映画『硫黄島からの手紙』
久々に日本語の映画を観ましたのでご紹介します。
クリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』のレビューです。
渡辺謙、二宮和也、加瀬亮など、ほとんどが日本人キャストで、ほぼ全編日本語のハリウッド映画です。
あらすじ
硫黄島の洞窟で調査にあたっていた硫黄島協会のメンバーは、ある日大量の手紙を探し当てる。
それは、戦時中に硫黄島で戦っていた日本軍の兵士たちが書き遺した、家族宛ての手紙だった。
遡って、戦局の決定的な悪化を迎えていた太平洋戦争下の日本。
小笠原の海に浮かぶ硫黄島には、陸軍きっての名称栗林中将が赴任した。
かつて会った西中佐との再会を喜ぶ彼だったが、間もなく硫黄島付近の兵力はすべて引き揚げられ、制海権も制空権もなく絶海の孤島に孤立してしまう。
また、大宮に家族を残してきた若者・西郷は、本土に帰ることを望みながらも目の前の状況に諦念を覚えていた。
硫黄島の戦いとは
小笠原の小さな島を巡って日米の軍が争った第二次世界大戦での戦闘のことです。
日本側は、硫黄島を落とされると本土襲撃の拠点とされてしまうため、島を失うわけにはいかないものの、増援や援軍もない状態でした。
一瞬で壊滅してもおかしくない状況でしたが、この戦いの犠牲者数はノルマンディー上陸作戦を上回ったうえ、米軍側の死傷者数が日本側のそれを上回るという極めて稀な戦いとなりました。
沖縄地上戦やフィリピンの戦いと並ぶ、大規模かつ戦略上重要な戦いの一つです。
この戦いを指揮したのは陸軍の栗林中将です。
また、硫黄島にはオリンピックの馬術競技で活躍した経歴を持つ西中佐もいました。
2人は本作でも重要な役どころとして描かれています。
本作は、硫黄島の戦いを日米双方の視点から描く『硫黄島プロジェクト』による映画です。
米国側からこの戦いを描いた作品として、同じイーストウッド監督の『父親たちの星条旗』が製作されています。
玉砕作戦と洞窟作戦
栗林中将が実際に指示した作戦の中で、劇中で実際に触れられていたものをご紹介します。
栗林中将は、硫黄島の絶望的な状況を知って玉砕しようとするベテラン兵たちを押しとどめ、洞窟にこもって敵の目を掻い潜りながら抗戦することを支持します。
部下からは陰で「こんなのは意味がない」と言われたものの、米軍の攻撃に対し何日も持ち堪えていましたから、効果があったのは確かです。
他の中間管理職が固執していた砂浜での水際作戦だったら、あの戦艦と兵力を前に一瞬で全滅させられていたでしょう。
敵方の米軍をして、硫黄島を指揮しているのは誰だか知らんが、とある頭の切れるクソ野郎(one smart bastard)だと言わしめただけのことはあります。
また、米軍が上陸を始めてもすぐには砲撃せず、ぎりぎりまで相手をひきつけてから発砲すると言う方法を取りました。
これは、早くに砲撃を開始してしまうと相手から砲台の場所を察知され、 相手からの反撃で貴重な火器を潰されてしまわないようにしたものでした。
栗林中将の指示を守らなかった海軍の守備位置では、早くに砲撃したことにより、予測通りに砲台が攻撃されてしまいました。
兵士たちの群像劇
実在の栗林中将、西中佐のほか、一平卒として西郷や、清水が描かれています。
実在の人物
栗林中将は米国駐在の経験者で、アメリカがどれだけ豊かな強国であるかを知っていましたし、米国軍人も自分たちと同じ血の通った人間だということも理解していました。
そのためなのか、戦術を練る上でも冷静さを失わず、愛国心に囚われて盲目的な判断をすることもありませんでした。
同時に、家庭人としても思いやり溢れる人物だったようで、子どもたちに宛てて書いた手紙の描写が何度も出てきます。
西中佐はかつて五輪にも出場した馬術競技の名手で、やはり国際舞台に立った経験から、敵方にいるのも人間であることを知って行動しているのが見て取れます。
アメリカ人の若い捕虜にも手当てを施し、彼が持っていた母からの手紙を訳して読むことで、兵士たちに衝撃を与える場面があります。
手紙の中身を知った兵卒の「鬼畜米英と聞かされていたけれど、あいつの母からの手紙は、まるで俺たちが家族と交わす内容と同じだ」という言葉が印象的でした。
一兵卒たち
指揮官だけでなく一兵卒からの視点を語る役目として、二宮和也演じる西郷や、加瀬亮演じる清水が登場します。
西郷は大宮に妊娠中の妻を残してきたパン屋の主人で、清水は経歴不詳の神奈川県人です。
後からやってきて憲兵のような立居振舞いをみせる清水に最初は反感を抱く西郷ですが、徐々に互いの真意を知っていくことになります。
彼らは、かつて敵勢から玉砕攻撃や特攻で恐れられた「命知らずの戦争の駒」としての日本兵ではなく、感情や人生を持った人間としてハリウッド映画で初めて描かれた存在ではないでしょうか。
演技について
渡辺謙さんの演技では、誰にでもフランクに語りかける様子や、偉ぶらない人柄が強調されていると感じたので、いわゆる「帝国軍人らしさ」を期待して観るとイメージが違うかと思います。
手紙に込められた家庭人としての優しさは、戦場の場面との対比もあって遣る瀬無さをより強めていました。
そして、加瀬亮さんの演技のクオリティは本当にぶれないと感心しました。
昭和の若き失意の帝国軍人にしか見えませんでしたので。
ドラマ『SPEC』でのコメディ領域まで押さえた演技や、映画『めがね』の飄々としたキャラクターなど、どんな人物も再現できる真のオールラウンダーです。
一方、西郷を演じた二宮和也については、言葉遣いや話し方が完全に平成しか感じさせなかったため、物語に入り込むのに難がありました。
赤紙が来た場面では、奥さん役の女性や、「おめでとうございます、召集です」と言いに来る婦人会の女性の鬼気迫る演技が完璧だったため、なおさら二宮さんの醸し出す現代っぽさが対比されていました。
おわりに
日本人キャストの演技に色々なコメントが湧き上がっている作品ですが、二宮さん以外はそこまで不自然なところはなかったと思います。
渡辺謙さんの演技をフランクすぎると取るか、栗林中将の人格者ぶりを表現するための必要な演出と捉えるかは、好みが分かれるところかもしれません。
日米の戦略上の硫黄島の位置づけや、 戦況については少し事前知識をつけてから観たほうがすんなり状況が呑み込めると感じたため、補足説明が多めのレビューとなりました。
いつか『父親たちの星条旗』も観てみたいと思いました。