本と映画と時々語学

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映画『善き人のためのソナタ』

しばらくぶりにドイツ映画の記事を投稿してみます。

東西分裂時代のドイツを舞台に描かれ、アカデミー外国語映画賞に選ばれた『善き人のためのソナタ(原題:Das Leben der Anderen)』をご紹介します。

東ドイツの社会を題材とした映画の中では最も好きな作品で、ドイツらしい人間の本質的な部分への洞察も大変鋭い映画だと思います。

 

 あらすじ

東ドイツの国家保安省(シュタージ)に勤務するヴィースラーは、反体制派の嫌疑をかけられている劇作家ドライマンと、その恋人を監視する任務を言い渡される。盗聴や監視を通して2人の生活を知っていくうちに、冷徹な組織人であったヴィースラーは、1人の人間として彼らに対する関心を抱くようになる。そして彼らの部屋から流れてくるある音楽を耳にした時を転機として、ヴィースラーは自らの職務への関わり方を変えていくことになる。

 

 映画の背景

東ドイツの監視社会を背景としています。

主人公ヴィースラーの勤務するシュタージは、徹底した監視体制を通じて自国民に対し広範な諜報活動を行なっていた組織です。国家・体制への批判や、亡命の企図など、社会主義を脅かすと見られるものは弾圧されました。ベルリンの壁付近で西側へ脱出しようとする人間を水際で食い止めていたのもこの組織です。

シュタージ - Wikipedia

西ドイツ側での諜報活動も行なっていたようですが、この映画で取り上げられるのは東ドイツ国内での活動です。

盗聴や行動の監視によって、ヴィースラー大尉は反体制分子と目されるドライマンの生活を注視し続けます。ドイツ語の原題は「他人の生活」ないし「他人の人生」を意味します。

 

主人公ヴィースラーについて

ヴィースラーは感情の起伏が少なく、常に冷静沈着な人物です。自分たちが監視する反体制分子に対し、一切の共感や良心の呵責を見せることなく任務遂行に徹しています。

しかし、ドライマンとその恋人を監視中に、彼が弾くピアノを耳にしたヴィースラーは感動して涙を流します。これまでの淡々とした寡黙な態度と、涙を流した時の鬼気迫る表情から、おそらく何かに感動して泣いたのは彼にとって初めてだったことが伺えます。

 

彼はこの任務をめぐる周りのリアクションを見るうちに、自分が常に忠誠を捧げてきた体制への疑問を抱き始めます。

それは同時に、彼が任務への関わり方を変えて行くことにも繋がり、この行動がドライマンと恋人の運命までも変えて行くことになります。

映画最大の見どころは、ヴィースラーの監視対象に対する、ひいては人間そのものに対する見解の変化でしょう。

任務や職業上の使命に疑問を抱き始めた時、彼の中で今まで価値を認められてこなかった感情、ドライマンたちが生きる糧にしている感情がにわかに意味あるものとして認識され始めます。

それは美しいものを美しいと感じる情動であり、人間と人間同士が一緒にいたいと願う愛情でした。

冷徹に職務をこなすマシーンのようだった彼が、初めて人間らしい感情に価値を見出す過程が克明に描かれます。

その詳しい過程については、核心的ネタバレとなってしまうのでここでは封印します。

しかし、描いているテーマが詩的な一方で、社会主義体制下の生々しい監視社会が背景というところが、この映画の特筆すべき特徴と言えます。

 

まとめ

既に短くはない人生を生きてきた主人公が、初めて芸術や愛に心を動かされるという詩的な現象が描かれています。

その一方で、監視社会や社会主義体制の現実はまったく美しくなく、人間的な醜さに満ち溢れています。

ドライマンと恋人の愛は、そのような世界で見つけた一片の希望のような存在に見えました。

深く心を揺さぶられるシリアスな名作が観たいというときにお勧めの映画です。

 

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