本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『君の名前で僕を呼んで』

Twitter界隈で今年話題になっていた本作を観てみました。
ネタバレします。

 

 
あらすじ

学者の父と博識な母を持つエリオは、自身も読書や作曲に親しむ知的で穏やかな少年だった。

毎年夏に北イタリアの別荘で過ごす際、父はいつも教え子を連れてくる。

その年の学生はアメリカ人のオリヴァーだった。

エリオは知的で穏やかながら逞しいオリヴァーに惹かれていく。

彼はオリヴァーの気持ちを図りかねて距離を取ったり、顔馴染みの少女との仲を深めたりと、悩み多き夏を送る。


初恋の儚さ

繊細な少年エリオは、知性と逞しさを兼ね備えたオリヴァーに心を掻き乱されます。

人生経験も心の余裕もある歳上の相手に対する純粋な憧れと、生身の人間への欲望が入り混じった若さ溢れる恋心が、エリオの表情や挙動から痛いほど伝わってきます。

演技に見えない自然さも相まって、自分の10代の頃の恋を振り返ってしまう人続出間違いなしの、隅から隅まで素晴らしい演技でした。

初恋の儚さ云々は勿論ありつつ、エリオを演じるティモシー・シャラメ自身が持つ雰囲気の儚さも、映画全体の魅力を大幅に底上げしています。

憧れも弱さもそれを隠そうとしている気持ちも、あまりに如実に伝わってくるので、物語の起伏は少ないものの手持ち無沙汰になりません。

端々から滲み出る抜き身の感情も、容赦なく思春期の不安定さを思い起こさせ、共感を鷲掴みにします。

この危うさこそが、それを受け止めるオリヴァーの優しさを、ますます頼もしいものに見せているかもしれません。


映像と音楽の美しさ

こんな映画は他にないと思わせるもう一つのポイントは、映像と音楽の美しさです。

映像については、イタリアの夏の明るさ、でも南部ほどアクが強くない北イタリアのちょうど良さが全開です。

別荘がある田舎の自然豊かな風景も、少し離れたところにある小綺麗な街並みも、静かで特別な夏の思い出の背景にぴったりでした。

台詞が少なく、エリオが自室や庭で1人で考え込んでいる場面が多いのですが、どの場面を切り取っても美しい画面しかない気がします。

彼の心象風景として完璧な表現が用意されていると言ってもいいかもしれません。

衝撃的なラストシーンの前に、冬の景色が長めに差し入れられるのも効果的でした。

音楽はエリオが弾く曲を含め、シンプルなピアノ曲が多いです。

思考を邪魔せず上品に入ってくるけれど、映像の美しさを引き立てるところもあり、絶妙な心地よさです。

音楽だけでも聞いてみたいなと鑑賞中から思ってしまいました。

 

辛くても美しい

エリオの両親はエリオとオリヴァーの思いに気づきつつ温かく見守っています。

明に暗にエリオの背中を押す母は、知的な多ヶ国語話者で、彼を迷いごと受け入れる優しさも持っています。

観てるだけで好きになっちゃいそうな素敵な女性でした。

考古学者の父は沈黙を守っていたけれど、夏の終わりのオリヴァーとの別れに打ちひしがれるエリオを穏やかに慰めます。

今は辛いだろうし、もう何も感じたくないと思うかもしれないが、感じないよう心を抑え込んでは自分をすり減らしてしまう。

辛い気持ちを受け入れ、喜びも悲しみも、自分の感情をこれからも認めていくよう励まします。

多くの人が恋愛で辛い思いをしたことがあると思いますが、だからと言って「恋愛なんて良くない」「あんな思いしない方がいい」と思う人は少ないでしょう。

辛さや悲しい思い出も、感情の奥行きや幅を広げ、心の血となり肉となるからです。

次項でも述べますが、それは恋の相手が異性でも同性でも変わらないことです。

初恋の相手と結婚まで行かない限り、誰もがどこかで別れや失恋を経験します。

本作は初恋の思い出というモチーフで、同性愛と異性愛の差異を忘れさせ、誰にでもある悲しいが大切な思い出を描きだした物語と言えます。

 

同性愛に普遍性を描く

舞台は1983年なので、エリオの両親は当時としてはかなり先駆的な価値観の持ち主だったでしょう。

エリオたちの恋愛感情をあるがままに受け入れ、異性愛者の恋と何ら変わるところなく激励する場面に、懐の深さと聡明さがあふれていました。

人が人を好きになる気持ちの本質は、異性愛だろうと同性愛だろうと変わらないのだと思います。

気になる相手がいても近づけなかったり、

気を引こうとして思ってもない行動に出たり、

嫉妬してうまく気持ちを伝えられなかったり、

一緒にいれば他愛ないことも楽しかったり、

別れの時がたまらなく辛かったり。

そうした情動はヘテロセクシュアルの恋愛映画と全く同じです。

ハリウッド映画の『ブロークバック・マウンテン』を観た時も同じことを思いましたが、その時は「共感できない濡れ場って辛いな」という素直な感想がありました。

ただ今回は、エリオを演じるシャラメの中性的な雰囲気も相まって、がっつり引き込まれ、強い魅力を感じました。

恋する中で誰もが感じる気持ちを丁寧に描き、また、エリオとオリヴァーの接触を徹底して美しく描写することで、恋愛感情の普遍的な部分を巧みに取り出していると言えます。

前項の初恋を乗り越える経験という点も相まって、2人の恋愛感情を特別なもの、同性愛として目立たせるのではなく、普遍的な淡い恋愛として描いています。

 

おわりに

本作は『ビフォア』3部作のように続編を前提としているらしいので、楽しみに待ちたいと思います。

原作の小説も読んでみたいです。

想像以上に物語の起伏はなかったけれど、不思議なほど余韻が残り続ける映画でした。

人生の辛さ悲しさも美しく写し取ってしまう点において、イタリア映画やフランス映画にはいつも驚かされます。

儚く切ない恋愛映画をお探しの方に、おすすめしたい作品です。

 

 

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