本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『モンスター』

実在した連続殺人犯であり、娼婦であった女性アイリーン・ウォーノスの半生を描いた映画です。

絵に描いたような美人のシャーリズ・セロンが大幅に体重を増やして殺人犯役に挑戦したことが大きな話題を呼びました。

彼女は本作でアカデミー主演女優賞を受賞しています。

ネタバレでお送りします。

 

 

あらすじ

娼婦のアイリーンは、ある夜偶然出会ったレズビアンのセルビーと恋に落ちる。

互いに好き合っているセルビーと一緒に過ごす金を稼ぐため、アイリーンは売春をしていたが、ある時暴行してきた客を殺してしまう。

売春以外の仕事を得ようとするも上手くいかず、収入がないことをセルビーに詰られたこともあり、結局は娼婦に戻ることになる。

しかし、理性の箍が外れていった彼女は何件も殺人を重ねていってしまう。

 

 

アイリーン・ウォーノスという人物

アイリーン・ウォーノスは実在の人物で、2002年に連続殺人の罪で死刑に処されたアメリカ人女性です。

 

アイリーンは幼い頃に母が兄と彼女を置いて出ていってしまったため、祖父母によって育てられました。

祖父から肉体的・性的虐待を受け、祖母はアルコール依存症と言う劣悪な環境です。

兄とも関係を持ったことがあると言われています。

14歳で妊娠した彼女は家族から縁を切られ、出産後に子どもを養子に出した後は学校を辞め、娼婦として生計を立て始めます。

その後ミシガン州コロラド州フロリダ州など、各地を転々としながら暮らします。

 

劇中のセルビーにあたる人物(ティリア・ムーア)と出会ったのは30歳ごろです。

最初の殺人は1989年、33歳ごろのことでした。

彼女は7人の男性を殺した罪で逮捕され、 1992年に有罪判決を受けています。

アイリーン・ウォーノス - Wikipedia

 

モンスターは最初からモンスターだったのか

映画を観ればわかりますが、アイリーン・ウォーノスは、快楽殺人者ではありません。

最初の殺人は、売春の客に暴力を振るわれたことから発砲してしまい、相手が命を落としました。

 

その後、唯一無二の相手だと思ったセルビーに、遊ぶお金がないことを責められ、やむなく売春に戻ったとき、さらに殺人を犯してしまいます。

最後には、彼女に危害や暴力を加えようとするわけでもない相手すらも殺してしまいます。

彼女は上述の生い立ちの中で、人間同士の信頼関係や愛情を知らずに育っているうえ、

 

ようやく愛し合えた相手セルビーすらも、お金がないために失いそうになります。

セルビーは怪我をしてギプスをしているため働けません。

同時に彼女はわがままな面もあり、アイリーンを愛する反面、生活力については彼女に頼りたがっています。

アイリーンには堅気の仕事に戻るための知識や経験は何もありませんでした。

売春には暴力的な客という危険が潜んでいるうえ、セルビーと過ごすために売春しなければならない状況に身も心も引き裂かれていきます。

彼女の中に残っていた理性が失われていく過程が描かれていました。

細部は思い出せないのですが、アイリーンがセルビーに

「あんたにとって世界は優しい存在 それでいい それがあんたの良さだから」

「でもあたしは許せない あたしのしたことすべて」

といった言葉を吐露する場面があります。

アイリーンに冷淡だった社会や出会った人を許せないのと同時に、荒んで心を失ってしまった自分も許せないと言う苦悩が表れていました。

 

踏みつけにされた女性性

アイリーンは、金銭か暴力とのつながりの中でしか、性的関係を持ったことがありません。

殺人を肯定はできなくても、この経験の中で男性を恨まないほど心の広い人物は思い当たらないですし、男性だけでなく、世の中すべてを恨んでいても不思議はないでしょう。

強姦は「魂の殺人」とも言われますが、早くに性的虐待に晒された生い立ちがあるアイリーンは、心に深刻な傷を負ったまま過ごしてきたに違いありません。

映画では、具体的には語られませんが強姦された経験のあることが示唆されています。

もし自分が彼女と同じ状況に置かれたら、精神の平衡を保てる自信が全くなく、

よって私はこの映画を観たときにアイリーンに対して批判したり非難したりする気持ちを持てませんでした。

たまたま運の良い環境にいたから、自分のジェンダーについて苦悩することもなく、苦しい過去を持つこともなく生きてこられました。

今こうして人を殺すこともなく暮らしていられるのは、私自身の倫理観や人格によるものではなく、

そうしなくても平気な環境にいられたからというだけではないか、と気づかされます。

人間の善意や、愛を信じられる環境は、アイリーンにはありませんでした。

 

誰がモンスターを生んだのか

もし幼い頃のアイリーンを愛してくれる大人がいたら、

友人関係を築ける人が傍にいたら、

幸せな異性関係を教えてくれる人と出会えていたら、

彼女は殺人犯にならなかったかもしれません。

あえて「モンスター」という一義的な単語を用いることで、アイリーンが犯罪を犯すようになった背景を考えさせる作品になっています。

何人もの命を奪った彼女に、「私たちと根本から違う生き物である」と怪物の烙印を押し、断罪するだけで解決するのか、と訊かれれば勿論そうではありません。

愛や信頼を知っていれば、人間はモンスターにならずにいられる。

反対に、愛や信頼を知らないままでは、他人と満ち足りた人間関係を築くことも、社会参加することも、かくも難しいのだと思い知らされました。

彼女の場合は、学校教育から遠のいてしまい、知識や経験が乏しいまま自活しなければならなかったことも大きな痛手でした。

 

おわりに

観終わった後にやりきれない気持ちになる作品ですが、観て本当に良かったと思った映画でもあります。

殺人を犯した一人の女性に真摯に向き合った物語であると感じました。

アイリーン・ウォーノスについてはドキュメンタリー映画も制作されているので、こちらもいつか観てみたいです。

以前ご紹介した『テルマ&ルイーズ』は、実はアイリーン・ウォーノスとティリア・ムーアに着想を得て描かれた物語ですが、こちらは本作のような陰惨さのない、全く別の作品となっています。

むしろ痛快ロードムービーと言ってもいいくらい。

kleinenina.hatenablog.com

タイトルを見ておやっと思った方にこそ観ていただきたい作品でした。 

 

 

 

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