映画『道』
ものすごく久しぶりにイタリア映画のレビューです。
愛って何なんだ!と考えたい方にご紹介したい映画です。
イタリア映画屈指の名作であり、アカデミー賞最初の外国語映画賞を受賞した作品でもあります。
製作は1954年で、全編モノクロフィルムです。
惜しみなくネタバレしています。
あらすじ
旅芸人の男ザンパノは、助手の女が死んだためその姉妹のジェルソミーナを新たな助手として二束三文で買い取る。
実家が貧しく、知恵も反抗心もないジェルソミーナは、横暴なザンパノにも素直についていくが、女と遊び回っては彼女を邪魔者にする彼にある日嫌気が差し、1人で街へ出かける。
街で見たのはサーカス団の一員で綱渡り芸人の朗らかな男。
ジェルソミーナがザンパノに連れ戻されたあと、2人は綱渡り芸人のいるサーカス団と合流し、ともに興行を行うことになる。
しかし、綱渡り芸人がジェルソミーナに優しく接し、彼女との距離を縮めるのを見たザンパノは、彼に対する激しい憎悪を膨らませていく。
粗暴な男ザンパノ
ザンパノは上半身に巻いた鎖を自分の胸筋だけで断ち切るという、屈強な体を売りにした芸をする旅芸人です。
性格は粗野で、酒も女も大好き、気に入らない奴は1発殴らないと気が済みません。
そんな彼が頭の足りないジェルソミーナに丁寧に接するはずもなく、彼女は徹底してぞんざいに扱われることになります。
ザンパノが一夜の相手を見つけた日には相手にされず放り出されたり、
はたまた身体の関係を強要したりといった具合です。
つまりザンパノは完全なDV男です。
兄弟が多く極貧の生活を送っていたジェルソミーナは、わずかなお金と引き換えに彼に買われたわけなので、彼から逃げても戻る場所はありません。
また、知能指数が足りないらしい彼女には、1人で生きていくことは難しかったでしょう。
しかしジェルソミーナは、ザンパノと過ごす日々の中にも、稼ぎがあった日にご馳走してもらうささやかな喜びなどを見い出し、当初は彼女なりにポジティブさをもって彼についていっているように見えます。
さらに、後述の綱渡り芸人との会話を経て「私がいないと、彼はひとりぼっち」という信念のもと、粗野な彼の元に留まることを決意しています。
綱渡り芸人イル・マット
綱渡り芸人のイル・マット(邦訳では名前は出てきませんが) は、ザンパノと対照的な人物です。
明るく朗らかで、「私は役に立たないの」と項垂れるジェルソミーナを、
「この世に何の役にも立たないものなんてない」
「路傍の石だって何かの役に立っているんだ」
と励まします。
ザンパノはジェルソミーナに惚れているから、彼と一緒にいてやることがジェルソミーナのできることだと示唆しました。
昔からザンパノと知り合いのようですが、何か仲違いするきっかけがあったらしく、彼とは犬猿の仲です。
ジェルソミーナとザンパノがサーカス団に合流してから、たびたびジェルソミーナに優しくしたり、ザンパノをからかったりする彼の言動行動が、ザンパノの神経を逆撫でします。
ある日、怒ったザンパノは乱闘騒ぎを起こしてしまい、それが原因で2人はサーカス団を出て行かねばならなくなります。
そして、その後偶然再会したイル・マットに激昂したザンパノは彼を撲殺。
彼は動物的なまでに憎悪のまま行動していました。
ジェルソミーナとの別れ
彼は、イル・マット殺害にショックを受け、まともに芸のアシスタントができなくなったジェルソミーナをその辺に置き去りにします。
そして何年か後、1人で巡業を続けるザンパノは、彼女がよくラッパで奏でていたメロディを海辺の村で耳にします。
ところが、その歌を口ずさんでいた娘たちに聞くと、それは「かつてこの辺にいた頭のおかしい女がラッパで吹いていた曲で、彼女は数年前に死んだ」と聞かされました。
映画はザンパノが酒乱になって街を追い出され、砂浜で号泣する場面で終わりを迎えます。
あれほど足蹴にし、乱暴に扱っていたジェルソミーナに自分が何をしてしまったのか、彼女の死を知ってようやく実感したのでしょう。
同時に、自分の中にジェルソミーナの喪失を悲しむ気持ちがあることに気付いたようです。
レビューが長くなってしまったので、次回の記事に続きます。