本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『幸福な食卓』

三浦春馬さんの訃報を聞いて、しばらくして思い出した映画です。

瀬尾まいこさんの小説が原作の、ある家族の映画について、レビューを書きました。

ネタバレがありますのでご注意ください。

苦しさを癒やしきれずに自ら命を絶つ方が減り、少しでも助けを求めやすい場が増えることを祈ります。

 

 

あらすじ

長野県に住む中学生の佐和子は、父と兄との三人暮らし。

母は近所で別居中であるが、時折佐和子は母を訪ね、母も時たま家を訪れる。

父が、「父さんは父さんであることをやめようと思う」と何度目かに宣言したある日、転校生の大浦が学校にやってくる。

何でも器用な兄の直ちゃんは、何人目かの彼女を家に連れてくるが、佐和子は彼女が別の男と親しくする様子を目撃してしまう。

同時に、人懐っこい大浦との距離は徐々に縮まり、佐和子にとって特別な存在になっていく。

父の起こした出来事を乗り越える家族を、透明感ある優しさで描くヒューマンドラマ。

 

映像の美しさ

シリアスなテーマを扱う作品なのですが、現地の風景を活かした美しい映像が終始目の保養になる映画でもあります。

長野の坂道と盆地の風景、空気の透明感をフルに活用した作品です。

坂道で山並みを背景に大浦くんと会話する場面、山並みを背景に堤防の上の桜並木が映る場面、ラストの坂道の桜吹雪の映像は特に好きです。

全体的に空気の澄んだ感じが伝わってくるようで、そりゃ諏訪精機さんもものづくりしますわ…と思いました。笑

また、主演の北乃さんなしに本作の魅力は語れません。

この映画を観るまでは、制服萌えの意味を正しく理解できていなかったと断言できます。

特に大浦くんとの間の甘酸っぱさは尋常じゃない破壊力です。

彼女の透明感と初々しさが結晶になって閉じ込められた映像と言えます。

 

人のもろさ

佐和子のお父さんは、教員の仕事を辞めて医大受験のため、猛烈に勉強し始めます。

中盤のお母さんと佐和子の会話から、お父さんは秀才だったお母さんに劣等感を抱いていたことが示唆されます。

どんな大学にも行けると言われたお母さんと、そこまででもなかったお父さん。

でも、気を遣ったつもりでこれだもんね。母さん、父さんのこと何にも気づいてなかったんだから。

「これ」というのはお父さんが自宅で自殺を図った時のことです。

幸い未遂に終わったのですが、お父さんが癒やしきれない劣等感に悩み続けていたことが明らかになります。

文章だけ読んでも「何でそこまで悩むの?」と思うかもしれません。

しかし、映像でお父さんを観ていると、そこはかとない危うさというか、不安定さが、おおげさすぎない絶妙なバランスで伝わってきます。

フラフラしたところのない、真面目な印象の男性ですが、その真面目さ、余裕のなさがどことなく苦しさを醸し出すのかもしれません。

家族のなかでもう一人の男性である直ちゃんもまた、単に成績が良くて、誰ともうまくやれる青年、と言い切れないアンバランスさを抱えています。

彼女である小林ヨシコが告発した、何人もの女性との同時並行な恋愛です。

直ちゃんは、ヨシコによるカウンター浮気に直面した後、彼女と向き合うことを決め、自身を見つめ直します。

そこに至るまでには苦しい葛藤がありました。

お父さんの自殺未遂を振り返って語るセリフに、悩みが凝縮されています。

子どもの頃から、何でも完璧に正しくこなしてきたことから、少しずつ歪みが出始めて。

はじめはそんなズレ、すぐ元に戻せたんだけど、中学生になって、高校生になって……どんどんひどくなって。

そのうち、もうどう頑張っても、たまっていく歪みを元に戻せなくなるのが分かった。

ゼロに戻すには、死ぬしかないんだなって。

だからあの時、母さんの声で風呂場に行って、ああ、俺もこの人みたいに死ぬんだな、って。そう思った。

このセリフを聞いて、自分自身が十代の頃、「いつまで間違わずに生きてられるだろう」と切迫感を抱えていたのを思い出しました。

学校の中では、正しいこととは何か、一人一人がすべきことが何か、がわかりやすく決められていて、その領分を守っていれば大きな問題はありません。

でも現実には、人の助けを借りなきゃどうにもならないことがあるし、自分の弱みを開示しなきゃいけない時もあるし、汚い手も使って目的を達成する狡さも時には必要です。

しかし、クリーンさ、真面目さ、完璧さを追及して生きているとそうした”遊び”の部分がよくわからなかったりします。

ひとたび自分の中に許せない部分を見つけたら、もう自分を消すしかなくなってしまうのか。

満点を取れる自分を人々は認めてくれたのに、そうじゃない自分に価値はあるのか。

直ちゃんは辛くも、お父さんの遺書の中にヒントを見つけます。

この遺書、優れものなんだぜ。最後にはちゃーんと、長生きの秘訣が書いてある。(略)

父さんは、真剣ささえ捨てることができたら、困難はずっと軽くできたかも、って。

だから俺はその方法を使ったんだ。

で、二十歳になってもまだ生きてる。

 「真剣さ」を捨てるために直ちゃんがもがく過程が、女性関係で壊れてみることだったのかもしれません。

様々なものを得ては失うことで、直ちゃんは本当に失いたくないものを見つけました。

実際、こうした失敗は、重い責任を負っておらず、しがらみも少ない若いうちにするしかないのかもしれません。

お父さんは真面目過ぎるがゆえに、若い時に思い切ったことができず、ひずみをひたすらためた結果、ちぐはぐな感覚を癒やしきれなくなったのでしょうか。


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家族の温かさ

淡々と描写される家族の人間模様は、過剰な演技もなく、とにかく自然です。

そして、そこはかとなく不安定なお父さん、葛藤を抱える兄、お母さんとのさりげない絆、どれをとっても危うく温かい。

劇中、ヨシコが「友達や恋人は何とかなるけど、家族は一つしかない」と呟くのですが、本当にその通りだと実感します。

特別な遺伝的資質があるわけでなくても、格のある古い家でもなくても、その家族にしかない文脈が必ずあります。

その家族に心底帰りたいと思えるのはとても幸せなことです。だって代わりは利かないわけだから。

だからたとえ、一周二周廻り道をしても、一緒にいられて嬉しいと思えたら、それで良いのではないでしょうか。

苦しい時には味方になるけれど、相手が辛さを和らげられるなら一時的に離れてみる。

常識とはかけ離れた決断をしても信じてみる。

やりきれない思いをぶつけられても受け止めてみる。

そうした家族内のさりげない優しさを、終始誇張なく伝えてくれる優しい作品でした。

 

おわりに

正直、大浦君との顛末には唐突感を覚えましたが、総合点でやっぱり素晴らしい。

原作ファンの方から評価上々というのも納得です。

家族や、人と支え合って生きることについて考えてみたいときに、ぜひご覧いただきたい映画です。

 

 

 

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