スペインを揺さぶるカタルーニャ独立運動について
わけあってスペインに行ってまいりました。
マドリッドで何気なくテレビをつけたら、バルセロナ市内の物々しい風景が映し出され、ただならぬ雰囲気。
懸命の字幕読解とググった情報によると、スペインの一地方であるカタルーニャの独立をめぐる住民投票が行われるとのこと。
カタルーニャで投票に向けた独立運動が活性化する一方、スペイン中央政府は「断じて認めん」と強硬に反対。
内務省が体制を掌握にかかったり、投票用紙を押収したり、投票所を閉鎖しようとしたり、きなくさい状況になっています。
現地での大ごと感と比べ、日本語メディアではあまり報じられていませんでしたので、多少にわかながらも、自分の調べた範囲内でまとめてみました。
カタルーニャの概要
カタルーニャ自治州は、フランス国境に接し、地中海沿岸に位置するスペインの一地域です。
州都は、スペインを代表する企業も多く立地するバルセロナ。
人口750万人ほどで、スペインの人口の16%程度を占めます。
ざっくりいうと、全国の人口と、東京都+神奈川県の人口を対比する印象です。
(画像はカタルーニャ独立運動 - Wikipediaよりお借りしました)
政治的・経済的地位のみならず、文化的にも重要な位置を占めます。
ガウディ(建築家)、ピカソ、ダリ、ミロ(画家)はカタルーニャゆかりの芸術家。
また、スペイン語と異なるカタルーニャ語の文化圏であり、住民の半分程度が日常的に使用しているとのこと(出展:カタルーニャ語 - Wikipedia)。
ただし、何年か前に旅行でバルセロナに行った時には、スペイン語が通じなくて困るようなことはありませんでした。
カタルーニャ独立運動の背景
近年のカタルーニャ独立運動では、この1714年のバルセロナ包囲戦で陥落して以来、スペイン王国に支配されているという認識をとるようです。
しかし、1714年に陥落した後、ずっと独立運動が行われてきたわけではない模様。
カタルーニャ独立運動がここまで急進的な盛り上がりを見せたのは、2010年代になってからでした。
陥落から300年後に独立運動と聞くと首を傾げざるを得ませんが、Wikipediaいわく確固たるきっかけがあるようです。
カタルーニャ自治州にて制定したカタルーニャ自治憲章が、スペイン憲法裁判所にて2010年に違憲と判断されたことです。
およそ8割が賛成という住民投票の結果もあった一方で、中央から違憲判決を突き付けられたことがカタルーニャ住民に衝撃を与えます。
これをきっかけに2010年に前代未聞の抗議デモが勃発、
2012年、2013年にも独立を訴える大規模なデモが行われました。
2014年、バルセロナ陥落から300年目にして、独立を問う住民投票が行われ、80%が独立を望む投票結果が出ます(投票者は有権者の3分の1程度)。
2016年、カタルーニャ州首相にプチダモンが就任すると、18か月以内に「カタルーニャ共和国」を樹立すると宣言しました。
2017年、プチダモン首相は独立を問う住民投票を10月1日に実施し、賛成多数なら48時間以内に独立を宣言すると発表しました。
カタルーニャが独立したい理由
ニュース等を読み漁って総合的に重要ポイントと判断した項目をまとめます。
カタルーニャ・ナショナリズム
スペイン国内でカタルーニャ語文化圏の独立性を唱える気運自体は、長い期間ゆるやかに存在していたものです。
急進的な展開を見せたのは前述の流れの通りですが、根底には、下記のカタルーニャ・ナショナリズムの文脈を汲む独立運動です。
19世紀から、カタルーニャ語の再興を図る文化的活動としてカタルーニャ・ナショナリズムが始まっていました。
20世紀になると、スペイン中央政府とカタルーニャの対立と、この文化的活動が結びつき、政治的意味合いも帯びてくるようになりました。
フランコ政権下の抑圧の時代、カタルーニャ・ナショナリストたちは亡命等で前線を離れます。
1975年のフランコ死去後に彼らは帰還し、また1980年になるとカタルーニャ自治州ができました。
21世紀になると、カタルーニャ・ナショナリスト政党が州政府の主要政党となります。
ここに2010年の違憲判決が加わり、上述の独立運動が一気に盛り上がりました。
スペイン国内の再分配問題
概要でご説明したとおり、カタルーニャはスペイン経済において重要な地位を占めています。
カタルーニャ住民は、活発な経済活動でスペイン経済を支え、多額の税金を払ってスペインの行政を支えている自負がある一方、自分たちには利得が還元されない、受益感がない、という不満を持っているようです。
語弊を恐れずに乱暴に言えば、「うちから納めた税金がよそに使われるくらいなら、自分のお金は自分で使えるように独立したい」という思いがあるのではないでしょうか。
世界中で聞き過ぎた話で、デジャヴ感が半端ないですね。
旧ユーゴスラヴィアからスロベニアやクロアチアがいち早く独立したがったのも、この理由と言われています。
これらの背景がカタルーニャ独立運動の後ろに見え隠れしますが、住民投票を強行に阻止しようとするスペイン中央政府の思惑も分析してみます。
スペインがカタルーニャを独立させたくない理由
経済上の重要性
カタルーニャは人口・経済ともにスペイン全国に占める規模が小さくありません。
重要な税源であるとともに、ヨーロッパ内外から大量の観光客を呼び込むソフトパワーを持った地域でもあります。
スペイン経済にとっては、公共・民間領域ともに重要な臓器をもぎ取られるに等しい打撃があっておかしくありません。
他地域への波及効果
2011年にようやく停戦を迎えたバスク地方の独立運動では、1960年代からの武力闘争のため何百人もの死者が出ています。
2014年には独立運動を主導したテロ組織の武装解除も始まっていますが、カタルーニャ独立が成功すれば、独立気運が再燃することも考慮せざるを得ません。
バスク語を持つバスク地方のほか、ガリシア語を持つガリシア地方も独立思想を持ち、自治州が制定されています。
目下最も活発なのはカタルーニャとはいえ、他の地方への影響・体裁を考えれば、中央政府の取る立場は明らかです。
今回の住民投票の行方
スペイン中央政府は、独立を問う住民投票そのものを禁止する措置を取り、投票用紙の押収や投票所の閉鎖で対抗しようとしています。
あす投票が実施できるか、そもそも住民と中央官憲の衝突に終始してしまうのか不明です。
もし投票が実施できたとしたら、どのような結果になるでしょうか。
過去の投票では賛成票が圧倒的ですが、投票率は低かったという特徴があります。
これまで投票に行っていなかった独立反対派が腰を上げた場合、どうなるかはわかりません。
独立したとしてその先にあるもの
バルセロナを中心としたカタルーニャ地方が経済的に大きな力を持っているのは間違いありません。
しかし、それもスペインの一地域に属する形をとっているから、スペイン王国の規模の経済に乗っかっているから成しえている部分も大きいのではないかと感じます。
定量的な分析をしたわけでもないので何とも言えませんが、スペインの他地域から流入するヒト・モノ・カネあってこその現在なのではないでしょうか。
もしかしたら、スペインの枠にとらわれずEUないしは世界を相手取ったビジネスをしているから、国内の資源なんぞ顧みなくても良い状況なのかもしれませんが。
しかし、独立後、公用語がカタルーニャ語のみに統一され、モノリンガルが標準になれば、スペイン他地域のみならず、他国との文化的距離も開いていく気がしてなりません。
そのあたりのデメリットは加味していないでしょう。
何にせよ、死傷者が出ず安全に一日が終わることを第一に願いたいと思います。
おわりに
その昔、映画『それでも恋するバルセロナ』について調べたとき、
「バルセロナで撮影されたのにカタルーニャ語が全然出てこなくて地元民怒り心頭だった」と聞いたときは、へえー?としか思いませんでした。
今回これほどの事態になっていたとはマドリッドで初めて知ったため、驚いて記事にした次第です。
日本時間の明日出てくるであろう投票結果をひとまず待ちます。