映画『蜜蜂と遠雷』
人気音楽小説の映画化作品をご紹介します。
原作を読んだから、松岡茉優ちゃんが好きだから、というある意味安直な理由で観てみた本作ですが、これが大当たりでしたー。
原作より素晴らしいと思った映画化作品は初めてかもしれない。
映画館で観てから時間が経っていますが、振り返りながらネタバレレビューします。
あらすじ
天才少女と呼ばれ、小学生の頃からリサイタル活動をしていたが、母の死をきっかけに表舞台から去っていた音大生・栄伝亜夜。
かつて日本で暮らしていたが、現在はジュリアード音楽院で勉強中のマサル。
岩手で家族と会社員生活をしながら、ピアノコンクールへ再挑戦する明石。
欧州で養蜂を営む父と移動生活をしながら、誰のものでもない音楽を追求してきた塵。
近年注目度を高めてきた芳ヶ江国際ピアノコンクールで、若い個性のぶつかり合いとドラマが映し出される。
原作との比較
全体的に、登場人物を絞り込んでドラマが凝縮され、密度が高まっていました。
さらに、原作ではお茶を濁されて終わった本選の演奏をクライマックスに持ってきていたことに大満足。
後半に登場する鹿賀丈史さんの役もドラマを引き締めてました。
実は、原作では松岡茉優ちゃんの役があまり好きじゃなかった(ついつい「練習しろよ…」と思ってしまうし、才能を活かさない本人に対して周囲が優しすぎる)んですよね。
高校時代、音大受験のため修学旅行ですら犠牲にして毎日練習時間を確保してた同級生を見てたら、「才能あるのに何言ってんだ」と思えてしまい…
何かを持って生まれたことはその人の罪ではないけど、他の人が血の滲むような努力をして手に入れたかったものを、何でおざなりにするんだ、と思わせる絶妙なイラっと感がありました。
しかし映画では、内省的で自分の音楽を解き放てない役が確立されてた結果、終始彼女に感情移入しながら観ることができました。
マサルとのイチャイチャが抑えめに書かれていたことも貢献してると思います。
内面に閉じこもりがちなキャラクター、所在なさげな心持ちが、画面上の彼女を観ているだけでバキバキに伝わってきました。
それだけに、塵が不意にあやの心に入ってくる場面場面でどうしようもなく涙を誘われます。泣く映画だとは思わなかったのですが。
お母さんとの突然の別れに向き合えず、お母さんの記憶と結びついた「音楽への愛」にもどこか蓋をしてしまっていた亜夜。
全編を通じて、ままならない鬱屈に苛まれる彼女の姿を観るからこそ、最後の晴れやかな笑顔に心が洗われます。
すべてをぶつけた演奏を通じて、観ている自分も亜夜と一緒にカタルシスを共有できたような気持ちになれました。
スポンサードリンク
映像の美しさ
今更これを書くのもなんですが、機会があれば絶対に絶対に映画館で観るべき作品だと思います。
音楽映画なので、ぜひ良い音響環境でご覧いただきたい!というのも勿論あります。
加えて、音楽映画は絵面的には地味と思われるかもしれませんが、そんなこともないんですよね。
国際コンクールの会場となる芳ヶ江は、架空の都市で実在はしないようです。
(コンクール自体は浜松のコンクールをモデルにしている)
しかし、ところどころ映し出される海辺の町の風景は、おそらく瀬戸内海沿いの町かなと思わせる風光明媚さがあります。
特に亜夜が工房へ向かう場面の青い夕闇が綺麗でした。
後半の砂浜は瀬戸内にしてはちょっと雄大で寂寞感あふれる感じで、これは違うロケーションで撮ったのかなと思いますが。
でもこの場面も非常に印象深い映像になっていて好きです。
そして何より万感のラストシーンは特筆すべき。
マサルや塵の最後の演奏はこれまでと比べるとなんか抑えめじゃない?と思ったり、弾いてる演技は茉優ちゃんより他の3人のがうまいかなと思ったりしてたけど、「このラストシーンを創るためだったのか!」と謎が全部解けました。
個性あふれる群像劇
コンテスタントたちの個性は、セリフや行動にももちろん表れているのですが、何と言っても演奏に注目が集まります。
特に『春と修羅』は全員が同じ曲を弾くので、解釈の違いが鮮明に表れます。
その中でも、カデンツァと呼ばれる即興部分をどのように演奏するか、各演奏者についてクローズアップされています。
原作の文学作品の美しさを抽出しようとする演奏、東北の冬の酷薄なまでの厳しさを投影する演奏、豊かな個性でその時感じたままを映し出す演奏と、弾き手によって全然違う音楽が生み出されます。
純粋に音楽だけ、あるいは演奏の映像だけでは、普段クラシックを聴き込んでいない私のような人間には違いがわかりにくいかもしれません。
しかし本作では、蛇足にならない程度にわかりやすく、音楽の特徴を映像化して伝えてくれています。
一人一人のカデンツァの違いのみならず、他の選考での個々人の演奏も、個性を理解しつつ堪能できました。
そして、クラシック音楽について皆が確固たる信念を持っているのがかっこよかった。
音楽は選ばれたお金持ちだけのものじゃない、という信念のもと、一庶民としてコンクールに挑戦する明石。
大きなホールや特別な空間だけで演奏されるクラシックを、閉じられた世界から連れ出したいとの情熱を持つ塵。
かつてのヨーロッパでそうであったように、クラシック音楽の「新作」を生み出したいと考えるマサル。
音楽はどこにでも宿っているから、コンサートピアニストにならなくても良いと思っている亜夜。
普段なかなか関わることのないクラシック音楽について、様々な切り取り方で魅了してくれる映画でした。
おわりに
全体的にかなりハイクオリティの邦画でした。
一つ言うとすれば、メインの四人が素晴らしかったけど、女性の端役が前に出過ぎてて総合バランスが惜しいところでしょうか。
特にブルゾンちえみさんは抑えきれない迫力(仕方ないかもしれませんが)。
あと審査委員長の斉藤由貴さん。
芸能界の事情がいろいろあるのだと思いますが、作品全体の仕上がりを考えればもう少し抑えめになったかもと思います。
とはいえ、上質なピアノ音楽と青春群像劇をお探しの方にはぴったりの一作です。
ぜひ良好な音響環境で視聴することをおすすめいたします。