本と映画と時々語学

書評、映画評、時々語学学習や時事ネタなど書き綴りたいと思います。

映画『万引き家族』2

前記事に引き続き、主人公家族の一人一人について書いていきます。

前記事はこちらです。

映画『万引き家族』 - 本と映画と時々語学

 

信代

信代は元夫のDVから救ってくれた治と内縁関係で、母親からの愛情を受けられなかった子ども時代を生き直すかのように、祥太とりんの母を演じています。

亜紀のことは、女同士で恋話したり叱ったり、それなりに可愛がっています。

初枝との間に切実な愛はなさそうで、つかみどころのないばーさんとの奇妙な共犯関係、あくまで共同体意識に留まる関係に見えますが。

信代はこの物語のキーパーソンです。

というのも、誰よりこの疑似家族を必要としていたのは信代だったと思うからです。

信代のちょっとした言動行動から、彼女がむかし家族に求めたかったこと、手に入らなかったものがいちいちよくわかります。

りんを両親の元に返さないと決めた時には、「親だからって子どもにこんな扱いをしていいわけない」という批判が見えるし、

「『好きだから叩く』なんて嘘なの。好きならこうやってするの」とりんを抱きしめる場面では、「元夫はわたしを愛してなかったし、自分の親もりんの親も子どもを愛してなかった」という断罪が見えるし、

同僚に脅される場面では、「子どもには全力で守ってくれる存在がいてしかるべきだ」という決意や子どもたちへの愛を感じます。

元夫と築けなかった関係を治と築き、信代は安心できる家族がいる幸せを初めて知ったんだと思います。

だから、(治から信代への愛があるのは確かとしても)同居を望んだのは信代でしょう。

治はいつも、時には法律的にまずい領域に踏み込んででも、信代の感情に寄り添い続けるからです。

詳細には語られないものの、治は元夫の暴力から信代を守るために法を犯したと言及されています。

また、りんと暮らすことも最終的に治は受け入れています。

りんは元々治が連れてきたんですが、長期的に暮らすことを最初に決めたのは信代。

血が繋がっていなくても、

法律的に家族じゃなくても、

安心信頼できる人間関係があるなら、

人はそういう相手と暮らすべきだ

と言う思いもあるし、後でわかった通り、子どもが持てない体だったのも理由です。

愛されなかった子ども時代も、

満たされなかった結婚生活も、

子どもが持てない悲しみも、

すべて絡み合って疑似家族という選択をしたのが、端々の振る舞いからわかります。

考えてみると、信代は誰よりも必死にこの家族を維持しようとしていました。

つかみどころのないばーさん初枝が、なんの断りもなく家族とこの世から去ってしまった時も、

工場の同僚からりんをネタに脅されても、

祥太が補導されて追い詰められた時も、

信代はいつも家族の離散をしなくていい方の選択肢を取ります。

祥太のことも(実現するかはともかくとして)迎えに行くつもりだったはずです。

心の拠り所になる人間関係は絶対に手放したくない、家族にも手放させたくない、そんなに簡単に見つかるものじゃないからです。

そしてまた、家族をつなげる温かい母親というものに全力でなりたかったんだと思います。

まだそういう母親を信代自身も知らないけれど、でも自分の親やりんの親がなれなかったものに、彼女はなろうとしていました。

取調室で言い放つ「産んだらみんな母親になれるわけ?」にその気持ちが痛いほど表れています。

「産まなきゃなれないでしょう」と切り返さなきゃ警察の仕事にならんのだとわかっていても、聞くのが辛い台詞です。

更にこのあと、子どもたちからお母さんと呼ばれたことがないのを指摘され、拭っても拭っても止まらない涙が出てくる。

一体どうすれば彼女はそう呼んでもらえたのだろうと考えてしまったのは、私だけではなかったと思います。

 

信代の内縁の夫である治は、飄々としつつもいつも信代に寄り添っていて、優しいパートナーです。

原理原則に立てば、法を犯さず心を満たす方法を考えるのが最良の手段なのでしょうが、治や信代にわかるかたちで社会からの救済手段がオファーされているかというと、多分そうじゃない。

心の満足を一番に考えて、法律とか社会常識と言った文脈は一切合切無視しているように見えます。

信代のために元夫に何らか制裁を加え、

信代を尊重してりんを受け入れ、

信代に迫られたら抱くし、

家族を維持するために初枝の遺体を埋めます。

家庭人としては、あくまで家族と運命を共にしようとしたことは才能と言えるのかもしれません。

社会人としてはベストな生き方じゃないですが。

彼自身がどんな家庭で育ったかは、ほとんど映画の中で語られません。

しかし有力なヒントとしては、万引きをりんに教える意味を祥太から聞かれた時、「何か役割があった方が居やすいだろ?」と言ったことが挙げられます。

多分、治自身は「役に立たないと居づらい」家族のなかで過ごしたんだろうと察せられました。

親や家族から必要とされる何かをしなければ居てはいけない、という考えがあるからこその発言なんじゃないか。

だから彼は、信代から必要とされることに応えてあげられるのかもしれません。

治本人はそうした条件付きの愛情を、祥太やりんに課しているようには見えないんですが。

学校に行き始めた祥太の話も聞いてあげているし、祥太の世界が広がってもそれを阻んだりする執着や心の狭さはありません。

終始優しい治は、犯罪を犯さず堅気の仕事をして、気の合う人と家族を持っていたら、とても良い親になったんじゃないかという気がします。

でも、祥太以外の家族で逃亡を図ったのに、祥太の乗るバスを追いかけた顛末は、その優しい場面の積み重ねがあったからこそ、とりわけ遣る瀬無かったです。

 

あっという間に2300字を超えてしまったので、また次記事に続きます。

残る亜紀と祥太について書いていきます。