映画『ペーパー・ムーン』
不朽の名作ロードムービーをご紹介します。
静かで淡々としているように見えて、でも2人を見守りたくなる不思議な映画です。
1973年のアカデミー賞で、本作のテイタム・オニールが史上最年少の9歳で助演女優賞を受賞しています。
あらすじ
詐欺師のモーゼは、事故で亡くなった恋人の9歳の娘アディを、ミズーリ州の伯母のもとまで連れて行くことになる。
モーゼは事故の相手の元へ行って慰謝料をせしめ、アディを電車に乗せて送り出そうとするが、アディは慰謝料が彼女のものだと主張。
通報されるのを恐れたモーゼは、アディに返す金を詐欺で稼ぎながら、ミズーリ州まで彼女を車で送ることにする。
嫌々ながら2人旅を始めたモーゼだったが、アディは呑気な大人を出し抜く強かさを持った、驚異的に賢い少女だった。
聖書詐欺師モーゼ
モーゼは地方新聞の死亡欄を見ては、遺族の元を訪ね、聖書を売りつける詐欺師をしています。
あたかも故人が妻や家族のために聖書を注文していたのが届いたかのように話し、何も知らない遺族から小金をせしめます。
遺族は「まあ、あの人が私のために…?」と心を動かされたり、「死んだ人が注文したものなんて知らん」というのも気が引けるし、と思ったりするので、まあまあな回収率です。
有り難い名前を名乗っておきながら何てことをしているんだ。。。
モーゼはこの仕事で学んだ話術で、アディの母が亡くなった事故の相手先から慰謝料をむしり取ります。
で、自分の懐に入れようとしますが賢いアディは見逃しません。
使い込んだ慰謝料を返すまで、彼女を放り出さず一緒に旅をするよう詰め寄ります。
詐欺師だけど何やかんや極悪人ではないモーゼは、根負けしてアディの伯母がいるミズーリまでの道中、詐欺を続けながら返済をしていくことになります。
天才助手の出現
アディはモーゼの詐欺の助手として、天賦の観察眼と機転を発揮します。
聖書の代金として要求する金額を、相手の家や身なりから判断して上げさせたり、
子どもという立場を利用してお釣りをちょろまかして儲けたり、
スタートはモーゼの真似であるものの、すぐに彼以上のパフォーマンスを見せます。
飲み込みが良くて頭の回転が速く、胆力もあり、それらの才能をフル活用しています。
しかも、モーゼが踊り子のトリクシー・ディライトにうつつを抜かし、お金を浪費した時には、他者を抱き込んで2人が分かれるよう工作する天才です。
それどころか禁酒法を逆手にとって商売する悪者すら手玉に取ります。
9歳とは思えない現実離れした頭の良さなのですが、手段は原始的なのでなるほどと納得してしまいました。
アディの気持ち
劇中、モーゼに言うことを聞かせ、大抵のことは思い通りにしてしまう(ように見える)アディですが、ほとんど笑いません。
感情をほとんど出さず、何だか寂しそうに見えますが、後半はモーゼとの絆が深まり、やや心を開いているようにも見えてきます。
彼女はモーゼが自分の父親ではないかと考えて、何度もそう尋ねていました。
その度に否定されますが、それでも何度も訊いていること、優しく裕福な叔母の家をすぐに飛び出してモーゼを追いかけるところを見ると、アディはモーゼが父だと信じているようです。
事故で突然母を失い、挙句に一緒に旅した父からも離れるのは嫌だったのかもしれません。
まして悪行に失敗してぼろぼろになったモーゼはなおさら心配だったのでしょう。
アディが子どもらしからぬ知恵と冷静さを身に付けたのには、寂しい背景があったんじゃないかと勘ぐってしまいますが、2人で選んだ結末の先に少しでも楽しい時間が控えているといいなと思います。
なお原題そのままのペーパー・ムーンという言葉には、作りもの、まやかしという意味があります。
モーゼが本当にアディの父親かはさておき、疑似家族のちぐはぐした温かさを予感させるキーワードです。
ライアン&テイタム・オニール
実はモーゼ役は、アディを演じたテイタム・オニールの実の父なのですが、その割にアディはめちゃくちゃ表情が硬い。
気になってWikipediaを見てみたら、テイタムは幼少期に親から虐待を受けていたとのことで、アディの纏っていた寂しさの理由はもしかしたらこれかも、と思うと遣る瀬無い気持ちになりました。。。
愛されて天真爛漫な子どもが、アディを演じるためだけにあのオーラを出していたなんてことがあるのか?と不思議だったのですが、実体験からアディの気持ちを一部知っていたのかもしれません。
完全に信頼はできない、無償の愛を期待できない相手でも、自分自身の知恵で武装しながら追いかけていくと言う姿勢を感じてしまいました。
まだ200ドル貸しがある、とモーゼを呼び止めるのではなく、置いていかないでと言えれば良かったと思うのは、そういうことはエンターテイメント作品に期待する話じゃないかもしれません。
実際、アディの「孤高の子ども」感がこの映画を特別にしているのは間違いないので、彼女が普通の子どもみたいだったら、ただのほのぼのロードムービーになってしまったでしょう。
でもいつか、そうやって素直な気持ちをぶつけられる相手にアディが出逢えたらいいなと思います。
おわりに
普遍的な物語になるようシンプルな脚本を目指した、という製作者の意図が見事に奏功して、時代関係なく引き込まれる映画になっていました。
各種レビューの点数が高いのも頷けます。
モノクロ画面や、アメリカ中西部の荒涼とした雰囲気もあいまって、寂しさを常に感じる映像ですが、「広い世界に2人きり」感があってストーリーによく合っていました。
素朴なロードムービーが観たい方にお勧めしたい映画です。
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