本と映画と時々語学

書評、映画評、時々語学学習や時事ネタなど書き綴りたいと思います。

映画『(500)日のサマー』

最後まで見入ってしまう、お洒落でほろ苦い恋愛映画をご紹介します。

サブカル界隈に絶大な人気を誇る理由が観てみてよくわかりました。ネタバレです。

 

 

あらすじ

ロサンゼルスでグリーティングカードの制作会社に勤めるトムは、不幸せではないが地味な日々を送っていた。

たった一人の運命の女性とでなければ恋愛は有り得ないと信じている彼は、会社に秘書としてやってきたサマーに夢中になる。

トムは小さなきっかけでサマーとの距離を縮めることに成功し、彼女に告白するも、特定の恋人を持つつもりがないサマーから「友達になりましょう」と振られる。

しかしその後、2人きりで会う時間は蓄積していき、一緒に悪ふざけをしたり、イケアで夫婦ごっこを楽しんだりしていた。

サマーの部屋に招かれたトムは、恋人関係に近づいたと感じていたが、現実には別れが近づいてこようとしていた。

 

サマーという女性

サマーは身長や体重や能力はごくごく平均的な女性です。

ハリウッド女優さんをこう言うのも変ですが、絶世の美女タイプではありません。

常に強烈な存在感を放つわけではないけれど、思わず目で追ってしまう、30秒に1秒くらいはっとするほど可愛らしい表情を見せる感じです。

そして振る舞いや言動を含めた総合点、すなわち、笑顔、明るい雰囲気、行動の予測のつかなさ、特定の恋人を作らないつれなさ、いたずらっぽさなど、あらゆる要素で男性ていましたを虜にし。

彼女は会社のパーティーでトムたちに恋愛観を吐露します。

「自分自身でいたいの」

「恋愛関係は面倒だし傷つくのもイヤ

 …愛は絵空事よ」

とは言いながら、トムとの関わり方は(後に彼自身から指摘されるように)恋人そのものです。

このへんが、同性を憤らせる小悪魔感の核心と言えます。

 

運命と偶然

サマーと対照的に、トムは運命の女性とでなければ幸せになれないと思っています。

サマーと喧嘩別れした彼は、幸せとの縁が断たれたと煩悶していました。

妹レイチェル(頭脳明晰)から「他にも相手はいる」と諭されるも信じられません。

更にサマーの婚約を知ってやけくそになり、割と最悪な形で会社も辞めます。

とどめにサマーから「夫には(それまで信じていなかった)運命を感じた」と言われ、これまでのことは一体何なんだとなります。

トムが運命の相手と思っていたサマーは、トムに対してそんな感情は抱かなかったのに、他の人にはあっさり運命を感じて結婚してしまった。

だけど最後にトムは、本来やりたかった仕事を改めて探す中で、運命なんてないと吹っ切れます。

「偶然 それがすべてだ」

「偶然だけだ」

運命が決まっていて変えられないなら、誰かに出会うための努力も、好きになってもらうための試みも、一緒に過ごそうとする気持ちも、意味がないことになってしまいます。

でも、すべてが偶然の産物なら、一つでも多くの偶然を捕まえに行こうとすることで、人生や恋愛を変えられる可能性はきっとあるでしょう。

踏んだり蹴ったりなトムの状況の認知をまるっと変え、希望が持てるようになる、発想の転換です。

偶然の機会を逃すまいと、面接で見かけた女性に声をかけたトムは、相手の名前がオータムだと知って驚きます。

ここでようやくタイトルの意味がわかりました。

500日間の夏(サマー)が終わって、次の季節である秋が始まるかのような、少しはっとする場面で映画は終わります。

偶然と運命と、どちらも感じるのは現実の恋愛でもそうかもしれません。

 

お洒落で軽快な映像作品

小気味よい脚本の巧みさもさることながら、映像作品としてのお洒落さも本作の魅力の一つです。

サマーといた500日間の「〇〇日目」という回想がランダムに切り替わりながら話が展開しますが、場面の転換が速いので間延びも飽きも全くありません。

また、サマーがいつも青色の何かを身につけている一方、トムの服装はいつも地味な色にまとめられていたり、色使いにも派手過ぎない遊び心が見られます。

サマーとの距離を一気に縮めたとトムが歓喜した日、妄想の中に様々な色合いの青い服をまとった人々が大量に登場するなど、青はサマーを象徴する色です。

オータムのファッションが、そんなサマーとは全く違うベクトルであるところも印象的でした。

 

おわりに

サマーの行動が理解できんと議論を呼びがちな本作ですが、思い出が楽しいからこそのほろ苦さの描写はピカイチです。

お洒落な映像を観ているだけでも楽しかったし、テンポよく少し短めなところも 、まだまだ観たい気持ちにさせる映画でした。

ほろ苦くお洒落な恋愛映画をお探しの方にぴったりな作品です。