本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

小説『神去なあなあ日常』

 初めて和書の小説のご紹介をします。

マイルドヤンキーに内定しかけていた横浜の高校生が、中部地方の山奥で林業を営む会社に就職することから始まる物語です。

染谷将太主演で映画『Wood Job!』として映像化もされました。

著者が三浦しをんということもあり、タイトルだけなら知っている人もそれなりに多いのではないでしょうか。

ネタバレしながらお送りします。

 

あらすじ

高校生活が終わったらフリーターにでもなろうと考えていた平野勇気は、卒業式後に担任から就職先を決めておいたと告げられる。

抵抗も虚しく実家から叩き出された彼は、生まれ育った横浜を離れて三重県内の山奥にある神去村に辿り着く。

そこは、携帯の電波を拾うために電車で村を出なければならないような秘境の地だった。

中村林業株式会社で働き始めた彼は、きつい現場仕事や、世界から隔絶された環境に何度も挫けそうになるが、先輩ヨキの指導や、直紀さんとの初々しい恋を経ながら、徐々に林業人として、村の一員としての自分を見出していく。

 

 

 

少年の成長

主人公の平野勇気を取り巻く大人たちは、彼の故郷の横浜でも、主な舞台となる神去村でも基本めちゃくちゃです。

母にいたっては、「お前の部屋で見つけたノートに書いてある、恥ずかしいポエムの内容を皆にばらすぞ」と脅して彼を実家から追い出します。

そして、携帯電話の電波も通じず、ショッピングモールもなければ、一緒に遊ぶ同世代の友達もいない山中で、林業に従事して生きていくことを余儀なくされました。

比較的年齢の近い人(たぶん20代)と言えば先輩のヨキだけですが、豪快すぎるし、大人の遊びに明け暮れているし、意外と純朴な勇気とはキャラクターが違います。

しかし、10代ならではの高い順応性や、意外な素直さで、徐々に林業人としての生活に馴染んで行く様子が読んでいて微笑ましいです。

田舎あるあるで、若い人が少なく、皆が世話好きなので、繁ばあちゃんその他の人々がみんなで社会人になったばかりの勇気を育ててくれます。

変な言い方ですが、自由な都会で数年間遊んだあとの大卒者だったらこうは行きませんね…「田舎ってやっぱり不自由」「対人距離が近くて煩わしい」と悲嘆に暮れてしまうかもしれません。

高校を卒業したばかりの柔軟さや、世間ずれしていないところが良かったのかも。 

 

田舎暮らし

もちろん、全部がすぐに上手く行くわけではありません。

村に住んで、村で働いていても、村の一員ではない「よそ者」と見られてしまうこともあります。

それでも、疎外感に打ちひしがれず、一年に一度のオオヤマヅミ様の大祭の洗礼なんかも受けつつ乗り越えていきます。

一般的に田舎では、何代もその土地に住んで、その土地で家族を作っている人が多く、他の町や他県からの人の出入りは少ないです。

自然と「この場所独自の何かについて語っても、よその人には分かってもらえないでしょうし」と文化の壁が作られるようになります。

しかし、中村林業の社長やヨキと、同じ仕事をし、同じ釜の飯を食い、共通する経験を積み重ねていくことで、少しずつ勇気は村の一員になっていきます。

極め付けはオオヤマヅミ様の大祭です。

命を失うかもしれない危険な作業を、村人一同力を合わせて成功させることで、共同体としての絆を深め、集落の次の一年を新たに始めます。

「これに加わってこそ真のメンバー」と言わんばかりに、祭りは小説の終盤に綴られています。

長野の御柱祭りや、大阪のだんじり、福岡の山笠などのように、オオヤマヅミ様の祭りは神去村という共同体にとって何より重要な儀式です。

 

仕事が人間をつくる

ヨキにとって林業は天職だ、と勇気が思う場面があります。

普通の会社に就職した可能性もあったかもしれないけど、もしそうだとしても、上司の目を盗んでサボるようなずるい会社員になっていただろう、と補足されています。

林業人として、(まあプライベートは多少アレだけども)自覚や責任感を持って仕事をしているヨキを見ながら出てきた素直な感想です。

勇気自身も、中村林業に来なかったら全く違う人間になっていたでしょう。

高校を卒業したらフリーターになろうと考えていたわけですし。

小学校、中学校、高校、と進学している間は、自分がどのように成長していくか比較的思い描きやすい。

やるべきことは決まっているからです。

しかし、社会人になってどのような仕事や生き方をするかは、人によって全く違います。

一つ一つの人生経験や選択が、文字通りその人の血肉になり、人格を形作るのだなと思わされました。

 

直紀さんとの恋

若い人がいない神去村で、勇気は年上美人の直紀さんと出会います。

大人で気の強い直紀さんは、勇気の決死の告白もどこ吹く風、叶わぬ片想いをし続けるという、憎い女性です。

同性から見てもこの状況は好感を持ってしまいます。

勇気が直紀さんに寄せる想いが基本的に率直で純粋なのも良いです。

直紀さんが神去小学校で働いていることを知り、

いいなあ。俺も神去小学校に入学したい。 

と内心で呟くところは思わず笑ってしまいました。

勇気が一人称で回想する文章になっているので、直紀さんに対する気持ちが詳らかに綴られているのも、つい読み進めてしまう理由の一つでした。

 

おわりに

田舎に暮らしたことのある人なら、神去村ほどハイレベルではなくても、色々な田舎あるあるを経験されていると思います。

そうした方は間違いなく「あるあるー」と呟いてしまいますし、暮らしたことのない人でも「何なんだこれは!」と新鮮な驚きとともに読み進められます。

実在の三重県美杉町をモデルにしていると言うことですが、「なあなあ」が「ゆっくり行こう」「まあ落ち着け」などの意味をあらわすと言うのも本当なんでしょうか。

気になります。

一風変わった青春コメディ小説が読みたい方におすすめの一冊です。

 

  

 

神去なあなあ日常 (徳間文庫)

神去なあなあ日常 (徳間文庫)

 

 

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