映画『タイピスト!』
お洒落で可愛いフレンチラブコメディをご紹介します。
テンポが良く、観ているだけで楽しい美しい映像についつい引き込まれてしまいました。
ネタバレします。
あらすじ
1950年代後半のフランス。
バス=ノルマンディー地方の小さな村出身のローズは、親が決めた村の男性との婚約から脱走すべく、保険代理店の秘書の仕事を見つける。
彼女はタイプの才能を買われてルイに雇われたものの、失敗続きで秘書としては失格だった。
しかし、タイピングの大会に出ることを条件に雇用継続を許されたローズは、ルイによる猛特訓を受けながら仕事を続ける。
お互いを冷たい都会人と世間知らずの田舎娘と思っていた二人だったが、練習で時間をともにするうちに向き合い方が徐々に変わっていく。
ローズとタイピング
ローズは実家の雑貨店で練習したタイプを披露して、秘書の採用面接を突破します。
実家の父が強行しようとする修理工場の息子との結婚に屈せず、自活するために何が何でも仕事が要ったからです。
不器用だけど強い意志を持ったローズの姿勢に最初から共感してしまいます。
状況を変えたいと思うだけでなく、タイピングという具体的な技術で生きる術を探そうとしているところも好感度高め。
仕事がなくなっても男なら戻らない、というローズの言葉が表すように、女性が独立心を持って生きることが目新しかった時代ともなればなおさらです。
チャンピオンの女性たちに熱狂的なファンがいるのも、自立した女性のシンボルとしての一面があったからかもしれません。
普通の女性が身につけることができて、仕事につながって、且つ人と競う場があるスキルなんて珍しかったんじゃないでしょうか。
ローズがタイプしている場面は、音楽の可愛らしさと表情の明るさが相俟って、観ていて楽しいです。
最初はゆっくりながら、リズムに乗ると一気に加速していきます。
10本指で打つ練習中にキーと同じ色でマニキュアを塗っているところも、お洒落で憎い演出です。
そしてローズを演じるデボラ・フランソワは、人間味あふれる表情で彼女のキャラクターを何倍もリアルにしています。
フランス大会で疲弊し、「ここまで頑張ったし満足だからもう優勝なんてしなくていい」と本音を吐露するところ、
寂しさを堪えながら目標に向かい練習を続ける時の大人の無表情など、
どんどん綺麗なレディになっていく中でも見え隠れする人間らしさの見せ方が秀逸です。
序盤の天真爛漫な田舎の女の子ぶりとの対比が見事でした。
優しい鬼コーチ ルイ
ローズは秘書としては無能ながら、タイピストとして才能があると判断したルイは大会に出て優勝しろと彼女に言います。
10本指のブラインドタッチではなく、2本の人差し指でひたすらタイプし続ける彼女に「10本指ならもっと打てる」と改善を提案し、
最初の試合で予選敗退した彼女を叱咤激励し、
終業後も指導ができるよう住み込みさせ、
練習時間が取れるように炊事洗濯もし、
最早鬼コーチと言うか執事かもしれない男性がルイです。
幼馴染で恋人だったマリに未練がありますが、元米兵の夫ボブと暮らす彼女を見守っています。
鬼コーチ兼甲斐甲斐しい執事のルイは、1番になることにこだわり徹底的にローズを鍛えます。
彼自身の父に勝利への価値観を叩き込まれたこと、マリの1番のパートナーになれなかった経験から、今度こそは何としても勝ちたいためです。
そのルイとローズは、(大方の予想通り)一生懸命タイプの訓練をするうちにお互いを好きになりますが、ルイの不器用さが邪魔してなかなか進展しません。
彼女を奮起させてフランス大会優勝まで導いたものの、さらに世界大会に向けて彼女を駆り立てる切り札はない。
そう指摘されたルイは、歯がゆさを爆発させるローズを突き放し、世界大会目前で彼女の元を去ってしまいます。
勝つことと幸せ
ローズは寂しさを封印しながら、世界大会に向けて訓練を続けます。
フランス大会優勝後、タイプライターメーカーの後援がつくも、心を開けるパートナーがいない彼女。
世界大会で絶体絶命の危機が訪れます。
一方ルイは、幼馴染マリに抱いていた思いをぶつけます。
愛していたのに、レジスタンスから戻ったら彼女がボブと結婚し、主婦となって彼の元を離れてしまい辛かったこと、ずっと未練があったこと。
また大切な人を失うかもしれないのは怖いこと。
マリはルイの恐れを受け止めつつ、「怖いのはみんな同じ」と諭します。
今度こそ心を決めたルイは、世界大会が行われるアメリカに駆けつけ、窮地に陥ったローズの背中を押します。
結果発表を待たずにキスする2人の場面がなければ、この映画のメッセージは全く変わってしまうことでしょう。
本作は一貫してタイピング大会という勝負の場で戦い続けるローズとルイの姿を描き、勝つために頑張る2人を丁寧に描写しながら、その途中で得られるものを描いています。
ローズは世の女性からの賞賛も、確執があった父親からの承認も、ルイたちとの新しい人間関係も手に入れます。
ルイも、勝利にこだわりつつ最後の瞬間で勝負に出られなかった自分を見直します。
でも2人は勝負の結果を待たずに自分たちの気持ちを決めるところがグッときます。
勝つために頑張ることは自信や新しい世界を与えてくれるけど、誰かに勝つこととは別のところで、愛や幸せは自分自身で掴みにいくことが必要です。
勝つことができなくても、愛や幸せが受け取れるかどうかはまた別の話で、その人次第です。
お洒落で可愛らしい映像や、コメディ展開の中にもそうしたテーマが埋め込まれており、全方位で高得点な映画でした。
おわりに
軽快で取っときやすいラブコメ、
タイピング大会というエンターテイメント、
お洒落で目を奪う映像、
物語全体のメッセージ、
どれを取っても良作と言える映画です。
元気と笑顔以外に取り柄がない朝ドラヒロインのような女性の人生が、なぜか元気と笑顔だけで上手くいく話かと思いきや、隠れた名作でした。笑
また、女性の自立を促し、沢山の人が熟練度を競い合い、選手も観客も熱狂させるタイピングというスキルがテーマだからこそ、こんなに面白い映画になったのだと思います。
タイピング+50年代と言う舞台、設定の魅力が如何なく発揮されている点も完成度が高いです。
元気が出るお洒落なコメディをお探しの方にぴったりの映画です。