼は、どうやら生まれてから今まで人間と全く接触せずに生きてきたようだった。

彼に紙とペンを渡すと「カスパー・ハウザー」と書いたことから、その名前で呼ばれることになる。

カスパーは孤児として市に預けられるが、その生い立ちに興味を持ったダウマー教授に引き取られ、言葉や生活にまつわる知識を教えられる。

しかし、カスパーの奇妙な人生が遠方にまで広まった頃、彼を外界に連れ出した人物が再び姿を現す。

 

カスパー・ハウザーとは

カスパー・ハウザーは19世紀のドイツに実在した人物で、本作は実話に基づいた物語となっています。

カスパー・ハウザー - Wikipedia

生まれてから人間と関わることなく育ち、16歳ごろにニュルンベルク市の広場で発見され、ヴェッセルニヒ大尉あての手紙を持っていました。

しかし大尉は彼の身元について心当たりがなく、孤児として市に預かられましたが、宗教哲学者のダウマーをはじめ、カスパーに興味を持った学者たちから言葉などを教えられます。

その後、カスパーは断片的に自分のことを説明したりできるようになりましたが、ほどなくして口封じをするかのように何者かに殺されてしまいました。

カスパーが語ったのは、生まれてからずっと地下牢のような暗く小さい場所に閉じ込められ、おもちゃの馬だけを与えられて生活していたことだけで、彼の身元については判明しないままでした。

 

人間の愚かさや偏見について

カスパーは非常に鋭敏な感覚の持ち主だったことが記録されています。

大勢の人の前に出ることが当初苦痛だったことが、映画の中でも描かれています。

それに加えて、大人しく繊細な心の持ち主である姿が印象的でした。

生まれてから話すことも、人と関わることも知らなかったカスパーは、普通の人間の振る舞いを知らないので、周りから奇異の目で見られることがありました。

彼を笑いものにする人々を見て、カスパーは涙を流します。

言葉がおぼつかず、目の前の状況も、自分の中に渦巻く感情の正体も、それをどうしていいかもよくわからないカスパーには、とても辛い状態だったに違いありません。

みんなが自分のことを笑う、でも笑っている原因はよくわからず、笑いの背後に何か悪意があるようだけれど、一体自分が感じている気持ちは何なのか…という混乱があったでしょう。

そんなカスパーを見て、自分たちのほうが賢いと思って笑う人々と、預けられた家の赤ちゃんを抱いてしみじみと喜ぶカスパーと、どちらが優しい心の持ち主かは明らかなように思います。

また、学者たちはカスパーに神の存在を感じたことがあるか尋ねます。

当然カスパーは「見えない偉大なものの存在」なんて知る由もありません。

しかし、その回答を聞いた学者たちは「これは一体どういうことなんだ」と腑に落ちない様子です。

人間の社会が築いた偏見の中で生きてきた学者たちが、自分たちより遥かに客観的なカスパーを前に戸惑う姿が忘れられません。

 

秘密を握る人物

この映画は、暗く閉ざされた場所に閉じ込められているカスパーが、中年の黒ずくめの男に外界へ連れ出される場面から始まります。

敷き藁があるだけの粗末な空間で、カスパーは話したり抵抗したりといった人間らしい反応は示しません。

しかし、時間が経って人間社会にも順応し始めた頃、再び黒服の男が現れます。

今度は彼を殺すために現れ、淡々とカスパーの命を葬ります。

黒服の男からは全く感情が感じられず、カスパーもまた何が起こっているのかわかりません。

殺害の場面では混乱と恐ろしさを感じずにはいられませんでした。

1人の人間を閉じ込めて人間らしい生活を奪ったかと思えば、今度は放り出し、挙げ句の果てに殺したのが誰かはわかりません。

しかし、カスパーが別の環境なら全く違う人生を送っていただろうと思うと、こうした仕打ちに傲慢さと残酷さを感じざるを得ません。

 

おわりに

静かだけれど重い余韻を残す映画でした。

カスパーの謎に迫ることや、彼の出自について推理をするものではなく、カスパーの周りの人々を通して人間そのものへの洞察を描いた作品です。

哲学的な映画を観たい人におすすめしたい作品です。

 

 

 

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