本と映画と時々語学

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映画『麦の穂をゆらす風』

アイルランドの歴史の一場面を切り取った、ケン・ローチ監督の映画のレビューです。

最後まで余すところなくネタバレしていきます。

主演は近年ドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』シリーズで活躍したキリアン・マーフィです。

 

 

あらすじ

アイルランド南部のコークに暮らす兄テッドと弟ダミアン。

優秀なダミアンは医師になる勉強をするため、ロンドンへ行く予定だった。

しかし、出発の日に英国人警察官の理不尽な暴力を目にし、兄とともにIRAの闘士になることを決意する。

アイルランドの独立を目指し、IRAの戦いは苛烈さを増していき、やがてそれは身内の粛清にもつながっていく。

また、ようやく英国から条約締結を勝ち取ったかと思いきや、それは北アイルランドの独立を認めない内容だった。

譲歩的な条約に憤慨したダミアンたちは、テッドたちのいる穏健派と分裂。

アイルランド独立戦争は内戦へと発展してしまう。

 

徹底的に戦うということ

英国とIRAの戦いが苛烈を極めたことはよく知られていますが、それは単なるゲリラ戦に留まりませんでした。

IRA内にいた密告者の処刑なども厳しく行われ、ダミアン自身も仲間を処罰することになります。

しかも相手は、自分より年下の少年クリス。

「怖い」と訴える彼を処刑した時、ダミアンは引き返せない一線を越えてしまったのだと否応なく伝わってきました。

もしこの後に戦いをやめてしまったら、クリスの死も、殺人者になった自分の選択も否定することになってしまう。

心の喪失を埋めるかのように、ますます闘争に身を投じていくダミアン。

そして長い戦いの末、アイルランドと英国は停戦を迎えます。

アイルランド島全島の独立が勝ち取れれば、IRAの戦いは文句なく報われたかもしれません。

しかし、プロテスタント住民の多い北部地域は独立せず、北アイルランドとして英国に留まることに。

これにより、アイルランド全体の独立を目指してきた闘士たちの不満に火が点いてしまいます。


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戦争が内戦に

南部だけでも独立しようと妥協をした指導役マイケル・コリンズたちに非難が向けられ、独立派のなかでも、妥協を受け入れる穏健派と、あくまで全島の独立を目指す急進派の間で、内部分裂が発生。

それまで、独立を勝ち取るために英国相手に戦ってきたIRAですが、内部分裂が穏健派と過激派の内戦に発展してしまいます。

これにより、一緒に戦ってきた仲間どうしで殺し合う事態を呼ぶことに。

当初は誰も望んでいなかったはずの展開なのに、誰も止めることができない。

長い歴史のなかではありがちな展開かもしれませんが、ドラマとして観ると本当にやるせないですね……

穏健派の兄テッドは、過激派に身を投じたダミアンを案じます。

 

兄弟の分かれ道

テッドは新たに樹立されたアイルランド自由国の将校に、ダミアンは医師になります。

しかし、独立後も好転しない故郷の経済状況に、ダミアンは心を痛めます。

アイルランド人が豊かになるには、アメリカに移民するしかないのか、と吐き捨てたところに忸怩たる思いが滲んでいました。

アイルランドをルーツに持つ米国人が多いのは、一つには自国で生計を立てることを諦めた人が多かったから、というのは事実でしょうし。

過激派として、かつての仲間までも攻撃し始めたダミアンを、テッドは自由国軍将校として罰する立場に立たされます。

穏健派に転じるよう説得するテッドですが、ダミアンはあくまで拒絶し、死刑を受け入れることに。

何のための戦いだったのか、というやり切れない余韻を残して映画は終わります。

 

何を求めて戦うか

ケン・ローチ監督らしい、救いのないラストでした。

独立派が戦いを始めたのは祖国の独立を勝ち取るため、それはアイルランドの人々のためだったはずなのに、いつの間にか仲間同士の殺し合いになってしまう。

そのやるせなさを真摯に写し取った映画だと思います。

同時に、当初は誰も望んでいなかった状況になってしまったのはなぜなのか、それが伝わってくるストーリーでもありました。

ただ、ダブリンなど政治的状況の中心地が舞台ではないため、マイケル・コリンズやエイモン・デ・ヴァレラと言った歴史的人物がどう動いていたかは、お話の中からはあまりわかりません。

そのへんは別の映画を観たり、自分で調べたりして知識を補強したほうが、より分かりやすいかなと思います。

同時に、そのあたりが詳しくわからず、映画館のニュースで顛末を知る場面などではより、「情勢に振り回された」というやり切れなさが伝わってきます。

こんなに戦ったのに、IRAのトップたちには何も伝わってないんじゃないか、という苛立ちにもつながってしまいますね。

 

おわりに

後にバーミンガムを舞台としたドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』で主演を務めるキリアン・マーフィの存在感が印象的でした。

ダミアンの少し儚い雰囲気を演じるのに、ぴったりの俳優さんだったと思います。

苛烈な戦いにアイルランドの人々自身が疲弊していく様子も、IRAの闘士たちのみならずその家族や女性たちにも光を当てて描写されていました。

アイルランド独立戦争から内戦へと発展した過程を理解したいという方に、ぜひおすすめしたい映画です。