本と映画と時々語学

書評、映画評、時々語学学習や時事ネタなど書き綴りたいと思います。

小説『斜陽』

文豪・太宰治の代表作『斜陽』をご紹介します。

10代の時に青空文庫で読んだ際は何の感慨もなかったのですが、アラサーになって読み返したところその筆力にひきました。

滅びの美学という言葉がぴったりです。

 

 

あらすじ

終戦直後の東京。

没落貴族のかず子は母と2人で暮らしていたが、生活が苦しくなったため家を売って伊豆に引っ越す。

その後、戦地で行方不明になっていた弟・直治が帰ってくるも、彼は麻薬中毒者と化していた。

直治は家の金を持ち出しては東京に行き、遊び仲間の上原と頽廃的な生活を楽しんでいた。

やがて、優しかった母が亡くなると、弟もその後を追うように命を絶ってしまい、かず子はひとり生きていくことになる。

 

 

日本版『桜の園

太宰治は、青森県津軽地方(現五所川原市)の名士の家に生まれました。

東京帝國大学に入学するも、何やかんや色々あって(ほんとに色々あって)実家と疎遠になりますが、終戦前に空襲を逃れるため実家に疎開します。

大地主だった太宰の実家・津島家は、終戦後、GHQによる農地改革で所有地の大半を取り上げられました。

彼は没落していく実家を見て「『桜の園』そのままではないか」と呟いたと言います。

 『桜の園』とは、ロシアの作家チェーホフが書いた戯曲の一つで、帝政ロシアの没落貴族を描いた作品です。

それまで社会の上層で絢爛な暮らしを送ることに慣れていた人々が、世の趨勢に呑まれて適応できないまま凋落していく流れは、確かに『斜陽』にも描かれています。

斜陽 - Wikipedia

 

 

浮世の殿上人

かず子と母は、没落貴族と言えどやんごとなき身の上です。

特にかず子の母は、古き良き貴族の女性の姿そのものであり、その優雅な雰囲気や可愛らしい立ち居振る舞いは、気取ったことをしてみても真似られるものではないとされています。

更に、弟の直治をして、おれたちの一族でも、ほんものの貴族は、まあ、ママくらいのものだろう。と言わしめる女性です。

そんな優雅さや天真爛漫さは、(身も蓋もない言い方ですが)守られて育ってきたからこそ培われた特殊なものです。

賎民がひしめき、明日の食べ物やら家賃やら事業やらのことを考えなければならない浮世のことを、かず子たちはよく知りません。

おそらくかつては、小作人から納められる地代収入などで不労所得が充分あったのでしょう。

しかし、終戦後の農地改革で土地を召し上げられたら収入が絶え、生活が苦しくなったというところでしょうか。

彼女たちは、入ってくるお金に合わせて生活費を切り詰めるとか、多少辛くても節約に励むとかいった概念にも馴染みがないように見えます。

かず子は今さら外で働くようなことはできないだろうと、叔父からも指摘されています。

これまでの生き方が通用しなくなり、それ以外の生き方を知らないので浮世にうまく適応できない。

そんなズレを認識している様子が随所に出てきます。

特にかず子がそのことを痛感したのが、次の出来事です。

 

伊豆の家での火事

かず子は、伊豆の家で母と二人暮らしをしているときに、自分の火の不始末からボヤ騒ぎを起こしてしまいます。

どんな人であっても、自分の始末で火事を起こしてしまったとなれば大層落ち込むかと思いますが、かず子は自分の立場のこともあって辛い気持ちを味わうことになります。

 私が火事を起す。私の生涯にそんなおそろしい事があろうとは、幼い時から今まで、一度も夢にさえ考えた事が無かったのに。
 お火を粗末にすれば火事が起る、というきわめて当然の事にも、気づかないほどの私はあの所謂いわゆる「おひめさま」だったのだろうか。

誰でも初めて暮らす環境であれば慣れないことに戸惑いはありますが、和子たちは慣れないことがあまりにも多いまま大人になってしまいました。

この後、近所の女性に、母との暮らしぶりが危なっかしいことを責められたりして更に落ち込みます。

自分の過失であることは痛いほどわかっているので、尚更しんどい。

 あの時に風が強かったら、西山さんのお嫁さんのおっしゃるとおり、この村全体が焼けたのかも知れない。そうなったら私は、死んでおわびしたっておっつかない。…中略…亡くなったお父上のお名前をけがしてしまう事にもなる。いまはもう、宮様も華族もあったものではないけれども、しかし、どうせほろびるものなら、思い切って華麗にほろびたい。火事を出してそのお詫びに死ぬなんて、そんなみじめな死に方では、死んでも死に切れまい。

かず子は、自分たちが浮世に放り出されて生きていくことは難しいと薄々気づいており、滅びるなら美しく滅びたいと考えています。

この思いが、終盤の破滅的な選択へとつながっていきます。

そして弟の直治もまた、浮世と自分のズレにずっと苦しんでいました。

彼は、社会に溶け込もうとする自分なりの精一杯の努力が、気の合うわけでもない一般人との夜遊びであったと言うことを一緒に書き綴っていました。

長らくそうした素行不良で姉や母に迷惑をかけながらも、本当の居場所を得たようには決して思えなかったことも綴られていました。

 僕は、遊んでも少しも楽しくなかったのです。…中略…僕はただ、貴族という自身の影法師から離れたくて、狂い、遊び、荒すさんでいました。

最後の言葉は短いながらも悲痛です。

  姉さん。

  僕は、貴族です。

 

かず子のモデル

この小説のヒロインかず子にはモデルとなった女性がいます。

太宰治の愛人の1人であり、彼の娘を産んだ太田静子です。

彼女は滋賀の開業医の娘でしたが、進学のため上京した後に文学や絵画への造詣を深めます。

その中で太宰に書いた手紙に返信があり、呼び出されて会いに行った際、既婚者である太宰と恋に落ちます。

その後、小説の題材として日記の提供を依頼され、これに応じて差し出した日記が『斜陽』のベースとなりました。

日記を提供するために会った時、彼の娘となる太田治子を身ごもりました。

しかし、この子どものことを相談しようとしても太宰に逃げ回られたり、

ライバルである他の愛人・山崎富栄とともに太宰が入水自殺したり、

太宰が自殺したあと訪ねてきた彼の師・井伏鱒二から太宰の名誉や作品に関する事実を口外しないよう口止め料を渡されたり、

太宰の実家からとことん冷遇されたり、

割と踏んだり蹴ったり且つ波乱万丈な人生を歩んでいます。

彼女が井伏鱒二との制約を破って発表した『斜陽日記』はこの小説と重複するところが相当あったと言いますが、事実ならたいへんなスキャンダルですね…。

盗作だけじゃなく色々と過ちを犯してます。

 

おわりに

成り立ちに疑惑のある小説ですが、時代に取り残された人々の葛藤や美学を描き切った、優れた作品であることは否定のしようがありません。

先日ご紹介した映画『道』と同様、もう決してこんな作品出てこないだろうと言える小説です。

滅びの美学、刹那的な生き方と言ったキーワードが気になる方にはぴったりの読み物かと思います。

 

    

斜陽 (新潮文庫)

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