映画『ホテル・ルワンダ』
大量虐殺が行われる中、一民間人として1200人以上の命を救ったホテルマンの物語です。
実在のルワンダ人ポール・ルセサバギナの体験を下敷きとしています。
解説多めです。
あらすじ
フツ族とツチ族の争いが、停戦により平和を迎えていたルワンダ。
しかし、大統領が突如暗殺されたことから国内の雰囲気は一変し、緊張感が急速に高まった。
多数派フツ族がプロパガンダに煽り立てられ、少数派ツチ族と穏健派フツ族を虐殺し始める。
ホテルの支配人ポール・ルセサバギナは自らはフツ族で、ツチ族の妻を持つ男性。
彼は、大統領暗殺直後から家族、そしてホテルにいたツチ族を守るため、自らの頭の回転だけを頼りにあらゆる手を尽くすことになる。
ルワンダ虐殺とは
1994年4月6日、ハビャリマナ大統領が暗殺されてから、ルワンダ愛国戦線が同国を制圧するまでの100日程度の間に起こった大規模なジェノサイドのことです。
ツチ族および穏健派フツ族がターゲットとなり、50万〜100万人(ルワンダ国民の10〜20%)が殺害されました。
殺害に及んだのは過激派フツ族ですが、民兵や、ごく普通の人々が虐殺に及んだことがわかっています。
これには、ラジオを主としたメディア・プロパガンダが組織的に行われ、対立感情が意図的に煽り立てられたという背景があります。
実はドイツやベルギーの植民地支配を受ける前には、ツチ族・フツ族の境目は曖昧なものでした。
劇中でも、外国人に訊かれた2人の女性が「私はフツ」「私はツチ」と答えるものの、傍から見ると全く違いがわからないと指摘されています。
外見的にはわからない違いですが、現地住民の対立があったほうが支配者側に都合がいいため、意図的に2者の対立と分断が演出されました。
その影響が残り続けた挙句に悲劇が起こってしまい、そして植民地支配者側だった西側諸国はこの事態を食い止めることができませんでした。
大切な人を守る
主人公のポール・ルセサバギナは、当初は家族以外の誰かを救おうとは特に考えていなかったように見えます。
しかし、目の前で何人もの人々が命を奪われようとする瞬間に立ち会ったときから、持っている知恵と材料をすべて駆使して、殺戮者と対峙します。
民兵のリーダーを買収したり、
外資系のホテルなので本国のオーナーとの電話で危機感を伝えて助力を得たり、
とにかくその場で発揮できる頭の回転を総動員していて、その聡明さと、命が危うい人々を助けたいという思いに驚愕します。
ホテルマンとしての仕事の中、交渉や対人スキルを身に着けたのだと思いますが、一歩間違えば殺されるかもしれない場面で、こうした行動に出られる人が一体どれほどいるのか…
ポールの能力や信念に驚かされるのは勿論なのですが、普通の人々が殺人者と化し、次々に罪のない人が死んでいく展開の中で、彼の行動は人間に対する最後の希望を持たせてくれるように感じました。
世界の無関心
ホテルには外国人記者も宿泊していましたが、虐殺が激化するにつれ撤退します。
彼らの映像が発信されれば「世界が助けてくれる」と期待するポールに、記者たちは声を落とします。
「これを見ても、人々は『怖いね』と言っただけでまたディナーを続けるだけです」
国連軍司令官も厳しい現実を指摘していました。
「彼らにとって、君らは『ニガー』でさえない」
同じアフリカ系でも、アメリカ人に起こったことであれば対応が執られるけれど、アフリカの片隅では誰も注目しない、ということでしょう。
ラジオで放送される西側国家の高官のインタビューも同様。
「ジェノサイドは止めなければならないのでは?」「ルワンダではジェノサイドが起こっているのでは?」と問われた高官は、「紛争ではありますがジェノサイドとまで言えるかどうかは…」等と苦しい言い逃れに終始します。
あまりに官僚的な対応に失望した人が、ラジオの電源を切る場面がやり切れませんでした。
無力な国連軍
ルワンダ虐殺が勃発した時、国内には国連平和維持部隊が駐留していました。
しかし、国連軍はルワンダ人を守れなかったことも、本作で描写されています。
当時の司令官は、国内の民兵組織が虐殺を企図して武装しつつあるとの情報を掴んでいながらも、権限がないために武器を押収できませんでした。
また、傷つけられて初めて自衛のために反撃してよいというルールのため、民兵たちが目の前に迫ってきても自分たちからは発砲できません。
積極的な応戦ができないなか、皆殺しにしようと向かってくる相手から人を守れるわけもなく、国連軍の限界が描かれ、そしてついに撤退を命じられます。
国連軍の兵士たちはルワンダ人ではないため、彼らの母国からは「他国の紛争のために我が国の若者が死ぬなんて」との批判を免れないことが理由の一つです。
誰も守ってくれないという現実が突き付けられる中、ポールとその家族、ホテルに避難した人々を取り巻く状況はますます悪化していきます。
おわりに
この映画は、「ルワンダ虐殺では何が起こったのか」という振り返りだけではなく、「世界はなぜルワンダを救えなかったのか」という反省も促しています。
人間がどれだけ残酷になれるのか、その殺意の前で官僚的対応しかできない組織の無力さ、無関心の残酷さ、あらゆる洞察が詰め込まれています。
観終わった後に「いったいこんな状況で何かできる人間がどれだけいるだろう」と思ってしまいますが、
そんな中で、ポールが奔走し家族や人々を守ろうとする姿を思い出すと、辛くも希望を感じられました。
ルワンダ虐殺について知るための最初の映画として、相応しい作品だと思います。
新学期・新年度に向けて頑張る勇気や元気をもらえる映画12選
もうすぐ4月、新学期・新年度がやってきますので、新生活に向けて元気が出そうな映画をまとめました。長い。
少年少女も若者も大人も、ぴったりくる作品が見つかれば幸いです。
少年少女たちの葛藤と成長
小学生・中学生・高校生などを主人公とした青春・成長物語を3つご紹介します。
1.遠い空の向こうに
高校生ホーマーは、炭鉱の町コールウッドで、1957年にソ連が打ち上げた衛星スプートニクを目撃。
片田舎の町で初めて「世界とつながった」経験から、自分もロケットを作って科学コンテストに優勝し、大学奨学金を得ようと思い立ちます。
広い世界を見るため、知性でチャンスをつかもうとするホーマーですが、炭鉱の仕事に誇りを持つ父は猛反対。
しかし、彼を温かく見守る母や恩師、友人たちの協力を得て一歩一歩前進します。
何度となく逆境に立ち向かいながら、夢を追い続けるホーマーに大人も子どもも勇気を貰えること請け合いの感動作です。
2.リトル・ダンサー
こちらも炭鉱の町の少年の話です。
小さなきっかけからバレエに興味を持った少年ビリーは、その才能を見い出され先生から特別にレッスンを受けます。
しかし、強い男になってほしいと望む父や兄から大反対されるうえ、炭鉱がストライキに揺れる中で家族を取り巻く緊迫感が高まります。
ビリーの才能と情熱を信じる先生とのぶつかり合いと、母親のいない少年ビリーの葛藤が印象的でした。
3.くちびるに歌を
長崎県・五島列島の中学校に、美人だけど無愛想な音楽教諭が赴任。
元ピアニストなのに一切ピアノを弾かない彼女は、合唱部員の反発を受けながらもコンクールに向けた指導にあたります。
最初は厳しいばかりの彼女が、徐々に生徒たちが抱えている悩みや葛藤に気づき、合唱をとおして彼らと人間同士として向き合うようになります。
それは、彼女自身の克服できない過去と対峙するきっかけでもありました。
五島列島の美しい風景も必見の、大人と子どもの青春映画です。
大人になりかけの若者の恋と成長
20歳前後の若者が主人公の映画3本。まだまだ成長途上!
4.あと1センチの恋
近すぎてきっかけがつかめない、幼馴染同士の恋を描いた作品です。
高校卒業間際に妊娠してしまったロージーは、いつも一緒だった親友アレックスの米国留学で離ればなれになります。
イギリスでの子育て、アメリカでの大学生活と別の道を歩む二人ですが、いつもお互いのことは忘れていません。
それにも関わらず、いつもすれ違いの人生を送る二人にはどんな結末が待ち受けるのか、ぜひきゅんきゅんしながら見守っていただきたいです。
ままならない人生に、もがきながら立ち向かうロージーの姿に激励されます。
5.スパニッシュ・アパートメント
留学にまつわる青春と成長を描いた映画です。
フランスからスペインのバルセロナへ留学した主人公が、文化の違いと新たな出会いにもまれながら奮闘します。
世界にはいろんな人がいて、一歩世界に踏み出してみれば驚きの連続で、そのたびに成長できること、
バックグラウンドが違っても意外と仲良くなるための方法は変わらないことなど、
留学したことのある人なら共感が有り余る場面が沢山あります。
誰とでもちょっとしたきっかけで恋が始まりそうなグザヴィエの様子は、留学生に限らず学生時代を思い起こさせること間違いなし。
刺激と驚きに溢れた学生の目線を通して、成長を求めて頑張る気力が湧いてきます。
6.百万円と苦虫女
ヒロインの鈴子は、ひょんなことからルームメイトと警察沙汰になってしまい、出戻った実家でも居辛くなって自立を決意します。
百万円を貯めて、誰も自分のことを知らない町に引っ越し、また百万円が貯まったら引っ越しと言う生活。
気楽さを求めて知り合いが一人もいない町に行くのに、引っ越し先で必ず煩わしい人間関係ができてしまいます。
鈴子は、そんな自分をとあるきっかけで見つめ直すことになります。
子どもより大人のほうが成長のきっかけは掴みづらくなりますが、大人になってもまだまだ気づけていないことも多いもの。
鈴子が自分と初めて向き合う場面は、観ている側としてもはっと気づかされる思いがしました。
新しい仕事と新しい世界
大人になっても、新しい仕事やキャリアの節目で成長したり葛藤したりします。
社会人の成長や気づきを熱く描いた映画も3本ご紹介。
7.インビクタス/敗けざる者たち
非白人隔離政策アパルトヘイトを撤廃し、黒人の大統領ネルソン・マンデラが就任した直後の南アフリカ。
何十年も人種間に横たわった溝が一夜にして消えるわけもなく、白人から黒人への差別が終わった今、黒人から白人への復讐が始まってしまうかもしれない。
そんな社会を一つにまとめ上げるべくマンデラ大統領が注目したのは、伝統的に強豪だったスポーツ、ラグビーです。
新しい南アフリカの存在感をラグビーW杯で示すべく、マンデラと、代表チームを取り巻く人々のヒューマンドラマが描かれます。
新しい使命を負ったラグビー南アフリカ代表キャプテン、そして大統領マンデラの情熱に感動させられる映画です。
8.メラニーは行く!
NYのファッション業界で成功をおさめ、市長の息子からプロポーズを受けたメラニーは、一見完全無欠な人生を送るキャリアウーマン。
しかし、秘密裏にアラバマの実家へ帰ったのは彼女の唯一最大の問題のため。
10代の時に結婚した夫との離婚が、実はまだ済んでいなかったためサインを迫るも、夫は応じてくれません。
仕方ないのでしばらく田舎に留まるも、故郷のダサさが耐え難かったり、都会に出て変わった自分を指摘されたりします。
市長の息子と、地元の夫との関係に最後まで目が離せないだけでなく、都会に出て頑張っているすべての人への応援歌でもある、明るいコメディです。
9.プラダを着た悪魔
新聞記者を目指す真面目な学生アンディは、たまたま見つけたファッション誌『ランウェイ』の編集長アシスタントに採用される。
編集長ミランダは美意識とパワハラの塊で、日々アンディや部下を迫害するとんでもない女性。
しかし、徐々にミランダのプロ意識や、一人の人間としての一面に気づかされます。
一方、新聞記者としての夢を見失って『ランウェイ』にのめり込んでいる、と友人や恋人から疑問を呈され葛藤します。
アンディとミランダの人間ドラマとコメディだけでなく、登場人物たちの豪華絢爛なファッションも見どころの傑作です。
人生は長く愛しい!
進学や就職と言った区切りのほか、人生の節目に思い出したくなる名作も3作。
10.ニュー・シネマ・パラダイス
イタリア・シチリア地方の片田舎に生まれたトトは、映画が大好きな男の子。
村の数少ない娯楽である映画館に出入りし、映写技師のアルフレードと友達のような師弟のような間柄だった。
成長していくトトは初恋、旅立ち、仕事での成功などを経験する。
しかし、長らく故郷を忘れていた彼が、あるきっかけで久々に里帰りすることになり、昔の思い出が蘇る。
「映画ってほんっとにいいもんですね!」と心から言いたくなるイタリア映画の名作。
あらすじ的に酸いも甘いも嚙み分けた大人向けに見えますが、若くして観ても大抵感動してしまう不思議な映画です。
11.Sex and the City 劇場版
何歳になっても人生を謳歌し、ジェンダーロールにも縛られない女性を描いた名作ドラマ『SATC』の劇場版です。
ついに結婚することになったキャリーとMr.ビッグですが、結婚式直前にビッグが迷いを口にしたことから修羅場に。
傷心のキャリーの立ち直りの他、シャーロット、ミランダ、サマンサも新しい人生の転換点を迎えてそれぞれ戸惑いや成長に直面します。
正解のない新しい時代の人生を、力強く生きていこうと思わせてくれるいつもの4人に、劇場版でも勇気を貰えます。
12.フォレスト・ガンプ 一期一会
アラバマ州生まれのフォレストは、人より知能指数が低く生まれてきましたが、邪心のない性格と俊足で次々と人生を切り開きます。
スポーツ推薦で大学へ行き、卒業後は入隊し、ベトナム戦争や、ピンポン外交と言った歴史の舞台にも踏み込む彼。
そして、幼馴染の少女ジェニーとは違った場面で何度も再会を繰り返します。
戦後アメリカの歴史と絡めながら、不思議な男性の人生を綴る本作は、なぜか観終わった後元気が出る映画として盤石の人気を誇ります。
ご紹介は以上です!
2と11以外はAmazonビデオで閲覧できますので、気になった方は是非各ページのリンクでチェックしてみてください(便利な時代になった)。
新しい季節が楽しくなりますように。
映画『あと1センチの恋』
幼馴染同士のじれったい恋を描いた珠玉の名作のレビューです。
近すぎて遠い二人の様子が観ていていじらしいです。
あらすじ
ロージーとアレックスは6歳の頃からの親友で幼馴染だった。
ロージーの18歳の誕生日に、アレックスはずっと好きだった彼女にキスする。
しかし、酔い過ぎた彼女がキスのことを覚えていなかったため、 アレックスは自分が振られたと思い込んでしまう。
高校卒業後は一緒にアメリカへ留学しようと約束していた2人だったが、ロージーが予期せず妊娠してしまったことで出発できなくなる。
イギリスとアメリカで、学業と子育てという別々の道を歩み始めた2人は、お互いを大切に思いつつもすれ違いを繰り返す。
回り道の末に自分の本当の気持ちに気づいたロージーだったが、その直後、アレックスが昔の恋人と婚約したと知らされる。
彼女は最後の奇跡を願って、結婚式のため愛娘を連れてアメリカに向かうことを決意する。
少年少女と大人のあいだ
ロージーとアレックスは、18歳を迎えて自立し始めた少年少女ですが、まだ自分の恋愛感情を率直に表現できるほどの余裕はありません。
一人暮らししたり、子どもを産んだり、どんどん責任ある行動をするステージに進んでいくものの、ままならないことも多々あります。
ロージーは想定外の妊娠に戸惑い、最初は子どもを養子に出そうとしますが、産まれてきた娘を見て手放せなくなってしまいます。
それは同時に、彼女自身が進学したり働くのを諦めることを意味しました。
懸命に母親業に奮闘するロージーですが、かつての同級生の女子と平常心で向き合えなかったり、娘の父親に翻弄されたりと数々の試練が訪れます。
アレックスはアレックスで、アメリカでの新生活が順調かと思いきや、恋人が意識高い系過ぎたり、上手くいかなかったり、ロージーのことが心配だったりします。
学校を出て、答えのない人生を歩き出す2人は若くてひたむきで思わず応援したくなります。
そんな時に本当の気持ちを打ち明けあえる友人の大切さを、わかりやすく伝えてくれるストーリーです。
ところが人生は上手くいかないもので、
好きな気持ちを確認したと思ったらアレックスの恋人が妊娠したり、
やっぱりロージーを守らねばと思ったところで彼女が娘の実父グレッグと復縁したり、
とにかくタイミングの悪い2人は何年もすれ違いを続けます。
ロージーを支える人々
遠くアメリカからロージーを心配するアレックスの他にも、ロージーを支える名脇役がいます。
彼女の父と、親友ルビーです。
ロージーの父親はホテルで働いており、ホテル経営を学んで自分の宿を開きたい彼女を応援します。
夢を語りつつ、母の心配も知っているロージーが「私って欲張り過ぎかな」と言うと、優しく激励します。
「欲張らないほうがもったいないと思うよ
お前の好きにしなさい」
子育てに翻弄されるロージーも見守ってくれる父親は、彼女の生涯を通して尊敬できる人物の1人です。
優しさの権化のような父親と対比してコミカルなのが友人ルビーです。
妊娠・出産で環境が激変し、娘の実父は軽薄なチャラ男だし、アレックスとはすれ違いばかりのロージーに本音で寄り添います。
「あんたは最高の友達よ
ヤなことがあってもあんたよりマシだと思える」
そんな踏んだり蹴ったりなロージーに、逆境に立ち向かえ!とばかりに背中を押してくれる頼もしい存在でもあります。
ロージーより結構年上に見えるのですが、年齢差を感じさせないフランクさもかっこよかったです。
人生は待ってくれない
とにかくタイミングが合わないロージーとアレックスを観ているうちに、人生には躊躇ってる暇なんてないのかもと思わされます。
好きなら伝えなきゃ、会いに行かなきゃ、でも今まで近しすぎてかえってきっかけがないし、大人になって毎日の仕事や義務に追われていると機会がない。
でも、時間が限られている以上は、好きな人と過ごす時間を失うわけにはいかないし、タイミングも好きな人もいつまでも待っていてはくれません。
アレックスの結婚式に向かう途中、親友ルビー姉さんがポーターの男性に「結婚しましょう」と初対面で突然プロポーズされるのが象徴的です。
ルビーは躊躇いもなんもなく良いわよと答え、あっさり婚約します。
「そんな簡単な話があるか!」とロージーが憤激するのですが、本当はこのくらい簡単なことだったんだろうなと思わされる一場面でした。
おわりに
すれ違ったりお互いを思って悩むロージーとアレックスのいじらしさがじれったい一方、2人を全力で応援したくなる映画です。
30歳近くなってくると、20歳くらいの若者が可愛らしく見えてきて困ります。
自分がその歳だったとき、心も大人のつもりでいつつ、そうじゃない実態と格闘していたのを思い出して煩悶したりもしますが。
太眉が可愛いロージーも、知的でハンサムながらロージーのこととなるとあと一歩のアレックスも、終始目が離せませんでした。
いつか原作の小説も読んでみたいです。
切ないけど勇気をもらえる青春映画をお探しの方に、ぜひお勧めしたい作品です。
映画『月曜日のユカ』2
『月曜日のユカ』のレビューの続きです。ネタバレです。
矛盾と解放
修は、仲直りのために花を家に届けたら迎えにきてくれたし、プロポーズしてくれたし、ユカの母も大切にすると言ってくれた。
一方パパは、あの手この手で尽くしても、家族に見せたような笑顔はしないし、ユカが母を連れて行くと、一目で娼婦上がりとわかる姿にドン引きします。
しかもユカを顧客に差し出し、修だけに許したキスも奪われてしまう。
ユカは船長の居室から飛び出し、パパと船をあとにします。
どこからか聞こえる音楽に合わせ、港でパパと踊るユカでしたが、ふと手が離れた瞬間にパパは海に落ちてしまいました。
泣きも叫びもせず、パパが溺れるのを黙って見ていたユカが何を考えたかはわかりません。
映画は彼女が横浜の街を歩き去って行く場面で終わります。
日曜日の幸せ
パパが幸せそうだったのは、妻と娘との他愛ない時間を楽しんでいたからです。
ユカと過ごしている時も楽しそうですが、愛人をちやほやする優越感、若い娘を囲えて嬉しい、という即物的な楽しみでしかないでしょう。
家族愛とは違いますが、ユカはその笑顔を引き出すため、自分と母がパパと出かければいいと勘違いします。
日曜日は家族の日だと修に言われ、月曜日に会うことにしたユカですが、歓迎されません。
「男を喜ばせること」が第一と教えられてきたユカですが、彼女が知っている方法は優しく接して体の快楽を提供することだけでした。
その方法で接する限りにおいてパパは喜んでくれますが、それ以外の幸せは引き出すことができません。
体で尽くされなくても幸せそうなパパを見て、ユカは理由がわからず、幸せの与え方が他にもあることにうっすら気づいて戸惑います。
体と心の愛
体を許される以外の方法で、ユカと関わりたかった人もいます。
同じ店で働く手品師の男は、「私と寝て」と言われた途端に姿を消してしまいました。
いなくなった理由を聞きたがるユカの前で彼は何も語りませんが、おそらく、体の関係を持つことで、数ある相手の一人になってしまうのを恐れたのでしょう。
彼にとっては肉体関係より、ユカにとって唯一の存在であることのほうが重要だったに違いありません。
現恋人の修は、ユカの心も体も愛しており、パパとの非対称な関係を案じて「一緒になろう」と言います。
プロポーズを受けて不思議そうな顔をするユカは、彼女を本気で心配し、誰とも寝ないように彼女を養うと言い、彼女の母も受け入れようとする修が、今まで知らなかった「喜び」を教えてくれそうなことに気付きかけています。
それでもパパの懇願に応じて、船長と寝てほしいという申し出を受けてしまう。
ユカが承諾した理由は二つ、一つはパパが、そうしてくれたら本当に幸せになると思ったからでしょう。
一つは、修と住む部屋の準備に必要な十万円が手に入るから。
「寝ることで男を喜ばせる」価値観からそう簡単に離れられず、二人の男性を一度に喜ばせる(と彼女が思った)選択をしてしまったわけですが、修は当然ショックでした。
修はユカの体も心も欲しかったし、ユカにも自分を唯一の相手にして欲しかったからです。
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ユカが求めていたもの
ユカは不思議なくらい、男性全般あるいはパパを喜ばせることに執着します。
若くて綺麗なんだから、こんなおっさん放っとけばいいじゃないと思わざるを得ません。
でも彼女は、妻や娘といった「唯一の存在」への笑顔が忘れられません。
彼女の愛し方に決定的に欠けているのは、心の深い結びつきと、お互いにとって唯一の存在になることです。
体で奉仕するし、愛してると言って優しく接するけれど、相手を深く理解してのことではないし、一人だけに特別な愛を向けることはありません。
元彼からも、「愛なんて言葉を、そう簡単に使いなさんな」と諫められます。
肉体関係を望んでいる相手は、彼女から快楽以外得ることはないし、
ユカの心も愛したい相手は、唯一の存在にしてくれない彼女といるのが苦しくなってしまいます。
自分のやり方では、相手を本当に幸せにはできないということに、映画が終わった時にはユカは気づいたのではないでしょうか。
映像の表現について
様々な人や船が行き交って賑やかな、港町横浜の情景がかっこよく映されています。
外国人が多く、夜はお洒落なナイトライフを楽しむ人で溢れ、そんな中にはユカのように美しく個性的な少女がいるのも納得してしまいます。
一方で、ユカが一人で自室で過ごす様子を台詞なしで長く写したり、ユカの夢を脈絡なく挟んだり、独特な表現が見られます。
昔の邦画がこんなにこじゃれた映像を作っていると知らなかったのもあり、新鮮な驚きでした。
今ほどの映像技術はないので少々不自然さはありますが、個性的な演出や、お洒落な映像から目が離せません。
おわりに
フランス映画みたいという評価が多いのも納得の、愛について鋭いメッセージを持った映画でした。
とはいえ、加賀まりこが可愛いというだけで終わりまで楽しめる作品でもあります。
お洒落なモノクロ邦画をお探しの方にお勧めしたい映画です。
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映画『月曜日のユカ』
日活の名作、加賀まりこの代表作と言われた60年代の邦画をご紹介します。
フランスのヌーベルヴァーグに影響を与えたとも言われる中平康監督作品です。
ラストまでネタバレします。
- あらすじ
- ユカの信念
- ユカと母
- ユカと恋人
あらすじ
18歳のユカは、横浜のクラブ『サンフランシスコ』で働く可憐な少女。
気さくな性格で誰からも好かれており、日曜には教会に通っている。
一方で、どんな男性にも体を許すものの、キスだけはさせないことでも知られていた。
彼女は「男を喜ばせることが生きがい」と公言して憚らない。
最近は専ら、初老のパトロンのパパか、同世代の恋人・修と過ごしている。
ある日、修と町を歩いていたユカは、パパが妻と娘と買い物をしているのを偶然見かける。
パパが嬉しそうに娘に人形を買うところを見て、ユカは自分もパパに同じ幸せな顔をさせたいと思うようになる。
続きを読む映画『シェイプ・オブ・ウォーター』
気鋭の映画監督ギレルモ・デル・トロによる意欲作のレビューです。
結構ネタバレします。
あらすじ
冷戦下のアメリカ。
天涯孤独な掃除婦のイライザは、物心つく前から首筋に大きな引っかき傷の跡がある。
耳は聞こえるが言葉を話せない彼女は、手話で会話し、友人と言えば年老いた隣人と、掃除婦仲間のゼルダくらいと言う静かな暮らしをしている。
しかしある日、職場である政府の研究所に、生きている何かが研究対象として搬入されてくる。
その生き物は、大半の時間を水の中で過ごしているものの、人型をし、知能や意思を持っているように見えた。
ソ連との宇宙開発競争に不思議な生き物の能力を役立てたいというストリックランドは、生体解剖を試みようとしていた。
ストリックランドの意図を知ったイライザは、人生を変える決断をしようとしていた。
素朴で不思議な絆
イライザが研究所で出会った生き物は、人型の両生類のような姿です。
二足歩行ができ、水の外でも呼吸ができますが、塩水に長く触れていないと活力を失ってしまうようです。
彼はイライザの簡単な手話を理解し、音楽を楽しむ知性や感受性も持っていました。
しかし、研究所を束ねる軍人ストリックランドは、宇宙開発競争に役立てるために彼を生体解剖しようとします。
彼と奇妙な友情を育んでいたイライザは彼を救出するために動き出しますが、その際、研究所に潜入していたソ連の諜報員ディミトリとも協力し合うことに。
始めは反対していた隣人ジャイルズや同僚ゼルダも、奇妙に愛らしい彼の仕草を目にしたり、元気になって行くイライザを見て、次第に考えを変えていきます。
おとぎ話という救い
イライザは彼に友情のみならず特別な感情を抱きます。
彼がありのままの彼女を受け入れてくれるから、言い換えれば、彼女が自分に足りていないと周りから思わされてきたことにこだわらないからです。
彼にとってイライザは「声の出せない人」とか、「身寄りのない人」とかではなく、食べ物や音楽をくれる優しい存在でした。
不思議な生き物が出てきたり、悪役ストリックランドに痛めつけられる彼が、心の優しいイライザと絆を深めたりする展開はまるで御伽噺です。
この流れは、同じ監督の『パンズラビリンス』と良く似ています。
主人公オフェリアは、悲惨なスペイン内戦下で鬱屈した環境に置かれていますが、パンの試練をクリアすることで、地下の王国へ導かれます。
過酷な内戦がある世界では、オフェリアの母も、他の人物も、彼女の救いになってはくれません。
そしてその状況から脱する可能性は限りなく低いのです。
そんな彼女が幸せになれる状況があるとしたらそれは魔法か何かの力によってでしかありません。
本作も冷戦下の閉塞感あふれる社会で孤独に暮らすイライザが、命さえ研究の糧にしようとする宇宙開発競争から彼を守ろうとします。
彼は不思議な生命体であるだけでなく、知的でイライザの心を癒し、体の傷を癒す力も持っている。
抑圧された社会の中でも、お伽噺やファンタジーの存在が人間の心を解き放つという流れが共通しています。
そして、孤独な人間の心を救う不思議な存在との対比を極めるかのように、人間のケガや痛みの描写もまた克明です。
不思議な生き物をいたぶるストリックランドの残虐さ、反撃を受けて負ったストリックランドの深手、諜報員の暗殺など、苦手な方にはきついであろう描写が遠慮なく入れ込まれています。
しかし、正直『パンズ・ラビリンス』よりはかなりマイルドになっているので、あの描写に耐えられた方なら問題ありません。
不思議な生き物とストリックランド
不思議な生き物を徹底的に痛めつける存在として、ストリックランドが登場します。
彼は研究対象として容赦なくアマゾンから不思議な生き物を引きずり出しただけでなく、暴力を加えることを明らかに楽しんでいます。
『パンズ・ラビリンス』のヴィダルと同様、残酷な現実と人間の冷酷さを象徴するかのような人物です。
自分以外のものをすべて見下しているかのようなストリックランドは、順調に家族を養っているように見えるものの、彼自身は妻や子どもに深い関心はないようです。
その証拠に、イライザに上から目線で言い寄ったりします。
イライザは当然彼を拒絶し、不思議な生き物を必死で守ろうとします。
冷酷なストリックランドと、不思議な生き物のどちらが深い情緒を抱いているのかは明らかだと思わざるを得ません。
秀逸な脇役たち
全編を通して暗くて怖くてグロかった『パンズ・ラビリンス』と異なり、本作にはコミカルな脇役が登場します。
イライザの隣人ジャイルズと、仕事仲間のゼルダです。
ジャイルズは変わり者の絵描きで、猫とイライザとの静かな生活に勤しんでいますが、彼女から突然、不思議な生き物救出作戦への協力を頼まれドン引きします。
僕は善良な小市民だし、そういうアクロバティックなことに向いてないし、大体そんなことできるわけなくない!?というスタンスです。
しかし、あるきっかけを通して心変わりし、結果として重要な貢献をすることになります。
掃除婦ゼルダも、イライザを気に掛ける数少ない友人の一人です。
特に何もしない亭主関白な夫の愚痴を面白おかしく語り、聞き役のイライザのことを思いやってくれます。
全体的な雰囲気は決して明るくない映画ですが、この2人の存在が、ダークファンタジーの世界に現実感を投影しています。
時々クスッとなりつつ、イライザと友人たちの関係や連携プレーにも引き込まれてしまいました。
映像の美しさ
研究施設内の内装や、不思議な生き物のいる水の色が基調となり、映像の中は大半が青緑色になっています。
しかし、イライザの心が変わったときに彼女の身に着けるものの色が変わったり、時折きらびやかな映画館の場面があるなど、色合いの美しさを感じさせる演出が挿入されていました。
全体的に重厚感を覚える映像ですが、おしゃれな色遣いを眺められるのも見どころの一つです。
おわりに
観終わった後、『パンズ・ラビリンス』との共通点が思い起こされて、ファンタジーの役割は何だろうと考えてしまいました。
現実にはあり得ない存在こそが、孤独な人間の救いになることがあるというのと同時に、
抑圧され人間的要素が排除される世界に、血の通った人間が閉じ込められなきゃいけない理由なんてない、というメッセージもあるように感じます。
長くなりましたが、今日はここまで。