本と映画と時々語学

書評、映画評、時々語学学習や時事ネタなど書き綴りたいと思います。

映画『日の名残り』

人生の回想を軸とした、カズオ・イシグロ原作の映画をご紹介します。

原作の小説も読了していますので、そちらも意識しながらレビューを書きました。

ネタバレでお送りしています。

 

 

あらすじ

英国の美しい田舎にあるダーリントン・ホールには、この邸宅に長年使える執事のスティーヴンスがいる。

彼は、屋敷の新しい主人が与えた休暇を利用して、かつての仕事仲間であったミス・ケントンを訪ねることにした。

一人旅の道中で彼は、かつての主人だったダーリントン卿が第二次大戦前夜に開戦阻止のため奔走していたことや、ミス・ケントンとの思い出を回顧する。

 

 

仕事に人生を捧げた主人公

スティーヴンスは自身だけでなく父親も、ダーリントン・ホールの執事でした。

2人とも主人であるダーリントン卿に仕え、他の使用人たちを束ね、屋敷の中の秩序を守ることに心血を注いでいました。

彼の年取った父親が、思うように動かない体に鞭打って給仕の練習をしていたエピソードは、仕事への思い入れの強さを端的に示しています。

しかし、社会が変わり、裕福な貴族が減って行く中で、執事という仕事も過去のものになっていきます。

父の記憶は、執事の仕事が存在感を持っていた古き良き時代への懐古かもしれません。

しかし、父の時代とは違うものの、スティーヴンスもやはり執事であることに誇りを持っていました。

今まで彼は、仕事への責任感と個人的感情の間で揺れた時、責任を全うすることを優先しています。

その選択を振り返る場面が終盤の山場となります。

 

一人称の回想

ダーリントン・ホールとダーリントン卿を取り巻く過去は、優雅で美しいもののように見えます。

しかし、第二次世界大戦の影がダーリントン・ホールにも忍び寄ります。

ダーリントン卿は、対独融和支持者でした。

第一次世界大戦で敗北したドイツが、過酷な敗戦処理によって追い詰められ、再び軍事行動に出ることを懸念していました。

よって、ドイツに対する厳しい追及は控え、援助すべきとの信念を持っており、有力者たちを説得するためにダーリントン・ホールで大規模な会合を催していました。

しかし、結果としてドイツが軍事行動に出て第二次世界大戦が始まったことから、対独融和路線は間違いだったとの評価が下されます。

スティーヴンス本人は国際関係や外交の知識は全くないまま、卿のために行動していましたが、戦後の情勢は彼らの行動に厳しい目を向けました。

スティーヴンスが敬愛するダーリントン卿は、回想では思慮深く賢い人物として描かれます。

ところが、スティーヴンス以外の人からダーリントン卿の話が語られるとき、棘のある言葉に気づかずにはいられません。

記憶の語り手はあくまでもスティーヴンスなので、そこには美化や欺瞞が含まれています。

ミス・ケントンとの思い出にもその流れは少なからずあります。

過去の美しい記憶を温めながら暮らすことの寂しさや、行動しなかったことの後悔が振り返られます。

 

回想に付随するテーマ

イシグロの原作小説は、主人公が一人称で丁寧に回想する物語が多いですが、

「記憶」と同じくらい重要なキーワードが登場するのも一つの特徴です。

本作の場合は「後悔」「美化」といったところでしょうか。

仕事に対する姿勢、自分の感情に対する姿勢など、スティーヴンスの人生の重要な出来事と絡めながら、普遍的な現象を描き出していきます。

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

 

先日レビューを投稿した『わたしを離さないで』にも「後悔」というキーワードが当てはまるように思います。

kleinenina.hatenablog.com

 

記憶を辿ると言うのは身近な行為であるだけに、その人ならではの考え方や、思い入れに影響を受けます。 

そして、実際の事実とは違った流れをもって追憶が進んでいくこともあります。

イシグロ作品においては、男性が主人公の場合に特にその傾向が強いです。

こうした現象を描くことは、ともすると主人公の人生や考えを否定することにもつながりかねないので、小説であっても映画であっても、大胆な切り口だと言えます。

しかし、基本的に登場人物に対する目線が優しいためか、記憶の美化を指摘して主人公を厳しく突き放すような展開にはなりません。

むしろその人間味によって、読んでいる人・観ている人の一層の共感を引き寄せることに成功しています。

 

おわりに

「一人称で語る」という小説の特性を表現しきるのは映画では難しいかもしれませんが、小説の細部にこだわりすぎないことで、映画は映画として綺麗にまとめている印象を受けました。

一方で、ダーリントン・ホールの雰囲気や、スティーヴンスのストイックさなど、重要な要素は原作のイメージに忠実に仕上げられているので、小説ファンも違和感なく入っていけます。

難があるとすれば、ジャケット写真はスティーヴンスもミス・ケントンも「奇跡の一枚」であるということです。

映像で動いているところを見ると、かなり写真と違うので注意してください。

特にスティーヴンスはもっと痩せていてほしかった。笑

ともあれ、古き良きイギリスの雰囲気を感じながらゆっくりと観ることのできる映画です。

静かな名作を楽しみたい時、ぜひご覧になってみてください。

 

 

 

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