本と映画と時々語学

書評、映画評など書き綴りたいと思います。

映画『帰ってきたヒトラー』

現代ドイツを代表する社会派コメディをご紹介します。

ヒトラーが大きい声で力強く喋ってる映画なので、ドイツ語リスニングの教材として良いんじゃなかろうか。

 

 

《あらすじ》

 ベルリンの戦いでヒトラーたちが避難していた壕の跡地で、アドルフ・ヒトラーその人が1945年から現代にタイムスリップしてくる。

彼を見つけたのは、職業人生の崖っぷちに立たされ、一発逆転のために斬新なネタを探し回っていたTVマン。

ヒトラーの正体を訝しく思いながらも、そっくりさんとして彼をドイツじゅう連れて歩き回った珍道中が話題になり、ヒトラーは何とコメディアンとして絶大な人気を博するようになる。

 

映画の内容について

ヒトラーが現代にタイムスリップし、様々なメディアに登場して一躍人気者に。

ユダヤ人虐殺を推し進め、ドイツ史最大のタブーとなった人物が、如何にして現代人の人気を勝ち取っていくかが描かれます。

脚本のあるフィクションです。

原作も完全フィクションの小説です。

しかし、ヒトラーを連れてブランデンブルグ門付近やドイツの街を歩き回りながら、一般の人々の反応を撮影したり、外国人や移民に対する街頭インタビューをした映像も入っています。

それだけじゃなく、今ドイツで活動している右翼政党の本部に突撃したりしています。

このため、一部はドキュメンタリーとなっています。

世紀の大悪党が相手だからなのか、外国人や移民に対する厳しい見解についても一般の人々が饒舌になっています。

 

コメディが成立する理由

 少しでもドイツの戦後思想をご存知の方なら(あるいはそうじゃなくても)、「あんな極悪人が人気コメディアンになるとか無理がありすぎない?」と考えるかと思います。

人道に対する罪を犯した大犯罪者の言うことなんて、笑いにならなくないか?という思いが浮かんで当然。

しかも舞台はドイツ。

戦後、国家トップがフランスの地面に膝をついて戦争犯罪を謝罪した国であり、他国を抑え付けて一国の勢力を拡大することや、全体主義的な人権の抑圧も、戦争の前段として忌み嫌う国です。

愛国心を剥き出しにできる場面はサッカーW杯くらい、という人もいます。

 大体、70年前の演説の内容が今でもウケるわけがないと私は思っていました。

こんな絶叫するような感情的な演説が、現代の知的水準に受け入れられるわけがないという考えがあったからです。

一昔前なら情熱的と受け取られたかもしれないけれど、今なら常軌を逸した極右街宣としか見えないのではないか。

ところが、常軌を逸しているからこそ、滑稽なコメディのコンテンツとして成立しまいました。

滑稽さとインパクトがありすぎることによって、「何やってんだこの人!あはは」という展開になってしまった。

一応そっくりさんとして世に出たので、まさか本人だとは誰も思っていません。

また、戦後70年も経って、「もう笑いにしてもいいいいんじゃない?」という雰囲気が、ようやくドイツ国内に漂い始めていたのかもしれません。

そういう意味では、2016年だからこそ作れた作品なのでしょう。

10年近く前に留学していた頃は、「ナチ研究はずっとタブーだったけど、ここ何年かでようやく手をつけられるようになったんだって」とか言われていましたので。

 

見どころ・考えどころ

 一応、特定の政治思想の具現としてのヒトラーは、理性的な大人なら認めるべきでないものと見なされています。

しかし、コメディのコンテンツとしてはどうでしょうか。

コメディアンとしてのヒトラーを笑いながらも、「確かにそーだよな!」と緩やかに共感をしてしまう人、人気を勝ち得ていくヒトラーをしめしめと思いながら眺めている人、自分のキャリアのために彼を利用する人、色々なリアクションが描かれています。

誰かが「これってやっぱりおかしくない?」と思い始める頃には、既にそんなこと言い出せない状況になっています。

それっぽくない皮を一枚被せたら、危ないものも簡単に人々の心に入り込んでしまうことを表現した映画でした。

 

彼を見て笑っている人は、「笑ったっていいよねコメディだもの」と思っているに違いない。

けれど、戦前のナチスの人たちも「ちょっと過激な人だけど良いよね、こんな苦しい時代だからこそ力のあるリーダーが必要なんだもの」と思ってたんじゃあるまいか。

倫理的に正しくなさそうなものでも、うまいこと聴き手の心にエクスキューズを与えてしまうという意味では、戦前のヒトラーもこの映画のヒトラーも同じだったかもしれません。

 

外国人は目障り、気の合う自国民だけで暮らしたい。

社会的弱者は足手まとい、能力のある同士だけでやっていきたい。

こうした思想は、ナチ時代だけに特有のものではなく、いつの時代にも、もちろん現代にもあります。

ただ、それを抑制する倫理があるから、特定のグループの人々が迫害されることを防ぐ力学が働いている。

倫理とは、分別ある現代人ならいつでも保てるものなのか?

21世紀にもなって社会が倫理を失うことなんて本当にありえないだろうか?

そう言った問いの投げかけもしている作品です。

 

まとめ

色々書いたのですが、純粋なコメディとして笑っちゃう場面もたくさんある映画でした。

特に、ゼンゼンブリンク局長による『ヒトラー 最期の12日間』のパロディとか…

 ドイツ社会とナチスの関係について知ってみたい人に、強くお勧めする映画です。

 

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